山バイソンのビーフシチュー③
かちりと調理台の焜炉に火を入れる。
火の魔法石を使った魔法の設備なので、火はスイッチひとつで入った。
レセルダはティンビーを振り返る。
「働かざるもの食うべからずですわ。ティンビー様も手伝ってくださいまし」
「何をすればいい?」
「ビーフシチューの作り方ってご存知?」
ティンビーは否とも是とも言わず、腑に落ちないように首を傾げた。よほどレセルダがビーフシチューの作り方を聞く姿がおかしいらしい。
レセルダは気にせず焜炉に鍋をのせた。
「お肉とお野菜、どちらの方が自信あります?」
「多分、肉……?」
困惑したまま答えるティンビー。
ならばティンビーにはお肉を任せよう。レセルダはフライパンを用意して、ティンビーをその前に立たせた。
ティンビーはそれでようやくおずおずと手を動かし始める。
「ビーフシチューだろ。基本的な料理なら一通り仕込まれてる。厨房は毒を盛る定番だから」
「暗殺者の顔滲ませないでいただけます?」
「下味はつけてあるな。形を残したいならまず表面を焼きつけて、旨みを溶かしたいなら弱火で煮込むが鉄則だ」
「勉強になりますわ」
「なら、よかった?」
ティンビーがお肉を焼き始める。じうじうと肉が焼ける音がして、香ばしくもジューシーな匂いが漂い始めた。
レセルダは隣の焜炉で野菜を炒めにかかる。玉ねぎから鍋に投入。木べらで焦げないように混ぜながら、丁寧に炒める。こちらもすぐにじうじうと音がし始めた。
「まじで不思議だ。お前と一緒に料理するの」
「貴重でしょう?」
「そうかも」
取り止めもなく話しながら、料理を続ける。
シャワーから上がったばかりのティンビーは、全体的にまだしっとりとしていた。
隣で並ぶと、レセルダとの身長差や体格差が際立つ。諜報や暗殺を仕込まれただけあり、一見優男に見えても彼は筋肉がある。
肉を焼くために袖を捲った腕は筋肉質だった。
「聖女争奪戦は傍から見る分には愉快でしたわ」
「笑うな。必死だったんだよこっちは」
揶揄うレセルダの頭をこつんとティンビーが軽く叩く。全く痛くない。やろうと思えば彼は頭蓋骨を割ることもできるだろうに。
レセルダはくすくすと笑いながら、いい感じに火が通った野菜にトマトを投入した。木べらで潰しながら、馴染ませる。
ティンビーの方も肉がいい感じに焼けたらしい。肉は一度取り出し、代わりに赤ワインをフライパンに入れて混ぜている。焼いた時に出た肉の旨みを使うためだそう。
ティンビーはその間もつらつらと喋った。
「いきなり女性を口説けとか言われてよー、しかも生涯愛するつもりでって、どういうこと? 本気で初対面の人だったし。異世界出身だし」
「愛せなかったんですの?」
「んー、良いところはあったよ。でもそんなの誰にでもある。お前にも」
ティンビーがレセルダの鍋を覗き、「もう良さそうだし水入れていい?」と確認してくる。レセルダが頷くと、ティンビーは鍋に水とフライパンの赤ワインを入れた。ここからは煮込むのである。
「ま、アルを愛したことだけは評価してる。アルに口説かれて選ばないなんてあり得ないからな」
「何目線ですの?」
アルと言うのは王太子アルフレッドのことだ。
ティンビーはちょっと王太子に対して拗らせている。
「なんだよ、アルが一番カッコよかっただろ」
「私はそのせいで断罪されたわけですけど」
「アルのためなら光栄だろ」
「はいはい」
まあ、聖女イオが誰を選んだとしてもレセルダは断罪されただろう。レセルダ・ワーシャルワインズは政治的にそういう役回りだった。
というか、ゲーム内でもそうだった。
ひどいルートだと死ぬので、現実は比較的平和に終わるルートだったと言える。聖女イオはよくハッピーエンドを掴み取った。バッドエンドだと大抵人が死んで国が揺らぐ。
「というかアルを振るなんて何様だ? 許せない、そんな奴に生きる価値がない、殺す」
「そうそう、王太子のバッドエンドルートはいくつかありますが、そのうちの一つでしたわね、それ」
「なんて?」
レセルダはティンビーの疑問をスルーして、鍋にデミグラスソースを入れた。
ご近所の家庭で作られたデミグラスソースは、丁寧に作られていて風味が豊かである。厨房には一気に濃厚で美味しそうな匂いが広がった。
ぐぅとレセルダのお腹が鳴る。
見知った料理の匂いは空腹によく効く。味見と称して少し食べてしまいたいのを、ぐっと堪えた。
「でも、他の方だってなかなかうまくアプローチしていましたわ。ライグリフォン国の王子様は強敵でしたわよ。あのクールさ、あざとさ、スキンシップ、弱みの見せ方、ああいうのをメロいって言うのです」
「いやアルが一番カッコよかった。常に紳士、物腰柔らかで誰にでも優しい。まさに完璧王子様。女性には憧れだろ」
「ま、そうですね。実はちょっと泣き虫で、それを気にしていて、好きになっちゃった相手には嫉妬深い。なかなかいいところを突いています」
「アルには全く及ばないが、騎士団の奴も力を入れてたよな。最初喧嘩売りに来てんのかと思ったら、ああいう絡み方もあるのか」
「好きの反対は無関心と言いますからね。まずはとにかく好きでも嫌いでも印象付かせて、そこから好きへの転換を狙うって戦法でしょう。でもあれは絶妙なバランス感覚が必要です。ひとつ間違うと生理的に無理枠に入りかねない諸刃の剣ですから」
「筋肉派に見えて頭脳派かよ。あの騎士団らしい戦い方だ」
くつくつと鍋の中が煮立ってきた。
「教会からは神官が来てたよな。あの担任の」
「やはり大人の魅力というものはあるのです」
「魔法塔の連中まであの飛び級のやつ送り込んできてただろ」
「エリオくんは素のままで可愛いですからね。ショタ枠として完璧」
「なんて?」
最後に、くつくつと煮立ち始めた鍋にティンビーが焼いたお肉と香草類を入れる。
あとは本当に煮込むだけだ。水分が飛びすぎて焦げないように気をつけながら、くつくつと何時間も煮込む。最低2時間は煮込みたいところだが、ここはレストランではないためレセルダとティンビーの空腹が限界になるまでとする。
きっともう十分美味しくなっているとビーフシチューの匂いは言っていた。
ティンビーとレセルダは厨房のテーブルに座り、一旦お茶を飲んだ。
一服、のち、たーんとティンビーがテーブルを叩く。
「考えれば考えるほど、俺って必要だったか!?」
「ティンビー様はヤンデレ枠です。闇落ちしてこその味。あとは王太子へのブロマンスさがスパイス的美味しさというか」
「何語!?」
乙女ゲームの二次創作にBLはたまにある。数少ないそのBL二次創作の中でメジャーカプを誇ったのだ、アル(王太子)×ティン(側近)は。
閑話休題。
──あの乙女ゲームは、裏に壮大な政治が絡んだ聖女という不思議で反則的な力の獲得戦争だった。
聖女がいるとその土地が潤う。魔力に満ち、作物は実り、天災を退ける。特に魔法を使う人間にとって、その力はとんでもないブースター。
逆に、聖女に嫌われて魔力を取られてしまうと一気に不安定化する。
「だから、嫌われ役はきっちり制裁されておく必要があったというのも理解しておりますわ」
あの断罪はそういう茶番だったのだ。




