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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第二章

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真空地帯

時はやや飛びます。今回のオランダ側のまとめです。

 時:数年後

場所:オランダ領ニューギニア、ソロン港


 赤道直下の太陽が、真新しいコンクリートの岸壁を白く焼いていた。

 数年前まで、ソロンは地図の端にかろうじて名前が載る程度の漁村だった。ドベライ半島の南端、鬱蒼としたジャングルに囲まれた入り江に、朽ちかけた桟橋がいくつかあるだけの場所。


 それが今や、別の土地になっていた。


 大深度岸壁が入り江の両翼に伸び、20万トン級の重油タンク群が丘陵の地中に潜り込んでいる。ドイツ製のガントリークレーンが3基、青い空を背に腕を伸ばし、オランダ国旗と南洋興発の旗がそれぞれのポールで翻っていた。


 港の奥――ジャングルを切り拓いた台地には、1,500メートルの舗装滑走路が横たわっている。その手前の水面には、水上機の発着用スリップウェイが新設され、フォッカー製の水上偵察機が2機、翼を休めていた。


 書類上は「南洋石油開発株式会社 ソロン積出基地」。

 だが、大深度岸壁のドック深度は12メートル。戦艦でもゆうゆうと横付けできる深さだった。


 そのソロン港の沖合に、異形の軍艦が姿を現した。


 短い艦首。平坦で長大な飛行甲板。煙突は右舷に小さく突き出し、艦橋は甲板の下に潜り込んでいる。


 『Hr.Ms.プリンセス・ユリアナ』


 旧名・龍驤。かつて日本帝国海軍が建造し、ワシントン条約の軍縮枠を搔い潜るために設計された、1万トン級の軽空母である。


 1930年の取引で建造中にオランダ王室に献上されたこの艦は、ウィルヘルミナ女王の長女にして王位継承者の名を冠し、蘭印艦隊の旗艦として生まれ変わっていた。


 飛行甲板の上では、30機のフォッカー製艦載機が整然と並んでいる。


 フォッカーD.XIX。


 アムステルダムのフォッカー社が、日本海軍からの500万ドルの出資金を注ぎ込んで開発した、同社初の艦上戦闘機だった。ベースはフォッカー伝統の鋼管溶接構造にジュラルミン応力外皮を組み合わせたハイブリッド機体だが、エンジンだけは違う。


 日本海軍の斡旋で供給された川西=ロレーヌ製「ステルナ」水冷V型12気筒。810馬力。


 オランダの機体設計思想とフランスの航空エンジン技術が融合した結果、生まれた機体は、当時の米海軍主力艦戦ボーイングF4B-4を最高速度で40km/h以上引き離す性能を叩き出していた。


『プリンセス・ユリアナ』の艦橋で、蘭印艦隊司令官カレル・ドールマン少将は、ソロン港に接岸しようとする自艦を見守っていた。


「……日本人がこの艦と一緒に『夢の種』を持ってきた時、正直なところ私は懐疑的だった」


 ドールマンは、傍らの副官に低い声で言った。


「龍驤という艦は問題が多かった。トップヘビー。荒天に弱い。設計に無理がある。……だが、あの東洋人は一つだけ正しいことを言った。蘭印で使う分には、荒天は問題にならない、と」


 蘭印の多島海――ジャワ海、バンダ海、セレベス海。これらの内海は外洋に比べて波が穏やかで、龍驤の弱点であるトップヘビーの影響が最小化される。日本海軍が「使いにくい」と判断した艦が、蘭印という舞台では「最適解」に化けたのだ。


「司令官。本国のハーグから、今月の演習報告に対する女王陛下のお言葉が届いております」

 副官が電文を差し出した。


 ドールマンはそれを読み、口元に厳しい笑みを浮かべた。

「……陛下は先月のスラバヤ沖演習をご覧になって、大変お喜びだそうだ」


 先月の演習。『プリンセス・ユリアナ』は軽巡『ジャワ』、『スマトラ』を従えて、仮想敵艦隊に対する航空攻撃演習を実施した。フォッカーD.XIX の30機が、水平線の彼方から殺到し、「敵」の重巡洋艦に模擬雷撃と急降下爆撃を叩き込んだ。


 演習を観戦していた英海軍の武官は、本国にこう電報した。


『オランダ蘭印艦隊、空母による本格的な航空打撃演習を実施。規模・練度ともにシンガポール駐留の我が艦隊を凌駕する水準。極東におけるオランダ海軍の戦力は、もはや「無視できない存在」から「地域的支配力を持つ脅威」に変貌したと判断する。至急、本国の再評価を求む』


