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スラムドッグハート  作者: 橋本洋一


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5/6

ドラゴンとの戦い

「ぎゃおおおおおおん!」


 ドラゴンの咆哮は強烈だ。心の底から恐怖を感じる。僕も足が震えていた。怯えない生物なんているんだろうか。


「ぐるるる⋯⋯!」


 この場にいる中でグレイだけが立ち向かっていた。ドラゴンの威圧感、存在感に臆することなく――牙と爪で襲いかかる!

 ざしゅ! という音の後にドラゴンの右肩から血が噴き出た。いつの間にかグレイは移動していた――目にも止まらない速さでやったんだ!


「いいぞグレイ! その調子だ!」


 僕の応援に振り向くことなく、わん! とだけ返すグレイ。

 油断をしないというか目を離したらやられると感じる所作だった。


 ドラゴンは強大な魔物だ。弱い個体でも他と比べれば圧倒的な力を誇る。

 少しの隙を与えたら一気にやられてしまう。


 だから受け身に回ったら駄目だ――と思っていたらドラゴンが攻勢に転じた。

 大きな牙だらけの口を開けて、素早い噛みつきをしてくる! 

 そのスピードはとてつもなく、残像が生まれる!


「――グレイ、躱せ!」


 咄嗟に指示するとグレイは後ろに飛んで牙から逃れた⋯⋯いや、避けられなかった! グレイの身体から血が出ている!


「グレイっ!」

「⋯⋯くぅん」


 今度はこっちを向いた。

 心配するな、たいした怪我じゃない。

 そう言っているようだ。


「でも、どうしたら――」


 迷っていたのが致命的だった。

 ドラゴンがさらに大きく口を開ける――周りの気温が高まっていく!

 ああ、屋敷の本で読んだことがある。

 ドラゴンは火球を吐き出すと――


「ぎゃおおおおおおん!」


 人ひとり包み込むような大きな火球が僕とグレイに放たれた。

 とても避けられる時間がない。

 受けたら消し炭になるほどの熱量!


「うおおおおおおおお!」


 何も考えることができなかった。

 反射的に動いたとしか言いようがない。

 僕はグレイの前に出た。

 そして右手を構えた――


 キュイン! という甲高い音が鳴り響いた。

 僕が突き出した拳に火球が吸い込まれていく。熱さは感じなかった。痛みも覚えなかった。ものの数秒で火球はこの世から消え去った。


「ぎゃお!?」


 もしもドラゴンが喋れたらこう言っただろう――俺の自慢の火球、どうして消えたんだ!? と。

 そんなこと言われても僕は答えることはできない。だって何が起きたのか、分からないのだから。


「わおおおおおおおおん!」


 その動揺のせいでドラゴンの運命は決まった。

 剣をも砕く鋭い牙がドラゴンの喉笛に深々と抉りこむ。ちょうどうろこが薄いところだ。

 崩れ落ちていくドラゴン――グレイが勝ったんだ!


