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謎の布小袋の正体はほどなくして判明した。判明というか教えてもらえた。
お婆さんが去っていってからも、石のお皿に入れる布袋や紐やリボンを手にした人がちらほらやってきたんだけど、そのうちの一人、生前のわたしと同じくらいの年に見える女の子が親切にも説明してくれたのである。まあ、わたしの「にゃーん」に込めた教えて教えて~の思いが通じたわけじゃなくて、たまにいる、小動物相手にお喋りをするタイプの子だったのだ。
なんでもわたしがいる台座は海風の神様へのお願い事をするための場所なんだそうな。へー。それってつまり、神聖な場所だってこと? あれ? わたしこんなとこいていいの? 首を傾げたが、これまで誰もわたしに向かってあっち行きなさいなんて言わなかったんだから、別に猫がいてもかまわないのだろうか。
それで、台座の上に置かれているこのでっかい石のお皿は、大切な人の安全への祈りを込めた品物――布の小袋や飾り結びにした紐、リボンなどを捧げるための器なんだそうです。へーーー……。あの、ほんとにわたしこんなとこにいていいの? 皆さんの願いを込めた品々、思いっきりクッション代わりにしちゃってましたが。
家族や友達、恋人といった親しい人が遠くに行くときに、まったく同じ色と形の小袋や飾り結びを用意して、片方はお守りとして相手に持たせ、もう片方は旅の無事を祈りながら石皿の中に納めるのだとか。
ちなみにこれを教えてくれたお姉さんの親しい人とは弟さんだそうです。下働きとして雇われて船に乗るんだって。この十七、八歳くらいに見えるお姉さんの弟さんって年いくつだよ、ってちょっと思ってしまった。乗るのが漁船なのか貨物船や旅客船なのかまではお姉さんも教えてくれなかったけど、船で下働きってもしかして肉体労働要員だったりしない? 若いのに大変だね。
お守りと捧げものにする小袋や紐は、自分で手作りすることもあれば、売られているものを購入するもありなのだそうだ。手先の器用な人が内職して作ったものを朝市で野菜のついでに売っていたり、仕立屋さんが生地の余りを有効活用したものをお店の片隅に置いてたりもするらしい。そして最近主に若い女性の間で流行っているのは、中に香料を仕込んでほんのりいい匂いのする香り袋にすることらしい。
「でもねえ……どうせ持たせるのうちのバカだもんねえ。あんなクソガキ、使い古しのボロで適当に作ったお守り袋で充分よ――なーんてね」
わたしの両前足を持ってせっせっせーのように上下に軽く動かしながら言うお姉さん。
ひとしきりわたしを撫で回してお姉さんは帰っていった――と思ったら戻ってきた。木の器に入った水と小さな包みを持って。包みの中は二匹の小魚――当然のように生魚――だった。
「お昼前になったら修道士さんが来るから、それまで待っているといいわ」
海風の神様とやらに仕える修道士の人が定期的に巡回して、石皿の中の布袋を回収していくのだが、そのついでに捨て猫も回収してもらえるだろうとのことだ。
えーと、もしかしてママ、それでわたしをここに置いていった……?
なんだかこの子はトロクサいから野生じゃ生きていくのは無理そうね、あ、そういえばあそこに置いていけば信心深い人間が拾っていって育ててくれるそうじゃない――みたいな?
いやいや、まさかね。
お姉さんの好意に甘えて水を飲み、生の小魚……は、刺身と思えば食べられる。生肉よりは断然マシだ。でもちゃんと調理したご飯が食べたいなあ。
魚の鱗を爪でばりばり剥がしながら思案する。
広場には食べるものを扱っている店がそこかしこにあるようで、いい香りが漂ってくる。
わたしは猫だ。そして猫は可愛い。ましてや仔猫である。もう超絶可愛い存在なのだ。
猫の愛らしさに負けて食べるものを恵んでくれる人の一人や二人、いるんじゃないかな、たぶん。
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