炙り石鹸チーズとそのへんの魚の適当サンド①
その日は朝から晴れていた。
カラッとした空気に心地よい風。空は青々としていて、雲が目に見えるほどの速度で流れていた。上空は風が強いのかもしれない。
ティンビーが王都に帰って、しばらく経ったある日のことだ。
ちなみに、ティンビーは王太子の護衛として長く離れるわけにはいかないので、その日のうちにお夕食も食べずに帰宅している。
レセルダとしては、シスター長と作る謎料理も一緒に食べてみてほしかったので少々残念に思ったが、引き留めるわけにもいかない。
なお、その日のお夕食はガガム・ガの重なりボコチョだった。もちろん美味しかったが、それにしてもなんだったのだろう、あのお料理は。
「今日はお洗濯物がよく乾きますわ」
修道院の裏手の庭で翻る大小様々な修道服とタオル類を眺め、レセルダは呟いた。
ふわりと風が吹いて、洗濯物が大きく靡く。レセルダのおろしたラベンダーアッシュの髪と、ウィンプルも風を孕んで揺れた。
真昼間、いつも通りシスター長は近隣の村々に奉仕活動に行っている。
鬼の居ぬ間に、というわけではないが、今日もお昼食はなにかレセルダの知っている料理が食べたい。
「でも、最近うまくできないんですよね」
ふうと物憂げにため息をつくレセルダ。
ビーフシチューはとても美味しかった。舌に馴染んだ味だ。心がホッとして非常に満足した。感動したとすら言ってもいい。
しかし、あの日以来レセルダはあれに匹敵するビーフシチューを作れていない。
「デミグラスソースが違うからかしら? それとも山バイソンのお肉の鮮度? ティンビーがお肉を焼くときに隠しテクニックを使っていたとか?」
原因は色々と思いつくけれど、検証が難しい。
ビーフシチュー自体は作れるのだ。けれど、どうもあの日に食べたホッとする感じにまでは至らない。
あれこれと材料を変えてみたり、煮込む時間を長くしてみたり、レセルダも試行錯誤はしてみた。けれど、味が変わったのは分かっても心がホッとし切らなかった。
「ビーフシチュー以外のお料理を作ろうにも、材料がなかったり作り方がわからなかったりしますし……」
レセルダは再びため息。
片田舎であるこの修道院では、常にどんな食べ物でも手に入るわけではない。食糧を得る手段は、定期的に訪れる行商人から購入するか、ご近所さんからいただくか。
日々食糧庫のラインナップは変化する。そこもまた楽しいところではあるけれど。
裏口から修道院の中へと戻り、食糧庫へ向かう。
「今日のお昼食は何にしましょう」
食糧庫を覗き、材料を吟味するレセルダ。
今日の食糧庫には、野菜が少なめだ。
代わりに、近隣の村で寄り合ってパンを焼いたばかりなので、黒パンがたくさんある。ただ、貴族のレセルダには黒パンにそんなに馴染みがない。
あとは、「今日中に食べてほしい」とお裾分けしてもらった川魚が生け簀代わりのバケツの中を泳いでいる。
「でも私、お魚は捌いたことがないのよね」
生きた魚なので捌く以前に〆る必要があるのだが、お育ちのいいレセルダはあまりそういったことを知らない。
あらためて、今日の食糧庫はレセルダの知らない食材ばかり。ここから馴染みのあるお料理になるビジョンが湧かない。
レセルダはううんと唸った。
そのとき、修道院の呼び鈴が鳴る。
「あら」
レセルダは立ち上がって玄関へと向かった。
誰も拒まない大きな扉を開いて、訪ね人を迎える。
「こんにちは。シスターブランは外しておりま……」
いつも通りの文句を述べて客人を迎えようとしたレセルダだったが、玄関先にいた人物を見てレセルダは笑顔のまま逆戻りするように扉を閉めにかかった。
「……外しておりますのでまたの機会にお越しください」
「おい!?」
外にいる人物が声を上げる。
閉じかけた扉に恐るべき反射神経で手が差し込まれ、ガッと掴まれて固定された。
こうなるともうレセルダは力で敵わない。思わず舌打ちをするレセルダ。
「おいレセルダ、今舌打ちしなかったか!?」
「気のせいですわ」
「いや絶対しただろ」
「相変わらず自意識過剰ですのね、次期騎士団長と目されるドルガ・ドゥセル様ともなりますと」
「嫌味全開だな!」
男はレセルダが両手で開けるような重たい扉を、片手で軽々と大開きにした。
勢いよく開け放たれた扉、その向こうに立つ男はとにかく大きい。
無骨に短くした赤銅色の髪、高いところからレセルダを見下ろす青色の瞳。レセルダは決して小柄ではなく、むしろ女性の中では長身な方であるもののそれを凌駕する高身長、厚みのある身体。おそらく体重など二倍近い。
顔立ちは整っているものの、体格と自信満々に上から見下ろす表情のせいで野生みが強かった。令嬢ウケはしない風貌だ。
それなのに、なぜかモテる雰囲気もあるような、レセルダにとっていけ好かない男であった。
再び舌打ちをもらすレセルダに、ドルガは豪快に笑う。
「ふん、この俺様が来てやったんだ! 諸手をあげて歓迎しろよな!」
「帰ってくださいまし」
にべもないレセルダだが、ドルガは全く意に介した様子もなく続けた。わざとらしく肩をすくめて別の話を振ってくる。
「まったく、聖女イオも俺を選ばないとは何様のつもりなんだろうな?」
「聖女様ですわ」
「見る目がないと思わないか!」
「あら、聖女様がお選びになった王太子になにか文句がおありですの? もしかして、『自分の方が相応しい』などと世迷言をのたまうおつもり? 恥ずかしい方ですわね」
レセルダも負けずにわざとらしくクスクスと冷笑した。洋扇があったら口元は隠しつつも目でこれでもかと侮蔑の感情を浴びせるような笑い方だ。
ドルガが瞬きののち、悪戯っぽくにんまりとする。
「お前、そうしていると悪役令嬢っぽいな!」
「白昼堂々、人を悪役呼ばわりだなんて酷い方。レディの扱いがなっていないのではなくて? この国の騎士の教育はどうなっていますの?」
「ちなみにこの単語はイオから聞いたのだが」
「未来の王妃を呼び捨てだなんて馴れ馴れしい方ですわね」
なんだか気になる言葉があったような無かったような気もしたが、レセルダは気にせず煙に巻く。
ドルガはそんなレセルダをジッと見ていたが、やがて気が抜けるような笑みを見せた。
「……お前、ほんっといつ話しても面の皮が厚いのな」
「もっと気の利いた褒め言葉をご用意くださいませ」
「ま、元気そうでよかったぜ」
「ティンビーから生きているとは聞いてたんだけどさ」とドルガは頭を掻きながら続けた。




