山バイソンのビーフシチュー⑤
さて、ゲームプレイヤー経験ありかつ、この世界の公爵令嬢として彼らの性格や立場を知っているレセルダから言えることがひとつある。
結ばれる際には、つまりそのキャラの個別ルートに行った際には、さすがに全員ちゃんと本性を出した上で結ばれているということだ。
攻略対象キャラたちは政治的理由で聖女にモーションをかけにいったことは事実で、そしてその際ティンビーのようにある程度対女性向けのキャラを作って挑んだことも事実だ。
でも同時に、完全に政略結婚というわけでもない。ゲームでの個別ルートの様子を考えて、レセルダはそう考えていた。
例えばティンビーの個別ルートの場合、王太子へのこじらせた感情や幼少期からの辛い訓練と殺人的な忙しさで一回ちゃんと病む。そこをヒロインが癒して結ばれるのだ。
ティンビーは癒されたことで、ヒロインにちょっとヤンデレ的な感じになるが、まあちゃんと本性は出している。
なんならバッドエンドではうまく癒せずにヒロインそっちのけで王太子と心中する。国は大混乱。どうしてそうなった。
だから、つまり。ヒロインがゲームプレイヤーなら各キャラの本性も概ね把握済みだと思われる。
長くなったが、ティンビーがただのチャラ口説きキャラじゃないことくらい聖女イオは把握済みだと思うのだ。
「本性を隠す意味、多分ないですわ」
「そうかな……」
ビーフシチューを食べながら、レセルダはこんこんと語った。ティンビーはそんなレセルダを微妙な顔で眺めている。
「……でも多分、俺、聖女イオにちょっと怖がられている気配ある」
「ああ、リアルヤンデレはお断りな方でしたか」
「何語?」
「あなたのルート、なにかと物騒ですからね。その後の人生も考えると確かに攻略対象キャラの中ではかなりイロモノというか、好き嫌い分かれるんですよね。安心してください、その分熱狂的ファンもいますよ」
「お前ずっと謎語で話すのやめろよなぁ!」
ティンビーはツッコミを入れてから、パンをちぎってビーフシチューに浸した。レセルダも好きな食べ方だ。いそいそと真似をする。
なお、こんな片田舎に柔らかい白パンはあんまりない。大抵はぎっしりと大きく重たい黒パンだ。貴族として白パンばかり食べていたレセルダには少し新鮮な組み合わせだが、不思議と合う。
ティンビーは気づかずに続けた。
「そのせいで、アルがちょっと気にしているんだ。俺はアルの幼馴染として、護衛として、臣下として、聖女イオとの確執は本気でなんとかしないと……」
「そんなに悩まなくても、案外なんとかなりますわよ」
まあ、真面目な性格ゆえに悩んで、悩むゆえに彼はヤンデレなのだ。
レセルダは令嬢の細腕には堅い黒パンを笑顔でちぎりながら、ティンビーに言った。
「何を一番守りたいのかを理解なさいませ」
「っ」
それさえわかれば、ティンビーはそれを守るために動けるだろう。
なにせ、レセルダは知っている。何を一番守りたいのかがわからなかったのがバッドエンドルート(殺人あり)で、それに気づけたのがハッピーエンドルートだった。
つまり、大事なものを守るためならティンビーは殺人はしないのだ。ティンビーはゲーム内ではよく人を殺しているイメージがあるが、本来人を守ることで力を発揮する人間である。
だから王太子の護衛に幼少期から抜擢されていたのだろうし。
ティンビーが目を見開いた。グレーの瞳がチカチカと星をまとう。
「その、言葉、」
ティンビーがなにかを言おうと唇を戦慄かせる。
しかし、レセルダが食べ終わる方が早かった。
「ごちそうさまでした」
「お、おお」
レセルダはパンで皿に残ったビーフシチューを綺麗に拭き取って、ぱくんと食べ終わってしまったところだ。
満足げな顔で微笑むレセルダに、ティンビーは覗かせかけた言葉を思わず飲み込んでしまった。
