FDRからの手紙
深夜、オールバニの州知事公邸。FDRは書きなぐった便箋を、暖炉の火にくべた。これは誰にも読まれることのない、彼自身の心の整理のための独白である。
フランクリン・デラノ・ルーズベルトより、親愛なる(そして心から呪わしい)我が友、東郷一成へ
拝啓、ミスター・トーゴー。
君が大陸横断鉄道の車窓から、我が国の死にゆく農村を眺めて何を考えていたか、今なら手に取るように分かるよ。君はきっと、こう思っていたのだろう?
「なんと美しい景色だろう。これから始まる壮大な花火大会の、最高の観客席だ」と。
ああ、その通りだ。花火は上がった。君が用意した「NCPC債」という名の、史上最も美しく、最も悪魔的な花火がな。そして我々アメリカ国民は今、赤子のように口を開けて、その光に見とれている。自分たちの足元が、その花火の火の粉で燃え上がっていることにも気づかずに。
この国は今、私のこの足と同じだ。
脳(政府)がいくら『止まれ』と命令しても、末端(市場)は麻痺して動かない。いや、痙攣したように踊り続けている。自分の意志で立てない巨人が、君という杖にすがって、崖に向かって走っているのだ。
君に一つ、教えてやろう。
君が作り出したこの「好景気」という名の地獄が、どれほど独創的で、どれほど芸術的なまでに完成されているかを。君自身ですら、その全貌をまだ理解していないかもしれんからな。
ツッコミ①:我が国の「ブローカーズ・ローン」を「無限お小遣い製造機」に改造した件について
まず、礼を言わせてくれ。
君は、我が国の金融システムが抱える最大の欠陥「ブローカーズ・ローン」を、見事にハックしてくれた。いや、ハックなどという生易しいものではない。「アップグレード」してくれたと言うべきか。
知っているかね? 1929年の今まで、我々のブローカーズ・ローンはただの「高利貸し」だった。株を担保に金を貸し、市場が暴落すれば担保を取り上げて終わり。実にシンプルで、野蛮な仕組みだ。
だが君のNCPC債は、その野蛮なゲームに「神の視点」を持ち込んだ。
君の紙切れは「自己増殖する担保」だ。
担保の価値が上がるから、融資枠が増える。その金でまた担保を買うと、融資枠がさらに増える。
素晴らしい! 君は、エネルギー保存の法則を無視した「永久機関」を、ウォール街のど真ん中に建造してしまったのだ!
アインシュタインに教えてやりたいよ。特殊相対性理論よりも、君の「特殊担保理論」の方がよほど革命的だとな。E=mc²? 馬鹿を言え。これからの時代は M(Money) = N (NCPC債) × C² (Craziness of Crowd) だ!
君のおかげで、ニューヨークの靴磨きの少年までが、レバレッジ取引について熱く語るようになった。ありがとう、東郷君。君は、この国の金融リテラシーの向上に、多大なる貢献をしてくれたよ。国が滅びる方向でな。
ツッコミ②:「非課税」という名の「全国民総ギャンブラー化計画」について
この永久機関に、君は実に素晴らしい燃料を注ぎ込んでくれた。
「非課税」という名の、最高純度のニトログリセリンをな。
君は分かっているのか?
「非課税」という言葉は、我々アメリカ人にとっては「正義」と同義なのだ。
ボストン茶会事件を思い出せ。
「代表なくして課税なし」
我々は、不当な税金と戦うために建国された国なのだ。
そこに君は現れ、こう囁いた。
「諸君、ここに税金のかからない儲け話がある。担保は、我が日本帝国海軍の“名誉”だ」と。
最高じゃないか! 愛国的で、しかも儲かる! そして何より、忌々しい政府に一銭も払わずに済む!