 ドールマンは電文を折り畳み、ソロン港を見下ろした。


「1930年の時点で、アジアの海は『真空地帯』だった。英東洋艦隊は空母『ハーミーズ』がたまに顔を出す程度。米アジア艦隊に至っては空母すらない。旧式の重巡と錆びた駆逐艦が、マニラ湾で昼寝をしているだけだ」


 ドールマンの目が細くなった。

「そこに我々が、常時展開できる空母と30機の艦載機を持ち込んだ。……真空に空気が流れ込むように、パワーバランスが一変した」


 港の岸壁では、ソロンの地中タンクに原油が吐き出されている。パイプラインの先には、南東50キロのジャングルの中から黒い血を噴き続ける、クラモノ油田が繋がっていた。


 ドールマンの横には、日本から派遣された軍事顧問、大西瀧治郎大佐が立っていた。

「ドールマン提督。この空母は、単なる兵器ではありません。

 『蘭印の独立と繁栄』の象徴です」


 大西は、地図を指差した。

「この空母がある限り、英米はうかつに手を出せない。貴国は、自らの力で資源を守り、自由に商売ができる。

 ……我が国(日本)は、その良き顧客であり続けますよ」


 ドールマンは、ニヤリと笑った。

「ああ、分かっているとも、ミスター・オオニシ。

 ……我々はもう二度と、ナポレオン戦争の時のように屈したりはしない。

 ましてや、アメリカの不況の巻き添えになるのも御免だ」


 オランダは、長年の「小国としての悲哀」から脱却しつつあった。

 日本というパトロンを得て、地域最強の軍事力を手に入れた彼らは、今やアジアの海で、英米と対等に渡り合える「第三極」として覚醒したのである。



 時:同日

場所:オランダ領ニューギニア・ドベライ半島、クラモノ(Klamono)油田


 鬱蒼とした熱帯雨林の中に、アメリカのテキサス州でよく見られるような、木製の掘削櫓が林立していた。

 だがその現場の空気は、一般的な油田開発の「苦労」とは無縁の、奇妙なほどあっけらかんとしたものだった。


「……おいおい、また出たぞ!」

 作業員がバルブを回すと、パイプから黒々とした原油が、凄まじい勢いで吹き出してきた。

 ポンプで汲み上げているのではない。地下の圧力だけで勝手に噴き出してくる「自噴」だ。


「……信じられんな」

 日本石油から派遣された現地の採掘主任は、泥だらけの顔を拭いながら笑った。

「アメリカの連中は、テキサスで1,000メートルも2,000メートルも深く掘って、やっと油を当てているって言うのに。

 ここはなんだ? たったの100メートルちょっと掘っただけで、この勢いだぞ」


 スマトラの巨大油田では、1,000メートル以上の深度を掘り抜く必要がある。テキサスの油田はもっと深い。


 だがクラモノ油田の秘密は、その異常な浅さにあった。

 中新世のサンゴ礁由来の石灰岩層――カイス・リーファル・ライムストーン。この多孔質の石灰岩に閉じ込められた原油は、地下わずか90メートルから120メートルという信じがたい浅層に眠っていた。


 当時の日本が持っていたアメリカ製の少し型落ちのロータリー式掘削機でも、わずか数日で目的の層に到達してしまうのだ。


「主任! この井戸、フローレート(日産量)が異常です! バルブを絞らないとタンクが溢れます!」

「地下水が下から猛烈な勢いで油を押し上げているんだ(ウォータードライブ)。

 ……だがこの手の油層は、水が混じり始めるのが早い。数年で枯れるかもしれんぞ」


「構わん!」

 現場を監督する海軍の将校が、力強く言った。

「我々がここに求めているのは、何十年もチビチビ出る油ではない!