「美味しかったです。ビーフシチューって懐かしくて、食べたかったんですの」
けれど、レセルダの笑顔にティンビーも徐々に笑み崩れる。
「……ふふ、ほんとに懐かしいよな」
「ティンビー様もビーフシチューは久しぶりでしたのね」
「えっ」
ティンビーがちょっと悲しそうな声を出した。
レセルダが振り返る。なにか行き違いがありそうだ。
「えっ、もしかして、山バイソンの方を見てビーフシチュー思いついたのか? 俺じゃなくて?」
「逆にあなたにビーフシチューを連想させる何がありますの? 牛になって出直してらっしゃって」
「ひどい」
ティンビーは拗ねたように唇を尖らせた。
しばらくいじけたようにスプーンをいじっていたティンビーだったが、やがてぽつりと話し始める。
「小さい頃、はじめて俺がお前に本心を打ち明けた時も、ビーフシチューを食べながらだった。料理人の賄いをわけてもらってさ……」
「そうでしたっけ。小さな頃はいつも料理人の賄いをわけてもらいに行っていましたから」
「お前はそういう奴だっだよ……」
ティンビーは苦笑しながら、ビーフシチューの最後の一口を口に運んだ。
惜しむようにゆっくりと咀嚼して、静かに嚥下する。グレーの瞳は存外穏やかな色を灯していた。
「お前には些細なことでも、俺は本当に救われたんだよ」
レセルダは少し思案する。
小さな頃というのは、レセルダもレセルダで大変だった。下手に前世の記憶などというものがあったために悪魔憑き扱いされた。
とはいえ使用人とはなんとかうまくやれていた。前世の庶民的な感覚が彼らと近かったからだろう。
幼い頃のレセルダは前世の記憶に大きく引っ張られ、日本食を食べたくてたまらなかった。日本にあった洋食でも可。
それが、使用人の賄いに近かった。使用人の賄いは、公爵家の料理の材料の残りとか、仕込みに使ったスープを分けたりとかして作られる、比較的簡単なこの国の家庭料理だ。
これが、概ね舌に馴染んだ洋食っぽかった。貴族の料理よりは見た目も近い。
レセルダの賄いのおねだりは、悪魔憑きの評判が晴れてからもしばらく続いた。そんな日の中の一幕だろう、ティンビーに会ったというのは。
生憎、レセルダはそこまで当たりがついても思い出せなかった。
それだけ、レセルダには些細なことだった。きっと。
「いいよ、お前は忘れてて。そういうところも、」
ティンビーは小さく笑って立ち上がる。食器を持ち、流しに下げた。
流しには先にレセルダの食器が置かれており、ティンビーは食器を水につけながら丁寧に並べる。
同じ種類の皿は隣に、スプーンやフォークは方向を揃えて一緒くたに。
そんなことをしながら、ティンビーはかすかな声で囁いた。
「レセルダ」
「はい」
「お前を妻に迎えたいって言ったら怒りますか」
「シスターは生涯独身ですわ」
レセルダは素気無い。
王太子の側近で将来有望な青年に、断罪済みの訳ありシスターは少々不釣り合いだ。そして。
「実はここは女子修道院なので男子禁制です」
「え、怒られません?」
「ここはゆるゆるなのでシスター長が許してくださいます。村の方もよくいらっしゃるし。ね、シスター長」
「いつの間に!?」
厨房の入り口にはシスター長が佇んでいた。ティンビーが反射的に臨戦体制になった。気づかなかったらしい。
「……」
「シスター長?」
「シスターに下心がある若い男性はさすがに禁止でしょうか」
「!?」
小柄なシスター長の言葉に、ティンビーがギョッと腰を浮かせる。
「いえいえいえまったく! 誓って!! 懸想も秋波も下心も微塵もありませんが!?」
シスター長は静かに「会いたい気持ちの方が強かったのですね」と言い、ティンビーはボッと赤面した。
シスター長は穏やかな老女だが、多分愉快犯でもある。




