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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第二章

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俺たちに金はない

 時:1930年(昭和五年)、1月

場所:テキサス州、ウェスト・ダラス


 テキサスの冬空は、どこまでも高く、そして冷え切っていた。

 貧民街「セメント・シティー」。崩れかけた木造家屋の軒先で、19歳のボニー・パーカーは、すり切れたコートのポケットに手を突っ込んで震えていた。


 彼女はウェイトレスだった。だが、彼女が働いていたダイナーは先週潰れた。

 オーナーが店を担保に借りていた金を返せず、銀行に調理器具ごと差し押さえられたからだ。


 彼女の腹は減っていた。

 だが彼女の瞳にはまだ、詩や映画に憧れる少女特有の、危うい光が宿っていた。


「……腹減ったな、ボニー」

 隣でしゃがみ込んでいる小柄な男が言った。


 クライド・バロウ。20歳。

 彼らは数日前に共通の友人の家で出会い、互いの傷ついた魂に引かれ合うようにして一緒になった。


 だが、愛で腹は膨れない。

「ねえ、クライド」ボニーは遠くを見た。


「あそこに行けば、スープがもらえるわよ」

 彼女が指差したのは、ダラスの中心部に設営された「日本海軍・第88救済給食所」の巨大なテントだった。

 そこからは、肉とコーヒーの天国のような匂いが漂ってくる。


「……嫌だね」

 クライドは唾を吐いた。


「あいつらの施しなんて受けられるか。俺はアメリカ人だ。自分の力で手に入れてやる」

 彼は懐から、黒光りする回転式拳銃リボルバーを取り出した。


「俺にいい考えがある。……銀行だ」

「銀行?」


「ああ。銀行家どもは、俺たちから家も畑も巻き上げた。あいつらの金庫には、俺たちから搾り取ったドルが唸るほどあるはずだ。

 ……少しばかり、返してもらうだけさ」 



 時:1930年(昭和五年)、1月

場所:テキサス州ダラス郊外、ファースト・ナショナル銀行・支店


 乾いた風が吹き荒れるテキサスの昼下がり。

 銀行の重い扉が蹴破られ、二人の若者が飛び込んできた。


 男は背広に中折れ帽、手にはブローニング自動小銃(BAR)。クライド・バロウ。

 女はベレー帽にロングスカート、手には38口径のリボルバー。ボニー・パーカー。


「動くな! 手を上げろ! 銀行強盗だ!」

 クライドが叫び、天井に向けて威嚇射撃を一発放つ。


 本来ならここで悲鳴が上がり、行員が震え上がり、客が床に伏せるはずだった。

 だが、反応は違った。

 カウンターの中にいた老いた支店長は、撃ち抜かれた天井の漆喰を払いのけながら、心底うんざりした顔で眼鏡を外した。


 フロアにいた数人の客(全員が借金の相談に来ていた農夫だ)は、手を上げるどころか、哀れむような目で二人を見ていた。


「……おい、若いの」

 支店長が、ため息混じりに言った。

「新聞を読んでないのか? それとも、ただの馬鹿なのか?」


「うるさい! 金庫を開けろ! ドルを袋に詰めろ!」

 クライドが銃口を突きつける。


 支店長は無言で立ち上がり、奥の大金庫のハンドルを回した。

 重厚な扉が開く。

 中は――空っぽだった。

 正確には書類の束と、埃だけがあった。


「……な、なんなの、これは?」

 ボニーが絶句する。


「見ての通りだ」支店長は肩をすくめた。

現金キャッシュなんて、とっくにないよ。

 あるのは、焦げ付いた農地の抵当権書類と、回収不能な貸付金のリスト。それから、日本海軍の『長期債』の預り証だけだ」


 支店長は、書類の束を放り投げた。

「ほら、持っていけよ。ただし、その『長期債』は名義が書き換えられないから、お前らが盗んでもただの紙屑だがな」


