ドラゴンとの戦い
「ぎゃおおおおおおん!」
ドラゴンの咆哮は強烈だ。心の底から恐怖を感じる。僕も足が震えていた。怯えない生物なんているんだろうか。
「ぐるるる⋯⋯!」
この場にいる中でグレイだけが立ち向かっていた。ドラゴンの威圧感、存在感に臆することなく――牙と爪で襲いかかる!
ざしゅ! という音の後にドラゴンの右肩から血が噴き出た。いつの間にかグレイは移動していた――目にも止まらない速さでやったんだ!
「いいぞグレイ! その調子だ!」
僕の応援に振り向くことなく、わん! とだけ返すグレイ。
油断をしないというか目を離したらやられると感じる所作だった。
ドラゴンは強大な魔物だ。弱い個体でも他と比べれば圧倒的な力を誇る。
少しの隙を与えたら一気にやられてしまう。
だから受け身に回ったら駄目だ――と思っていたらドラゴンが攻勢に転じた。
大きな牙だらけの口を開けて、素早い噛みつきをしてくる!
そのスピードはとてつもなく、残像が生まれる!
「――グレイ、躱せ!」
咄嗟に指示するとグレイは後ろに飛んで牙から逃れた⋯⋯いや、避けられなかった! グレイの身体から血が出ている!
「グレイっ!」
「⋯⋯くぅん」
今度はこっちを向いた。
心配するな、たいした怪我じゃない。
そう言っているようだ。
「でも、どうしたら――」
迷っていたのが致命的だった。
ドラゴンがさらに大きく口を開ける――周りの気温が高まっていく!
ああ、屋敷の本で読んだことがある。
ドラゴンは火球を吐き出すと――
「ぎゃおおおおおおん!」
人ひとり包み込むような大きな火球が僕とグレイに放たれた。
とても避けられる時間がない。
受けたら消し炭になるほどの熱量!
「うおおおおおおおお!」
何も考えることができなかった。
反射的に動いたとしか言いようがない。
僕はグレイの前に出た。
そして右手を構えた――
キュイン! という甲高い音が鳴り響いた。
僕が突き出した拳に火球が吸い込まれていく。熱さは感じなかった。痛みも覚えなかった。ものの数秒で火球はこの世から消え去った。
「ぎゃお!?」
もしもドラゴンが喋れたらこう言っただろう――俺の自慢の火球、どうして消えたんだ!? と。
そんなこと言われても僕は答えることはできない。だって何が起きたのか、分からないのだから。
「わおおおおおおおおん!」
その動揺のせいでドラゴンの運命は決まった。
剣をも砕く鋭い牙がドラゴンの喉笛に深々と抉りこむ。ちょうどうろこが薄いところだ。
崩れ落ちていくドラゴン――グレイが勝ったんだ!
「グレイ、よくやった!」
僕は嬉しくなってグレイに抱きついた。
グレイも誇らしげに顔を舐めてくる。
「ど、ドラゴンを倒した⋯⋯? なんだその魔物は!?」
気がつけば衛兵が集まっていた。
みんなグレイを怖がっている⋯⋯街を助けたのに⋯⋯
「大丈夫です! グレイは人に危害を加えません!」
僕の言葉が正しいと言わんばかりに、右手の紋章が赤く光って、グレイが小さくなっていく。元のサイズになったので、これ以上怖がられたりしないだろうと思った。
だけどみんなの顔はますます険しくて怯えていた。もう一度落ち着かせる一言を言おうとした――
「危ない! 後ろだ!」
衛兵の誰かが言った。
振り返るとドラゴンが火球を放とうとしていた。
グレイは元に戻っている。抵抗なんてできやしない。
これは反射的な行動じゃない。
急速に身体を巡る血が冷えてきて、こうするべきと考えたうえで起こした行動だった。
僕はグレイをかばった。
火球が僕に直撃した――
◆◇◆◇
わんわんと鳴く声。
耳元で何回も吠えている。
うるさいなあ⋯⋯
「ジョン! ああ! 良かった! ホーデン、お医者さまを呼んできて!」
目を開けると心配そうな顔のマリアお嬢さまがいた。その横にはグレイが悲しそうな顔で覗き込んでいた。ごめんなさいと言っているようだった。
「ここは⋯⋯痛っ」
「動いちゃ駄目! 待ってて!」
お嬢さまが僕の手を握っていた。
恐れ多いことだけど、振り払えない。
そんな気力なんてなかった。
老医者が来て僕にいろいろと質問してきた。
その間に自分が包帯まみれだと分かる。
特に背中がひどく傷んだ。
「火傷は跡がちょっぴりばかり残りますな。それ以外は大丈夫。すぐに歩けるようになります」
白髪の老医者は火傷に効く薬と痛み止めをホーデンさんに渡して帰っていった。
