ジョンの作戦
「ジョン生徒! もっと腕を上げて走らんか!」
「は、はい! ご指導ありがとうございます!」
入学して一週間、僕は地獄の訓練を受けていた。
国軍幼年学校の校庭をひたすら駆け回る日々だ。
何百と周回しているが、やめの声はかからない。最初は吐き気を催して倒れてしまうのだけれど、そのたびにティガー教官に無理やり立たされて怒鳴られ殴られ、走り続けるように指導される。
この地獄の訓練をしているのは僕だけだ。レイとオリバーは武術の訓練をウッド助手教官から受けている。理由は僕の能力を引き出すためだった。
魔術は肉体と精神、そして魂が充実していないと自在に操れないものだ。まずは基礎として体力づくりをする。一見遠回りに見えるけどこれしか道はないとティガー教官は言う。
「わんわんっ!」
グレイが倒れている僕の周りではしゃいでいる。
同じ距離走っているのにかなり元気だ。
まだ日が昇っているから、走り続けないと……
「ジョン生徒。走りながら聞け」
速さを保ちつつ走っているとティガー教官が並走して訊ねてくる。
僕は「な、なんでしょうか、教官殿」といつの間にか身に付いた軍人言葉で応じる。
「一週間経つがよく音を上げずにいるな。体力は最低だがそこだけは認めよう」
「はっ、はっ、ありがとうございます、教官殿!」
「あと一週間ほどしたら貴様の力を引き出す訓練を行なう。ただ走るだけよりもきついぞ。覚悟しておけ」
「は、はい! ご指導、ありがとうございます!」
先ほどからありがとうございますと言っているが、本当に感謝しているわけではない。
考えずに返答することで体力を温存しているのだ。
それを見抜けないティガー教官ではないけれど「その意気だ」と受け流してくれた。
ようやく今日の訓練が終わると、最もつらい時間が訪れる。
夕食の時間だ。へとへとで何も食べられないのに必要以上の量を詰め込まなければいけない。
味は美味しい。そこがまた罪深い。
「……今日もきつそうだな、ジョン」
レイが珍しく僕に話しかけてきた。
食事は班ごとにテーブルに着いて摂る。僕の真向かいにレイ、そして右隣にオリバーが座っていた。
「うん。食べないと訓練についていけないからね。吐きそうだけど我慢するよ」
「それにしては実に美味しそうに食べるね」
「えっ? 美味しいけど」
レイは微妙そうな顔をする。
オリバーは喋らないけど僕を見て、なんだこいつという顔をしている。
そんな変なこと言ったかなあ?
「まあ味覚は人によって違うからね」
「それよりそっちの訓練はどうなの?」
「ウッド助手教官から一本取るまで訓練は続く。取れなかったら腕立て百回だ。おかげで腕がパンパンだよ」
それもそれで大変そうだなあ。
「一本取るのにどのぐらいかかるの?」
「いや。未だに一本取れてない。訓練時間は決まっているからタイムオーバーでやめているだけさ」
「そうなんだ。オリバーはどうなの?」
初日以来、口を利いていないので話を振ってみる。
「俺も取れていない。あのウッド助手教官、痩せているのに凄い使い手だ」
素直に答えてくれたのは予想外だった。
思わず目を丸くすると「なんだよ、訊いたのはてめえじゃねえか」と怪訝な顔になる。
「いや。話してくれると思わなかった」
「訊かれたら答えるさ。かかしじゃねえんだからな」
「その様子だと、レイとは仲直りしたの?」
空気が一気に固くなる。
ああ、まだしてないんだね。
「ごめん。だけど一緒に訓練を受けているんだから――」
「やめろ。不愉快だ」
オリバーが首を振る。
レイも険しい顔になっている。
うーん、どうしようかな……
「そういえば、ウッド助手教官にはひとりで戦っているの?」
「はあ? 当たり前だろ」
「そう指示があったの?」
この問いに「訓練なんだから一対一だろう」とレイが答えた。
