Designed by BOFORS / Manufactured by KURE
スウェーデンといえばやっぱりあそこ。
時:1930年(昭和五年)、3月
場所:スイス・チューリッヒ郊外、エリコン・ブールレ社本社
アルプスの山々を望む静かな工場に、一人の日本人が訪れていた。
バーゼルで女装した東郷の命を受け派遣された、松田千秋少佐である。
迎えたのは、エリコン社の若きオーナー、エミール・ゲオルク・ブールレ。
元ドイツ軍人の彼は、経営難に喘ぐこの会社を立て直すために奔走していたが、世界的な軍縮ムードと大恐慌のダブルパンチで、首が回らなくなっていた。
「……ミスター・ブールレ。バーゼルでの会議のついでに寄らせていただきました」
日本人士官は、まるで観光旅行の途中のような軽さで言った。
「貴社が開発中の『20mm機関砲』。その性能に興味がありまして」
ブールレは、藁にもすがる思いで試作品を見せた。
「これです、少佐。ドイツのベッカー砲を改良しました。
APIブローバック方式。構造はシンプル、故障知らず、発射速度は毎分450発以上。
……ですが、どこの国も『今は金がない』と言って買ってくれないのです」
日本人士官は、その精緻な機関部を覗き込み、頷いた。
スイス時計のような精密さと、ドイツ兵器の堅牢さが同居している。
「……いいですね。気に入りました」
彼は、懐から小切手帳を取り出した。
BIS(国際決済銀行)のロゴが入った、世界で一番信用のある小切手だ。
「この機関砲の『製造ライセンス権』と『アジア・太平洋地域における独占販売権』を頂きたい。
さらに、貴社の株式の40%を日本海軍が引き受けます。500万ドルでいかがか」
ブールレは、提示された金額を見て目を丸くした。
「……こ、こんなに!?
しかし、我が国は中立国です。軍事同盟のような真似は……」
「ご心配なく。これは『投資』です」
「投資、ですか」
ブールレは提示された小切手と、東洋の将校の顔を交互に見た。
BIS(国際決済銀行)の裏書きがある資金は、今の不安定な欧州通貨の中で、金塊そのものに等しい価値がある。
「我が国は今、ロンドンでの軍縮条約によって、軍艦の保有数を制限されようとしています」
日本人士官は、工場の窓から見えるアルプスの雪山に目をやった。
「『数』を持てないならば、『質』を高めるしかない。一隻の駆逐艦、一機の航空機が持つ火力を極限まで高める。そのために、あなたのその『連射機械』が必要なのです」
ブールレの目が、技術屋のそれから、冷徹な実業家のものへと変わった。
彼はデスクの上の契約書を引き寄せ、万年筆を取る。
「……アジア・太平洋での独占権、および株式の40%。承知しました。
ただし条件があります。技術者は派遣しますが、生産設備は貴国で用意していただきたい。我々には今、増産する体力がない」
「ええ、もちろん」
松田はニヤリと笑った。
「横須賀と豊川に、最高級のラインを用意させますよ。工作機械ごと、スイスの技術を移植していただきます」
ブールレは悟った。
今このバスに乗り遅れれば、エリコン社は永遠に三流メーカーで終わる。
ブールレはサインを終え、手を差し出した。
「ドイツ語でこういう言葉があります。
『Pecunia non olet(金に臭いはない)』
……エリコン社は今日から、日本帝国海軍のパートナーです」
ブールレは、東洋からの救世主の手を握った。
「素晴らしい。
……ああ、それから。
この機関砲の照準器ですがね。我が国がボフォース社と共同開発している『火砲』と連動できるように、仕様を合わせていただきたい」
「……ボフォース? 75mmの?」
ブールレは戦慄した。
この日本人は、欧州の大砲メーカー2社を、自らの手のひらの上で統合しようとしているのだ。
「ええ。遠くはボフォース、近くはエリコン。
この二つがあれば、我が艦隊に近づけるハエはいなくなりますから」
⸻
時:1930年(昭和五年)、秋
場所:広島県・呉海軍工廠、火砲実験部
その日の呉は、湿った熱気に包まれていた。だが、火砲実験場の格納庫の中だけは、冷徹な技術論の嵐が吹き荒れていた。
実験部の床には、八九式12.7cm高角砲をベースに開発中の新型砲――「試製九一式長12.7cm高角砲」のモックアップが置かれている。
だが、従来の日本側の設計案を見た艦政本部の技術者たちは、頭を抱えていた。
「……48トン。話にならん」
当初予定されていた海軍軍令部参謀ではなく、原敬太郎に代わって海軍砲術学校長となった豊田副武少将は、設計図を卓上に叩きつけた。
「特型駆逐艦の主砲(C型砲塔)は32トンだ。16トンも重いものを、しかも高い位置(上甲板)に3基も積んでみろ。
……船はひっくり返るぞ。トップヘビーで転覆だ」
技術大佐が青ざめて弁明する。
「し、しかし閣下! 初速890m/sの高圧に耐えるには、砲身の肉厚が必要です!