君は、我々アメリカ人の遺伝子に刻まれた「反税・愛国・一攫千金」という、最も危険な三つの本能を同時に刺激してしまったのだ。
もはや誰も君を止められない。君に逆らう者は「儲けの機会を邪魔する非国民」として、市場から吊るし上げられるだろう。
君は、単なる金融商品を市場に持ち込んだのではない。
「新しい宗教」を持ち込んだのだ。
その教義は「信じる者は、儲かる(非課税で)」。
素晴らしい。実にシンプルで、力強い教えだ。イエス・キリストも真っ青だろうよ。
ツッコミ③:そして我が国の「FRB」を「ただのやかましい目覚まし時計」に変えた件について
そして、極めつけはこれだ。
君のこの新しい宗教は、我々の神殿――連邦準備制度理事会(FRB)――を、完全に無力化した。
我々の金融の神々は、市場が熱狂すれば金利を上げることで「神の雷」を落とし、市場を鎮めるはずだった。
だが、君の信者たちは、その雷鳴を「買い増しの合図」くらいにしか思っていない。
「金利が10%? だがNCPC債は20%上がる。問題ない」
聞こえるかね、東郷君。これは、ウォール街のトレーダーたちの声ではない。
これは、君が作り出した怪物に我々の国家主権が敗北した瞬間の、断末魔の叫びなのだ。
我々が百年かけて築き上げてきた中央銀行というシステムが、君のたった一枚の紙切れの前に、完全に機能不全に陥っている。
FRBの理事たちは今頃、自分たちのオフィスでこう呟いているだろう。
「我々はもう、市場をコントロールできない。我々にできるのは、市場がいつ崩壊するかを、ただ祈ることだけだ」と。
おめでとう、東郷君。君は、この国の金融政策の舵を、FRBから奪い取ったのだ。
そしてその舵を、ウォール街の最も強欲で、最も愚かな船乗りたちに、くれてやった。
それから、最後にもう一つ。
君は実に趣味が悪い。
この期に及んで、君の国の子供たちを――君の愛娘も含めて――この国に「修学旅行」になど寄越すとはな。
報告は受けているよ。彼らがサンディエゴの軍艦を見て驚き、ハリウッドの映画を見て目を輝かせていると。
「お化け」は、正体が分からないから怖いのだ。
正体を見てしまえば、それはただの「倒すべき敵」か、あるいは「対話可能な隣人」に変わる。
君は、次の世代から「アメリカへの過度な恐怖」と「盲目的な憧れ」の両方を奪い去った。
それはNCPC債なんかよりよほど恐ろしいことだ。
君は、20年後の戦争――それが戦場であれ、外交のテーブルであれ――を見据えて、今この瞬間に種を撒いているのだからな。
だが気をつけたまえ、東郷君。
君の娘さんが見ているのは、この国の「死に顔」だ。
あまりに醜く、そして滑稽な死に顔だ。
その記憶が、彼女の心をどう変えてしまうか……それは君にも計算できていないのではないかね?
さて、我が友よ。
ここまでが、君の偉大なる功績のまとめだ。見事なものだろう?
君は我が国を滅ぼすために、一隻の軍艦も動かさなかった。
ただ、我々自身の「強欲」と「自己矛盾」という名の鏡を、我々の目の前に突きつけただけだ。
そして我々は、その鏡に映った自分の狂った姿に恋をして、自ら崖から飛び降りようとしているナルキッソスだ。
だから、私は君に何を言うべきか、ずっと考えていた。
「止めろ」と言うべきか?
いや、君はもう止められない。君が作った永久機関は、もはや君の手を離れ、我々の欲望を燃料に勝手に回り続けている。
「助けてくれ」と懇願すべきか?
それも違う。君は消防士ではない。むしろ、この火事を誰よりも楽しんでいる放火魔だ。
だから、私は君にこう言おう。
「ありがとう、東郷一成」と。
君は、この国の病を白日の下に晒してくれた。
「永遠の繁栄」などという、愚かな幻想に浮かれていた我々の頬を、張り飛ばしてくれた。
この国は、一度死ぬだろう。
君が作り出したこの美しいバブルが弾ける時、我々は地獄を見る。
失業、倒産、飢餓。君が大陸横断鉄道から見た、あの農村の絶望が、この国全体を覆い尽くすだろう。
だが、我々はそこから蘇る。
この壮大な失敗から学び、より強く、より賢明な国家として生まれ変わる。
君が教えてくれたのだ。国家の本当の力とは金塊の量でも、株価の高さでもない、と。
だから、見ていたまえ、東郷君。
君が観客席から眺めているこの花火大会。そのクライマックスは、これからだ。
そして、その焼け跡から立ち上がる、新しいアメリカの姿を。
その時君と私は、本当の意味で「対等な敵」となるだろう。
君が作り出したこの地獄を、私は心から楽しみにしているよ。
君の、最も忠実な敵であり、最も君を理解する友人より。
フランクリン・デラノ・ルーズベルト
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