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スラムドッグハート  作者: 橋本洋一


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4/5

勉強の毎日

「ジョン! 見てみて! グレちゃん上手に取れたわ!」

「お見事です。お嬢さま」


 お嬢さまが投げたボールをグレイが空中でキャッチした。

 屋敷の中庭は広くて芝生も切り揃えてある。何日かに一回はこうして遊んでいた。


「ジョン。遊んでいるときは名前で呼んでよ」


 不満そうに口を尖らせるお嬢さま。

 僕は「従士見習いですから」と決まり文句を言う。


「雇われの身ですのでよろしくないかと」

「昔はマリアって言ってくれたじゃない」

「その頃は礼儀知らずでした」


 お嬢さまは拗ねた感じで「分かったわよ」とそっぽを向いた。


「今日はもうおしまい。ジョン、勉強に戻っていいわよ」

「かしこまりました。お嬢さま、部屋まで――」

「別にいいわよ! ひとりで戻るから!」


 機嫌を損ねられたようですたすたと足早に戻っていく。

 うーん、敬語が上手にできるようになって褒めてくれたと思ったのにな。

 だけどお嬢さまを今更マリアって呼べないし……


「年寄りの忠告だが、仲直りは早めにしたほうがいい」

「ホーデンさん。見ていたんですか?」


 グレイの背中を撫でていると後ろから執事長のホーデンさんに話しかけられた。

 僕は「ケンカしているわけではありません」と否定した。


「そもそもケンカは対等な立場で行ないます。身分が違うお嬢さまと僕では成り立ちません」

「しかしお嬢さまは怒っている。その場合どうしたらいい?」


 ホーデンさんは答えを言わない。

 自分で導けるように促してくれる。


「……プレゼントを渡そうと思います。そうでなくても恩を感じていますから」

「勉強が済んだら余暇を与える。その時間で買いなさい」


 そうしようと思って、僕はホーデンさんの後ろをついて行く。

 日課になっているので自然な成り行きだった。


 僕がウェスタウンの名門、ローズホーンズ家で従士見習いになってから一年が経とうとしていた。

 敬語などのマナーや読み書き計算、それにちょっとした教養を学んでいる。ホーデンさんは努力していると言ってくれる。嬉しい反面、もっと頑張らないとなと思っている。というのも自分が置かれた立場がかなり恵まれていることに気づいたからだ。


 ただの浮浪児の僕に最高の教育を受けさせてくれるのは異例中の異例らしい。

 まあ僕が魔力持ちだからというのもあるんだろうけど。

 しかしあの日以来、僕の右手に紋章が浮かび上がることはなかった。


 主人であるヨーゼフさまは「まだ魔力を発動できる肉体と精神が育っていない」とおっしゃった。ご主人さまは国有数の魔術師でかなり詳しい。だから僕は勉強をしている。ひとえに恵まれた生活を守るためだけど、それ以上にローズホーンズ家の方々へ恩を返すことが目的だった。


「今現在、この国――アークス王国が取り巻く情勢を説明しなさい」


 僕の部屋でホーデンさんが世界情勢を教えてくれている。

 この問いは復習みたいなものなので簡単に答えられた。


「はい。アークス王国は建国八百五年目で、オーツ王国とリバスリー王国の二カ国と三国同盟を結んでいます。全ては強大なトリメント帝国に対抗するためです」


 ウェスタウンはトリメント帝国との国境近くに存在する。

 だからたびたび帝国の脅威に晒されていた。

 僕とお嬢さまが知り合ったきっかけは一年前、帝国が大攻勢をかけたことだ。


 あのとき、帝国の兵士はお嬢さまをさらうのが目的だった。

 アークス王国でも指折りの将軍であるご主人さまの寝返りを誘うためだ。

 もしもあのままお嬢さまがさらわれてしまったら……ウェスタウンは陥落しただろう。


「その四カ国の位置関係は?」

「トリメント帝国は大陸の中心に位置しており、アークス王国はその南、リバスリー王国とは隣り合っており我が国の東に位置します。オーツ王国はトリメント帝国の北西に位置します」