僕は「もしも一本取ることが目的なら」と仮定の話をした。
「二人がかりで戦ったらどうかな?」
「私たちが連携して戦えと?」
「うん。案外簡単に一本取れるかも」
レイが訝しげな顔で「どうかな……」とちらりとオリバーを見た。
しかし口を挟まないことから、二人は話を聞いてくれるみたいだ。
「二人は初日で喧嘩している。組んで戦おうとは互いに思わない。ウッド助手教官もそう思っているはずだよ。だったら一本取るチャンスになるんじゃないかな」
「不意を突けるってことか……」
意外にもオリバーは良い手だと思っているようだ。
食堂は生徒だけで教官や助手教官もいない。だから作戦がばれることはない。
レイのほうはどうかなと思っていると「盲点だったな」と腕組みをした。
「兵は詭道なりって言うしいい作戦だ。ただ問題は……私たちの仲が最悪だってことだ」
「そこがいいんじゃないか。ますます不意が突ける」
「……オリバー、一時休戦といかないか?」
レイの提案にオリバーは「ま、やってみる価値はあるか」と頷いた。
僕は驚いた。こんなにもすんなりいくとは思わなかったのだ。
「本当にいいの? 僕が言うのもなんだけど」
「いい加減、次の訓練に行きたいしな」
「私も同感だ。それに一週間、戦っているところを見ているからな。連携も取れる」
よく分からないけど、仲直りの一歩になればいいな。
そう軽い気持ちで僕は「それじゃ、三人で握手しよう」と提案した。
「なんでそうなるんだ?」
「そこまで慣れ合うつもりはない」
「うーん。同じ班員なんだから仲良くやったらいいと思うけど」
レイが「ここで握手したら作戦がばれるかもしれない」と慎重な姿勢を見せた。
それもそうかと思って僕は頷いた。
そして翌日。
例によって例のごとく、校庭をひたすら走る。
だけど連日の疲れがたたって全然前に進めない。
「どうしたジョン生徒! 走らなければ終わりにしないぞ!」
ティガー教官が怒鳴るけど、もう動けない。
グレイが心配そうに僕を覗き込む。
ついに膝をついてしまった。
「立て! 貴様、それで許されると思うのか!」
ティガー教官が僕に近づいてくる。
ああ、また殴られる――
「……なんだ貴様たち。ウッド助手教官の訓練はどうした?」
顔を上げるとレイとオリバーが僕の前に立っていた。
まるで僕をかばうようだった。
「レイ、オリバー……」
「教官殿。私たちはウッド助手教官の訓練を終えました」
「なんだと? ……入学して間もない生徒に倒せるほど奴は弱くないぞ」
不可解と言う顔をしているティガー教官に「二人がかりで挑んだもので」としれっとオリバーは答えた。
「協力したというのか? 貴様たち険悪だったはずだろう」
「ここでへばっているジョンのおかげです」
オリバーは僕の腕を掴んで――背負った。
何をしているんだろうと疲れた頭で考えていると「俺が代わりに走りますよ」と言い出した。
「少し休ませてあげてください」
「ふん。いつの間に友情を育んだんだ?」
「そんなんじゃありません。ジョンの作戦のおかげで次に進める……ただそれだけです」
オリバーの飄々とした発言を受けて「それに私も同じく走ります」とレイは髪をかき上げた。
「訓練が早く終わってしまいましたし、同じ班の仲間として助けるのは当然です」
「はっ。小癪なことを言いよって。よろしい、訓練時間終了まで走れ!」
ティガー教官に対し「ありがとうございます、教官殿!」とレイとオリバーは敬礼した。
なんだか胸が熱くなってくる。
「ありがとう、レイ、オリバー」
グレイも嬉しそうにわんっ! と吠えた。
オリバーは「勘違いするなよ」とそっぽを向く。
「レイのことが気に食わないのに変わりはねえんだからな」
「それは私も一緒だ」
「素直じゃないね……」




