断罪
「レセルダ・ワーシャルワインズ! 貴女との婚約を、今この場をもって破棄する!」
広い庭園に高らかな声が響き渡った。
ここは乙女ゲームの世界。
異世界から召喚された聖女であるヒロインが、さまざまな困難を乗り越えて攻略対象たちと恋に落ちていく──そんな定番の女性向け恋愛ゲーム。
そんな世界にあって、レセルダ・ワーシャルワインズは悪役令嬢であった。今まさに断罪中の。
高らかな声を上げたのはこの国の王太子アルフレッドである。レセルダの婚約者だ。いや、今婚約者ではなくなるところだが。
その傍らにはヒロインたる少女──聖女イオが抱きしめられており、その目には涙が浮かんでいる。
それをなんとなく守るように王太子の側近ティンビー、騎士団長の息子ドルガ、異国の王子バットフット、神官セラフィエーン、天才魔法使いエリオが佇む。
登場キャラが多い? まあ乙女ゲームとはそんなものだ。覚えなくても大丈夫。必要ならまた出てくるので。
とにかく、攻略対象キャラは全員ヒロイン側にまわっていた。
対して悪役令嬢レセルダは、庭園の真ん中で一人、遠巻きにされて立っている。
豪奢なドレスを身に纏い、不遜で高慢。美しく手入れされたラベンダーアッシュの髪、意地悪そうなアメシストの吊り目。髪は手の込んだバラのような形のシニヨンにされていて、まとうものだって何もかも一級品。
婚約破棄を告げられたところで、彼女の表情に陰りはない。それがますます冷たげに見える。
周囲では、貴族たちがひそひそと囁き合う。
「やはりワーシャルワインズか」
「調子に乗ったな」
「聖女様があんなに怯えているのに、何も感じていないのかしら」
レセルダはそれらの声を聞き流しながら、ただ静かに立っていた。
「貴女が聖女イオに嫌がらせをしたと聞いている。事実か?」
「あら、デタラメですわ」
硬い表情の王太子の問いに、レセルダはにっこりと答える。
公爵令嬢かつ未来の王妃であるレセルダにはこの程度の状況は茶番に等しい。
実際ほぼ茶番でもある。出てくる嫌がらせの証拠や聖女の重要性を説かれながら、今日のお夕食に想いを馳せる余裕さえあった。
(今日のお夕食は、おそらくシチューに類するお料理……仔牛のお肉をお野菜と一緒にコトコト煮込んだ旨みとコクのあるお味に、お肉はこれもじっくり煮込んで舌で解せるほど柔らかく……)
そんなことをレセルダが考えている間に、王太子は「ワーシャルワインズ公爵と協議し、追って沙汰をくだす」と告げていた。
***
と、そんなことがあったのが数ヶ月前。
「シスターレシー」
呼ばれて、レセルダは顔を上げた。
公爵家を勘当されて修道院に放り込まれるにあたって、レシーを名乗って数ヶ月。レセルダはまあまあこの呼ばれ方に慣れていた。
「シスターレシー、お夕食を作りましょう。今日はハープモッと揺りうれのペチャカチャです」
「はい、シスター長」
この生活も悪くない。
レセルダ・ワーシャルワインズは片田舎の修道院にいた。
戒律はあれどゆるくて苦でない、煩わしい夜会もない、なによりご飯が美味しい。悪くないどころか、令嬢生活よりもレセルダの肌に合っているかもしれない。
ヒロインも攻略対象たちも、今のレセルダには関係ない。
ただひとつ不満を挙げるならば。
(それにしてもシスター長が教えてくださるお料理って、全部謎ですわ……)
シスターレシーはそろそろ食べ慣れた料理が食べたい。