「よくできました。では――」


 僕はいずれ従士として戦場に出るかもしれない。

 それまでにあの力を自在に使えるようにならなければ。

 そう覚悟を決めて勉強に取り組んでいた。


「――今日はここまで」


 パタンと本を閉じてホーデンさんは出て行った。

 給金を持って屋敷を出て街の目抜き通りに向かう。

 グレイも一緒についてきてくれる。

 夕暮れの街は雰囲気があって好きだった。


「ねえグレイ。お嬢さまに何を贈ろうかなあ」


 ぬいぐるみや本はたくさんあるからいらないだろう。

 かといって悩む時間はない。余暇は限られているからだ。

 とりあえず露店で売っていたペンダントを買った。

 お嬢さまの瞳みたいに綺麗な青だ。

 喜んでくれるだろうか……


 一年前と違って、僕は変わったと思う。

 他の人間を慮ったりなんてしなかった。

 それが今やローズホーンズ家のことを第一に考えている。

 前にホーデンさんが衣食足りて礼節を知るという言葉を教えてくれた。まったくもってそのとおりだと実感する。


 不意に隣のグレイがぐるると唸り声をあげた。

 何か警戒しているようだった。


「どうかしたの、グレイ」


 グレイは僕の顔を見つめて、こっちにこいという風にゆっくり走りだした。

 何かあったんだ。そう思ってついて行くことにした。


 グレイの向かった先は街の門だった。

 ウェスタウンの衛兵が「お前は確か、ローズホーンズ家のジョンだったな」と僕に話しかけてきた。


「外に何か用でもあるのか?」

「いや、グレイが――」


 次の瞬間、門全体が大きく震えた。

 地震が起きたと錯覚してしまうくらいで、衛兵が「なんだぁ!?」と驚いている。

 グレイは唸り声をあげて威嚇した。

 僕は「グレイ!」と叫んだ。


 そして二度目の衝撃で大きな門が吹き飛んだ。

 まさかトリメント帝国が攻め込んできたのか――


「な、何で、う、うわあああああ!?」


 衛兵が真っ青な顔で叫んだ。

 僕は言葉が出なかった。

 そう、目の前にいるのは――ドラゴンだった!

 本で見たように大きな翼と鋭い牙と爪、固いうろこで覆われていた。

 三メートルはあろうかという巨体で緑色のそいつは我が物顔で街に入ってくる!


「ドラゴンだああああ! みんな、ドラゴンが入ってきたぞぉおおおお!」


 衛兵が大声をあげた。

 途端に周りがパニックになる。

 僕も逃げようと思ったけど、グレイがドラゴンに立ち向かおうとしていて――


「駄目だグレイ! 逃げよう!」


 グレイに抱き着いて引っ張ろうとしても動かない。

 それどころかドラゴンに向かって吠えている。


「ぎゃおおおおおおおん!」


 ドラゴンの咆哮が辺りに響き渡る!

 騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵たちは威圧感で動けなくなる!

 僕も足がすくんでしまった――


「どうしよう……痛っ……」


 右手が痛んだ。

 一年前に見た紋章が浮かんでいる。

 僕はとっさに右手をグレイに向けた。

 眩い光がグレイに注がれた――


「ぎゃおおおん!?」


 ドラゴンの首筋から血が噴き出る。

 いつの間にか、巨体となったグレイが噛みついていた。

 怯んだドラゴンだったけど首を大きく回して――振り払った。


「あ、あのときと同じだ……!」


 右手の紋章が輝きを増している。

 大勢を立て直したグレイはドラゴンと向き合う。

 大きさは同じぐらいだ。もしかしたら勝てるかもしれない。


「ば、化け物が二体……応援を呼べ!」


 衛兵が騒いでいるのが遠くに聞こえる。

 グレイが僕のほうを見た。

 何か命令を待っているように思えた。


 息を整えて、グレイとドラゴンを見た。

 買い物しに来たと思ったらとんでもないことに巻き込まれた。

 だけど、僕は戦わなければならない。

 この街にはローズホーンズ家と僕を救ってくれたお嬢さまがいるのだから。


「グレイ、戦おう! 僕も頑張るから!」


 僕の言葉にグレイは大きく頷いて、大きく吠えた。

 絶対に負けられない、逃げられない戦いがそこにはあった。

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