治療の間、お嬢さまは僕の手を離さなかった。まるで離したら僕がどこかへ行っちゃうと思っているようだった。
「あのう、お嬢さま⋯⋯」
「説明、してもらうから」
僕のほうが説明してもらいたいんだけど⋯⋯
「ジョン。あなたはグレイをかばってドラゴンの火球を受けた。三日前のことです」
「三日前⋯⋯今まで寝ていたんですか?」
ホーデンさんの説明を聞いて呆然としてしまう。
ついさっきの出来事だと感じる⋯⋯
「お嬢さまは三日間、ずっとあなたの看病をしていたのですよ」
「えっ!?」
「ホーデン、言わなくていいの!」
お嬢さまは顔を真っ赤にした。
本当なんだと分かって「ありがとうございます」と頭を下げた。
「べ、別に気にしなくていいわ。だってジョンは大切な……その……友達だから」
従士見習いですとか、身分が違いますとか。
言うべきだろうけど、お嬢さまの気持ちがありがたくて、野暮なことはできなかった。
だから黙って頷いた。
「ジョン。衛兵から聞きました。グレイが巨大化してドラゴンを倒したと。そのとき、右手が光り輝いたと……」
「そうですね……僕にもよく分かりませんが、手に紋章が浮かびました」
ホーデンさんの問いに答えるけれど、どうして紋章がまた出たのか分からない。
どうして僕にこんな力があるのか……
「まあいいじゃない。こうして目を覚ましてくれたんだから」
お嬢さまの弾んだ声とは逆に、グレイの顔は悲しいままだ。
僕の右手をペロペロと舐めている。
「大丈夫だよ、グレイ。僕は怒ってないよ。それに死なずに済んだ」
グレイの頭を撫でてやるとくすぐったそうにして、それから小さくくぅうんと鳴いた。
そんな元気のない顔をしないでほしいなあ。
「あ。そういえば……」
露店で買ったペンダントはどこにあるんだろうか?
服は着替えてあるから、持っているわけはないけど身体を探ってしまう。
「どうしたの?」
「いえ。なにも……」
「ジョン。探し物はこれかな?」
ホーデンさんの手のひらに探していたペンダントがあった。
だけどところどころ焦げている。
特にお嬢さまの瞳と同じ青色がこげ茶色に変わっていた。
「ええ、そうです。残念ですね……」
「大切なものなの?」
不思議そうな顔でペンダントを見つめるお嬢さま。
本当のことを話そうか迷う。
結局、お嬢さまへの贈り物にならなかったし……
「ジョン。言うか言わないか。迷ったら言うべきだよ。これは年寄りの忠告だ」
いつになく真剣な表情でホーデンさんが助言してくれた。
どういう意味か分からないけど、従ったほうがいいと感じた。
僕のことじゃない、お嬢さまのことを考えての発言だと思えたからだ。
僕が頷いたのを見て、ホーデンさんは僕にペンダントを手渡した。
「お嬢さま。受け取ってほしいです」
「えっ? もしかして……」
「はい。贈り物です。この前、お嬢さまの――」
機嫌を損ねたから、と言おうとする前にグレイが大きく、わんっと吠えた。
ホーデンさんが唇に指を当てている。
「日頃の感謝を込めて贈り物がしたくて」
「これを買いに、屋敷を出ていたの?」
「ええまあ。生憎、こんなに焦げてしまいましたが――」
言い終わる前にお嬢さまが僕に抱き着いてきた。
いきなりだったので、少しの間何が起きたのか分からなくて。
気づいた瞬間――顔が破裂しそうになった。
「お、おじょう、お嬢さま!?」
「バカ! そのせいで怪我するなんて!」
ドギマギしているけど、お嬢さまが泣いているのは伝わった。
助けを求めるようにホーデンさんを見た。
目を逸らして見て見ぬふりをしていた。
グレイは嬉しそうにしっぽを振っている。
「ごめんなさい、お嬢さま。泣かないでください」
「うるさいっ! 泣いてなんかいないんだからっ!」
なんだよ。言っても後悔するじゃないか。
お嬢さまを泣かせるなんて従士見習い失格だ。
しばらく背中をさすったり頭を撫でたりして落ち着かせた。
「ねえジョン。私の首に付けてくれる?」
「良いんですか? こんなに焦げていますよ?」
「いいの。ジョンからの贈り物なんだから」
僕はニコニコ笑っているお嬢さまの首にペンダントを付けた。
とてもよく似合うと思えたのは自惚れだろうか?
「ありがとう。大切にするね!」
お日さまのような笑顔を見られて、贈れて良かったなと素直に感じた。