「グレイ、よくやった!」


 僕は嬉しくなってグレイに抱きついた。

 グレイも誇らしげに顔を舐めてくる。


「ど、ドラゴンを倒した⋯⋯? なんだその魔物は!?」


 気がつけば衛兵が集まっていた。

 みんなグレイを怖がっている⋯⋯街を助けたのに⋯⋯


「大丈夫です! グレイは人に危害を加えません!」


 僕の言葉が正しいと言わんばかりに、右手の紋章が赤く光って、グレイが小さくなっていく。元のサイズになったので、これ以上怖がられたりしないだろうと思った。

 だけどみんなの顔はますます険しくて怯えていた。もう一度落ち着かせる一言を言おうとした――


「危ない! 後ろだ!」


 衛兵の誰かが言った。

 振り返るとドラゴンが火球を放とうとしていた。

 グレイは元に戻っている。抵抗なんてできやしない。


 これは反射的な行動じゃない。

 急速に身体を巡る血が冷えてきて、こうするべきと考えたうえで起こした行動だった。


 僕はグレイをかばった。

 火球が僕に直撃した――



◆◇◆◇



 わんわんと鳴く声。

 耳元で何回も吠えている。

 うるさいなあ⋯⋯


「ジョン! ああ! 良かった! ホーデン、お医者さまを呼んできて!」


 目を開けると心配そうな顔のマリアお嬢さまがいた。その横にはグレイが悲しそうな顔で覗き込んでいた。ごめんなさいと言っているようだった。


「ここは⋯⋯痛っ」

「動いちゃ駄目! 待ってて!」


 お嬢さまが僕の手を握っていた。

 恐れ多いことだけど、振り払えない。

 そんな気力なんてなかった。


 老医者が来て僕にいろいろと質問してきた。

 その間に自分が包帯まみれだと分かる。

 特に背中がひどく傷んだ。


「火傷は跡がちょっぴりばかり残りますな。それ以外は大丈夫。すぐに歩けるようになります」


 白髪の老医者は火傷に効く薬と痛み止めをホーデンさんに渡して帰っていった。

 治療の間、お嬢さまは僕の手を離さなかった。まるで離したら僕がどこかへ行っちゃうと思っているようだった。


「あのう、お嬢さま⋯⋯」

「説明、してもらうから」


 僕のほうが説明してもらいたいんだけど⋯⋯


「ジョン。あなたはグレイをかばってドラゴンの火球を受けた。三日前のことです」

「三日前⋯⋯今まで寝ていたんですか?」


 ホーデンさんの説明を聞いて呆然としてしまう。

 ついさっきの出来事だと感じる⋯⋯


「お嬢さまは三日間、ずっとあなたの看病をしていたのですよ」

「えっ!?」

「ホーデン、言わなくていいの!」


 お嬢さまは顔を真っ赤にした。

 本当なんだと分かって「ありがとうございます」と頭を下げた。


「べ、別に気にしなくていいわ。だってジョンは大切な……その……友達だから」


 従士見習いですとか、身分が違いますとか。

 言うべきだろうけど、お嬢さまの気持ちがありがたくて、野暮なことはできなかった。

 だから黙って頷いた。


「ジョン。衛兵から聞きました。グレイが巨大化してドラゴンを倒したと。そのとき、右手が光り輝いたと……」

「そうですね……僕にもよく分かりませんが、手に紋章が浮かびました」


 ホーデンさんの問いに答えるけれど、どうして紋章がまた出たのか分からない。

 どうして僕にこんな力があるのか……


「まあいいじゃない。こうして目を覚ましてくれたんだから」


 お嬢さまの弾んだ声とは逆に、グレイの顔は悲しいままだ。

 僕の右手をペロペロと舐めている。


「大丈夫だよ、グレイ。僕は怒ってないよ。それに死なずに済んだ」


 グレイの頭を撫でてやるとくすぐったそうにして、それから小さくくぅうんと鳴いた。

 そんな元気のない顔をしないでほしいなあ。


「あ。そういえば……」


 露店で買ったペンダントはどこにあるんだろうか?

 服は着替えてあるから、持っているわけはないけど身体を探ってしまう。


「どうしたの?」

「いえ。なにも……」

「ジョン。探し物はこれかな?」


 ホーデンさんの手のひらに探していたペンダントがあった。

 だけどところどころ焦げている。

 特にお嬢さまの瞳と同じ青色がこげ茶色に変わっていた。


「ええ、そうです。残念ですね……」

「大切なものなの?」


 不思議そうな顔でペンダントを見つめるお嬢さま。

 本当のことを話そうか迷う。

 結局、お嬢さまへの贈り物にならなかったし……


「ジョン。言うか言わないか。迷ったら言うべきだよ。これは年寄りの忠告だ」


 いつになく真剣な表情でホーデンさんが助言してくれた。

 どういう意味か分からないけど、従ったほうがいいと感じた。

 僕のことじゃない、お嬢さまのことを考えての発言だと思えたからだ。

 僕が頷いたのを見て、ホーデンさんは僕にペンダントを手渡した。


「お嬢さま。受け取ってほしいです」

「えっ? もしかして……」

「はい。贈り物です。この前、お嬢さまの――」


 機嫌を損ねたから、と言おうとする前にグレイが大きく、わんっと吠えた。

 ホーデンさんが唇に指を当てている。


「日頃の感謝を込めて贈り物がしたくて」

「これを買いに、屋敷を出ていたの?」

「ええまあ。生憎、こんなに焦げてしまいましたが――」


 言い終わる前にお嬢さまが僕に抱き着いてきた。

 いきなりだったので、少しの間何が起きたのか分からなくて。

 気づいた瞬間――顔が破裂しそうになった。


「お、おじょう、お嬢さま!?」

「バカ! そのせいで怪我するなんて!」


 ドギマギしているけど、お嬢さまが泣いているのは伝わった。

 助けを求めるようにホーデンさんを見た。

 目を逸らして見て見ぬふりをしていた。

 グレイは嬉しそうにしっぽを振っている。


「ごめんなさい、お嬢さま。泣かないでください」

「うるさいっ! 泣いてなんかいないんだからっ!」


 なんだよ。言っても後悔するじゃないか。

 お嬢さまを泣かせるなんて従士見習い失格だ。

 しばらく背中をさすったり頭を撫でたりして落ち着かせた。


「ねえジョン。私の首に付けてくれる?」

「良いんですか? こんなに焦げていますよ?」

「いいの。ジョンからの贈り物なんだから」


 僕はニコニコ笑っているお嬢さまの首にペンダントを付けた。

 とてもよく似合うと思えたのは自惚れだろうか?


「ありがとう。大切にするね!」


 お日さまのような笑顔を見られて、贈れて良かったなと素直に感じた。

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