高仰角での装填機構も、油圧ポンプを積めばどうしても重く……」
「言い訳はいい!
軽くしろ! さもなくば、この計画は廃案だ!」
行き詰まる開発現場。
そこへ、一人の男が現れた。
スウェーデン・ボフォース社から派遣された主任設計技師、ヴィクトル・ハンマールである。
彼は東郷がスウェーデン金融危機を利用して引き抜き、日本に送り込んだ「技術的助っ人」だった。
「……ムッシュ。あなた方の鋼鉄は、まるで『粘土』ですね」
ハンマールは、通訳を介して辛辣に言った。
「不純物が多すぎる。だから肉厚を増やして強度を稼ごうとする。
結果、砲は太りすぎた豚のようになる」
日本の技術者たちが色めき立つ。
「何だと! 我が国の製鋼技術を愚弄するか!」
「事実です」
ハンマールは、アタッシュケースから一枚の金属片を取り出した。
グレンゲスベリ保有鉱山の鉄鉱石とニューカレドニアのニッケルで作られた「スウェーデン鋼」のサンプルだ。
「これを使ってください。
ニッケル・クロム・モリブデン鋼。あなた方の鋼材より、引張強度は3割高い。
……砲身の肉厚を2割削れます。……贅沢な使い方ですがね」
彼は、設計図の上に赤鉛筆を走らせた。
「次に、垂直鎖栓(Vertical Sliding Wedge)を採用します。
ボフォースのお家芸です。装填と同時に自動で閉鎖し、発砲と同時に空薬莢を蹴り出します。
……重力や角度に関係なく、バネと反動だけで動くのです。『隔螺式(ネジ式)』では閉鎖に時間がかかるし、高仰角では装填が難しい」
さらに、彼は旋回機構の図面を塗りつぶした。
「この巨大な油圧ポンプと配管も不要です。
SKFのベアリングと、エリクソンの電動サーボを使えば、モーターは半分の大きさで済む。
……マイナス4トン」
最後に、彼はニヤリと笑った。
「仕上げに、リベットを全廃して『溶接』にする。
ポーランド海軍のために設計している『グロム型駆逐艦用(後の120mm/50 Model 1934)』と同じ設計思想です。
……合計、マイナス13.5トン。
全備重量、34.5トン。
……これならあなた方の駆逐艦(特型)にも、お似合いでしょう?」
特型駆逐艦のC型砲塔は約32トン。わずか2トン程度の重量増なら、オマケでついてきたバラスト調整や、上部構造物の軽量化(アルミ化)で十分にお釣りが来る。
日本の技術者たちは、計算書を食い入るように見つめた。
魔法のようだった。
素材を変え、機構を変えるだけで、性能を落とさずに重量だけが劇的に減っている。
重心位置も下がり、これなら復原性の問題もクリアできる。
東郷一成。あの男は「物理法則」すらねじ曲げたのか。
従来なら「重くて積めない」はずの高性能砲を、「良い材料」と「良い設計」によって、「軽くて積める」ものに変えてしまった。
「……できるのか? 本当に?」
「ボフォースに不可能はありません。
……金と、良い鉄さえあれば」
⸻
時:数ヶ月後
場所:土佐湾、射撃試験海域
特型駆逐艦『吹雪』の後部甲板には、換装されたばかりの「九二式長12.7cm高角砲」が据え付けられていた。
見た目は従来の主砲よりもコンパクトで洗練されており、砲身は長く、そして天を突くように高く(85度まで)仰ぎ見ている。
「……撃ち方、始めッ!」
轟音。
初速890m/sの砲弾が、音速を超えて空へ吸い込まれていく。
次弾装填。
ボフォース式の半自動装填装置が、機械的なリズムで薬莢を吐き出し、次弾を飲み込む。
発射速度、毎分18発。
「……速い! まるで機関銃だ!」
見守っていた豊田副武が、双眼鏡を握りしめて叫んだ。
