嵐の夜に
窓ガラスに何かがぶつかるような音で、目が覚めた。
深夜で、部屋は闇に沈んでいた。
遠くで風がうなり、家全体がゆっくりと軋んでいる。
理由もなく、起き上がった。
廊下に出ると、隙間風が冷たく頬を撫でる。
ドアを開けた瞬間、外の空気が一気に流れ込んできた。
夜の大気は、生き物のように脈打っていた。
どこかで巨大なものが身じろぎしているような、重たい波が空間を満たしている。
庭の木々は闇の中で身をよじり、枝と枝がぶつかり合って、不安な音を立てていた。
葉が擦れ合うその音は、まるで無数の声が一斉に囁いているみたいで、静かなはずの夜をうるさく満たしていた。
あまりの気配に、その場から動けなくなっていた。
風の音と闇に押し包まれて、足元の感覚さえ薄れていく。
ただ突っ立ったまま、息をするのも忘れて、嵐のうねりを受け止めていた。
なぜか、胸の奥がひりついた。
嵐に向き合うと、いつも自分が何か悪いことをしたような気分になる。
見えない誰かに責め立てられ、逃げ場のない場所に立たされているような――
そんな感覚が、身体の内側から滲み出してくる。
「そんなに……怒らなくてもいいのに」
誰かの声が聞こえた。
子どもの声のようにも、遠い誰かの記憶のようにも感じる。
しばらくして、また別の声が重なる。
「もう……ぶたたないで」
それは願いというより、長いあいだ繰り返されてきた言葉の残響のようだった。
嵐の中に、過去の訴えが溶け込んで、消えずに漂っている。
けれど、そんな声は嵐には届かなかった。
風は一瞬たりともためらうことなく、むしろ嘲るように強さを増していく。
低く、腹の底から響くような唸り声が夜を満たし、木々は根元から引き裂かれそうに身をよじっていた。
枝がきしみ、葉が飛び散り、闇の中で何かが壊れていく気配がする。
雨粒は屋根に容赦なく叩きつけられ、無数の硬い鞭で打ち付けられているみたいだった。
逃げ場のない音が、家の中にまで染み込んでくる。
どれほど声を張り上げても、風の音にかき消されてしまう。
喉が震えるほど叫んでも、嵐はまるで気づいていないかのように吹き荒れ続けた。
その圧の中で、耳にはっきりと意味を持った言葉が浮かび上がる。
――お前の話は聞き入れない。
――お前の感情は知らない。
――お前の感受性はこちらの問題ではない。
誰かがそう告げているようだった。
実際には誰もいないのに、世界そのものがそう言い渡しているような気がして、胸の奥が冷えていく。
嵐の中では、どんな声も力を失ってしまう。
叫びも、願いも、どこにも届かない。
そこでは、意志も、根源的な明るさも、ゆっくりと削ぎ落とされていく。
自分が自分であるための輪郭が、磨耗して消えていくみたいだった。
もう外に立っていられなかった。
おずおずと背を向け、部屋の中へ戻る。
嵐の音を背中に受けながら、布団の中に潜るしかなかった。
外では、まだ世界が荒れている。
けれど、少なくともここでは、かろうじて息をしていられる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この作品は、嵐という自然現象と向き合ったときに、
ふと胸の奥に浮かび上がってくる感情を、そのまま言葉にしてみた短編です。
読んでくださった方それぞれに、
何かしらの記憶や感覚が重なる部分があれば嬉しく思います。
感想などありましたら、とても励みになります。
ありがとうございました。