 いざという時、開戦の最初の数年間を戦い抜くための『瞬発力』だ!」


 将校が地図を広げた。油井の分布を示す赤い点が、ジャングルの中に密集している。

「年間のペースで言えば……」


「年産220万バレル以上は確実です。ソロンの貯油タンクを全て満たし、なお余る。パイプラインの増設次第で、年産400万バレルも見えてきます」


 連合艦隊の全力出撃1回に必要な重油が約50万バレル。クラモノ油田だけで、年間4回以上の全力出撃分を賄える。しかもアメリカの禁輸措置とは完全に無関係な、オランダ領の日本資本としての独自供給源。


 浅いから、次々と新しい井戸を掘れる。

 自噴するから、汲み上げのコストがかからない。

 ソロンの港に停泊するタンカー群は、この「ジャングルのボーナスステージ」から吐き出される黒い血液を飲み込み、次々と日本へ、あるいは輸出先へ向けて出港していった。



 時:同日  

場所:セレベス島南東部、ポマラ製錬所


 バンダ海に面した赤土の台地に、3本の巨大な円筒が横たわっていた。

 クルップ製ロータリーキルン。全長60メートル、直径4メートルの回転炉が、ゆっくりと回転しながら、紅土色のラテライト鉱を飲み込んでいく。


 炉の出口からは、灰色の塊――フェロニッケルのルッペが流れ出していた。


 ポマラ製錬所の現場監督を務めるクルップの技師、ハインリヒ・ブラウンが、鋳造されたばかりのフェロニッケルの塊をハンマーで叩いた。


「ニッケル含有率22%。鉄との比率も良好。

……品位は、カナダのサドベリー鉱山の硫化鉱から作ったものに匹敵します」


 傍らの日本海軍の技術将校が目を丸くした。

「ラテライト鉱からこれだけの品位が出るのか。

……本国の技師には、信じてもらえないかもしれない」


「クルップ・レン法の真骨頂ですよ」

 ブラウンは、職人の誇りを隠さない表情で言った。


「この回転炉は、低品位のラテライトを石炭と石灰石と共に回転させながら1,100度で還元する。コークスは要らない。大量の電力も要らない。普通の石炭があればいい。……そして3基のキルンで、年間純ニッケル換算約5,000トンの生産が可能です」


 5,000トン。


 当時の日本の年間ニッケル需要のほぼ全量を、この1箇所で賄える数字だった。

 装甲板。砲身鋼。航空機エンジンの排気タービン用耐熱合金。タービン電気推進艦のモーター線輪。


 全てが、カナダやニューカレドニアからの長距離輸送に頼ることなく、日本に近い東南アジアから届く。


「積み出しは?」


「ケンダリ港の鉱石埠頭が先月完成しました。2万トン級のバルクキャリアが直接接岸できます。日本本土までの航路は約5日。……カナダのサドベリーから太平洋を横断するのに比べれば、裏庭のようなものです」



 時:1935年(昭和十年)

場所:ワシントンD.C. ONI(海軍情報局)


 アメリカの情報分析官たちは、蘭印から上がってくる報告書を前に首をひねっていた。

「……日本人が、ニューギニアのジャングルで油を掘っているようですが」


「採掘深度は?」

「せいぜい300フィートから400フィートです」


 上官は、鼻で笑った。

「300フィート? 井戸掘りじゃないんだぞ。そんな浅い層に、商業ベースに乗るような大油田があるわけがない。

 どうせ、地表のタール溜まりでも見つけて騒いでいるだけだろう」


「それに、セレベスのニッケル鉱山ですが。あそこはラテライト鉱です。

 カナダのインコインターナショナル・ニッケルの技術者によれば、『現在の技術では精錬コストが全く合わない』とのことです」


「やはりな」

 上官は、報告書を「重要度・低」のトレイに投げ込んだ。

「日本海軍は、金が余って泥遊びをしているらしい。

 ……放っておけ。ジャングルの熱病で全滅するのがオチだ」


 彼らは知らなかった。

 その「浅い井戸」が、日本の戦争の最初の数年を支えるのに十分すぎるほどの奔流を秘めていることを。

 その「精錬できない泥」が、ドイツの最新技術(クルップ・レン法)によって、すでにアメリカの戦艦の砲弾を弾き返す強固な装甲板へと姿を変えていることを。

いつもお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
1935年でこの認識とか、アメリカが戦争しても「カイグンを敵に回すのか!」ってすぐ厭戦になりそうだなあ。欧州諸国も敵には回らないだろうし。
アメリカ海軍の皆さん、どうかそのまま良い夢を見続けてくださいね。くれぐれも夢から覚めて発狂しないで下さいね!南無南無。
中南米の石油だけではいざというとき遮断されかねないので、蘭印にも調達先増やして多角化を進めるんですね。 ニッケルも同様にカナダやニューカレドニアが遠いのでセレベス(現スラウェシ)島からも調達と。 蘭印…
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