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考えてみたら逃げる必要はなかったのでは、と、思ったのはしばらくしてからのこと。
まああの場から一旦離れる必要はあったんだけどね、なにせ早急にお花を摘みに行かねばならなかったので。樽詰め十時間超(推定)を経てかなり限界ぎりぎりだったのだ。よく耐えた自分。
でももうあの厨房のあった建物からけっこう離れちゃったしなあ。やっと樽から出られた開放感に浮かれて気分良く走ったりしたので。大まかな方向はわかるから戻ろうと思えばたぶん戻れるけど、いまから引き返してももう配達のお兄さんは帰ってしまっているだろうか。あのチャラいお兄さんにくっついていけば元々積み込まれていた船まで連れていってもらえるかも、とちょっと思ったけど、無理かな。荷物の配達で一ヶ所に長居はしないよね。
なお、お兄さんに対するチャラそうという評価はわたしの純然たる偏見に基づくものであり、実在する人物とは一切関係ありません。なんか見た目がねー、ざっくり分類するならアメリカ産ドラマや映画に出てきそうな、海辺で美人侍らせてるサーファーとか、ハイスクールや大学でアメフトやってて学内知名度上位グループ所属とか、そんな系統の外見っぽい。こう、顔がそこそこ良くて、性格明るそうで、いかにも真面目~って感じではない、みたいな。あくまでわたしの勝手な印象であって実在するサーファーともアメフト選手ともその他ありとあらゆる人々とも無関係です、はい。
それにしても、こんなほとんど事故同然の経緯でうっかりよその土地に来てしまった。飼い主の鞄に潜んで一緒に出社してしまう猫とか、スーツケースに猫もパッキングしてしまった話とか、聞いたことはあるけど、まさか経験する破目になるとは、それも猫の立場で。
おのれ、わたしに気づかず林檎樽に詰めてくれたどこかの誰かめ、もし次に会う機会があれば覚えてなさい、顔も名前もわからないけど!
現在時刻は、太陽の位置から正午よりちょい手前くらい。わたしの適当な勘頼りで逆算すると、わたしの入った樽が船から降ろされたのが朝の八時くらい、元いた港から船が出たのが昨日の午後遅め~夕方くらい、ってところ? とりあえず港から港まで十二時間と仮定して、船が十二時間で移動できる距離ってどのくらいになるんだろう。前世はお船とはまったく縁がない環境だったし、今世は右も左もわからない仔猫だから、まったく見当もつかない。
本当になにもわからないままここにいるからね、わたし。元いた土地の名前すら不明だし。
いまのわたしにわかることといえば、カモメかウミネコか種類は知らないけど海辺にいそうな鳥がたくさん上空を舞っているから現在地は海が近いんだろうなあということと、ここも昨日いた街も電線やケーブルの類がまったく見当たらないなーということと、いま前方から歩いてくる数人の集団が、全員とてもユニークな飾りを腰に提げてますねーってことくらい。
着こなしに若干違いはあるけどお揃いの服を身に着けた四人グループで、腰のベルトから提げているものが、あれ、剣に見えるんだよね、鞘に入った剣。
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