標的の吹き流しが、遥か上空、高度数千メートルで粉砕される。
従来の三年式砲(最大仰角75度、装填は人力)では届かない高空を飛ぶ敵機すら、この砲なら叩き落とせる。
そして砲塔を水平に戻せば、その高初速は敵艦の装甲を容易く貫く「対艦砲」へと変わる。
「……これだ。これこそが、我々が求めていた『高角砲』だ。……いや、『高角砲』と呼んでいるが、これは完全なる『両用砲』だ」
豊田は、震える手でハンマール技師と握手をした。
「感謝する、ミスター・ハンマール。
貴国と、そして東郷の『制度』のおかげで、帝国海軍は最強の矛と盾を手に入れた」
この日、特型駆逐艦は「最強の水雷戦隊」から「最強の防空艦隊」へと進化した。
高高度から接近しても、正確無比な長距離弾幕に捕まり、
低空で雷撃しようとすれば、エリクソン製サーボで高速旋回する砲塔に追尾される。
その砲塔の銘板には、日瑞の国旗と共にこう刻まれていた。
『Designed by BOFORS / Manufactured by KURE』
東郷一成の投資は、ついに「鉄」と「火薬」の形となって、その牙を剥き始めたのである。
⸻
時:1931年(昭和六年)
場所:スウェーデン・カールスクーガ、ボフォース社本社
スウェーデンの森に囲まれた小さな工業都市、カールスクーガ。
ボフォース社の社長室では、ヴィクトル・ハンマール技師長が持ち帰った「日本海軍との契約書」を前に、重役たちが言葉を失っていた。
「……ヴィクトル。桁が間違っていないか?」
社長が、震える指で数字をなぞった。
「『特型駆逐艦』の主砲換装分、および今後建造される全駆逐艦への搭載分。
……初期発注だけで、砲身と駐退機セットで200基以上?」
当時の欧州の海軍国からの注文は、せいぜい数隻分、十数基程度だ。
だが日本は規模が違う。彼らは「艦隊」単位で装備を更新しようとしている。
「間違いありません」
ハンマールは、興奮で紅潮した顔で答えた。
「ロンドン条約で『16%ルール(大型駆逐艦の保有制限)』が撤廃されました。
日本海軍は、今後建造する駆逐艦をすべて『1,700トン超』の大型船体に統一するそうです。
そして、その全てに我々の『長12.7cm・ボフォース・システム』を搭載すると」
重役の一人が、シャンパンのボトルを掴んだ。
「神よ! これは向こう10年、工場のラインが埋まる量だ!
不況? どこ吹く風だ! 我が社は今日からフル稼働だ!」
ハンマールは、さらに畳み掛けた。
「それだけではありません。
日本側は、我々が開発中の『40mm機関砲』の試作品にも、強い関心を示しています。
『主砲がボフォースなら、機銃もボフォースで統一した方が整備が楽だ』と」
社長は、天を仰いで笑った。
「……素晴らしい。東洋の提督たちは、兵器の『標準化』というものをよく理解している。
よし、日本向けのラインを最優先にしろ!
ドイツ(クルップ)に遠慮はいらん! 我々の最大の顧客は、今や日本帝国だ!」
この日、ボフォース社は「欧州の一兵器メーカー」から「日本海軍の兵器庫」へと変貌した。
日本の豊富な資金が、ボフォースの研究開発を加速させ、それがさらに高性能な兵器となって日本に還流する。
技術と資本の循環が完成したのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。グロム型駆逐艦二番艦の「ブリスカヴィカ」は現在も世界最古の保存駆逐艦としてグダニスク、あのダンツィヒで博物館船となっています。
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