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――――目の前には、一匹の仔猫。
グレーのふわふわ長毛。目の色はブルーグレーだけど、これはいわゆるキトンブルーというやつだろうか。
わたしにとっては非常に見覚えのある猫である。
弟じゃーん! ええと、二日ぶり……で合ってる? 元気してたー?
そう、このふわふわグレーキトンはわたしの今生における家族だ。家族だった。強制独り立ちのせいでいまは離れ離れになってしまったけど。
しかし我が弟ながら野良とは思えない恵まれた外見の美仔猫である。ふわふわ長毛効果なのか、なにやらゴージャスに見えるし。お金持ちのお家の愛猫ですって言われても信じちゃうよ。
元いた街、たしかサウラ? 聞くところによると林檎樽に入ったわたしを運んだ船がサウラというところから来たらしいので、あの街は推定サウラってことで。まあ、サウラ発で途中の寄港先たくさんってパターンもありそうだから、確定とは言えない。
とにかく、推定サウラも船で運ばれた先のこの街も、猫に親切な人は多かった。これなら器量よしの弟も、野良猫として生きるにせよどこかの飼い猫になるにせよ、あまり苦労はせずにやっていけるんじゃないかな――というのはわたしの願望込み込みですが。
いやーでもうちの弟キャットってマジで可愛いからね? 猫は猫であるだけで可愛いものだけど、その中でも頭一つ抜け出してる可愛さだからね? 言うまでもなくこの子じゃないほうの弟も、それから妹キャットsも、当たり前だけどマミーも例外なく可愛くて美猫だったからね?
ちなみに、弟だの妹だの言ってるけど、生まれたときの産声上げた順番なんてまったく覚えていないので、わたしが勝手に第一子の座を主張しているだけである。こういうのは言い張ればそれが真実になるのだ。よってわたしは断固として長女であることを譲らない所存。第一子だろうが末子だろうが特に意味があるわけでもないので、単なる気分の問題です、はい。
しかし――。
はてさて、なんで弟が目の前に?
こてん、と首を右側に傾げるわたし。
同じ方向、だから本猫にとっては左側に首を傾げる弟。
弟、なんだよねー。どっからどう見てもわたしのよーく知ってる弟キャット、なんだけーどーもー。
うむ。これはあれですな、夢ってやつ。
ほらー、わたしって心構えもなんにもなしにいきなり一匹で世間に放り出されたわけだからして、夢で家族に会いたくなるのも当然なのですよ。
そっかー、夢かー。マミーキャットともう一匹の弟と妹たちは出てこないのかな。
まあいいや、夢なら楽しまないとね。
というわけで弟よ、リアルではついぞ勝てなかった取っ組み合いの雪辱を、いまここで果たしてくれよう。いざ尋常に勝負……――んん?
第六感とでもいうのだろうか、なにかを感じ左上を見上げる。
いつの間にかそこには木箱が積み上がっていて、その上から一対の瞳がわたしを見下ろしていた。
はっ、そのほぼ黒な被毛は我が弟キャットその二!
厳密に分類しようとするならとっても黒に近いダークブラウンということになりそうな色の毛並みは、物陰に身を潜めるにはうってつけだ。かくれんぼするとき有利だよねー、羨ましい。
まあ今回はこっそり隠れるとかそんな次元は軽く通り越していきなり木箱の山と一緒に出現あそばしたんだけど。なんでもありだな夢の中。
ところで、弟キャットその二の目が、明らかにわたしにロックオン!な狩人の目なんですが気のせいですか?
いやちょっと待って、もしやその高さから飛びかかってやろうとか考えてるんじゃないでしょうね!?
やめー! こんだけ高低差あったら真面目に危険だわ!! あんたはたしかに小さくて軽い仔猫だけどわたしも同サイズ、なんならわたしのほうが少ーし小さいからね!? 遊びも運動も節度大事ー!!
わたし目掛けてまっしぐらに跳ぶ弟。あわあわしながら全力で回避を試みるわたし。なんか近くでほけーっとしている長毛グレーのほうの弟。
えええ、なんなのこの夢。
――――ぼすっ、と、至近距離でそんな音がした。
身体が跳ねる。一瞬宙に浮いた感覚。
はた、と目を開いて起き上がったわたしの視界にあったのは、どアップになった白い爬虫類の顔だった。
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