 クライドは呆然とした。

「……嘘だ! 銀行には金があるはずだろ!」

「金があったら、ワシントンの連中に吸い上げられてるさ」


 支店長は、クライドの銃口を見つめた。それから、目を伏せた。

「撃つか? 撃ってもいいぞ。

 どうせ俺も、明日には首だ。銀行強盗に撃たれて死ねば、保険金で妻と子供くらいは食わせられるかもしれん」


 農夫の一人が、吐き捨てるように言った。

「兄ちゃん。ここを襲っても無駄だ。俺たちはもう、奪われるものさえ残ってねえんだよ」


 クライドとボニーは、顔を見合わせた。

 彼らが夢見た「銀行強盗」という華やかな犯罪は、物理的に不可能になっていた。

 奪うべき富が、ここには存在しないのだ。



 時:数時間後

場所:荒野の逃走車内(盗んだフォードV8)


「……クソッ! クソッ! クソッ!」

 クライドはハンドルを叩き続けていた。

 戦利品はゼロ。リスクだけを背負って逃げている。


「ねえ、クライド」

 助手席のボニーが、窓の外を指さした。


「あれを見て」

 彼らの視線の先、国道を走っていく一台の黒塗りのトラックがあった。

 側面には財務省の鷲の紋章。そして武装した警備員が乗っている。


「……政府のトラックだ」


「積み荷は何だと思う?」

 ボニーの目が、妖しく光った。

「新聞で読んだわ。シカゴやニューヨークでマフィアから没収した『医療用ウイスキー』を、地方の認可薬局へ運んでいるのよ。

 ……あれ一本で、5ドルよ」


 クライドの脳裏に、閃光が走った。

 銀行には金がない。民衆も金がない。

 だが政府だけは「酒」という液体資産を独占し、暴利を貪っている。


「……ボニー。俺たちは銀行強盗をやめる」

 クライドは、アクセルを踏み込んだ。V8エンジンが唸りを上げる。

「俺たちは『徴税人』になるんだ。

 政府が奪った酒を、俺たちが奪い返す!」



 時:1930年(昭和五年)、2月

場所:テキサス州、とある田舎町の広場


 その光景は、奇妙な祝祭のようだった。

 広場の中央に停められたトラックの荷台から、クライドとボニーが、琥珀色の瓶を次々と群衆に投げ渡している。


「持っていけ! 政府の毒酒だ!」

「金はいらねえ! フーヴァーへのツケだ!」

 群衆が歓声を上げ、酒瓶を受け取る。


 本来なら5ドル(労働者の日当以上)も払わなければ飲めない酒が、タダで振る舞われている。


「ボニー&クライド万歳!」

「くたばれ財務省!」


 彼らは一瞬にして英雄になった。

 銀行を襲う強盗ではなく、悪徳政府から酒を解放する「自由の戦士」として。


 だが、その祝祭は長くは続かなかった。

 遠くから、サイレンの音が近づいてくる。


 地元の保安官ではない。もっと重く、冷たい響き。

 現れたのは、茶色のトレンチコートを着た男たちの一団だった。


 FBI(連邦捜査局)。

 手には、民間人所持が禁止されたばかりのトンプソン・サブマシンガンと、BARブローニング・オートマチック・ライフルが握られている。


「……来たか」

 クライドは、愛用のBARを構えた。

「ボニー。いつものポリスとは違うぞ。目が笑ってない」

 FBI捜査官たちは、警告もなしに発砲を開始した。


 広場のレンガ壁が砕け飛び、群衆が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 彼らは「治安維持」に来たのではない。「国庫の敵」を殲滅しに来たのだ。

 酒税を掠め取る者は、国家反逆罪に等しい。メロン財務長官の厳命を受けた彼らには、一切の慈悲がなかった。


「……あいつら、軍隊かよ!?」

 クライドは応戦しながら叫んだ。


 FBIの火力は、ギャング団を遥かに凌駕していた。組織化され、統制され、そして殺意に満ちている。

「逃げるわよ、クライド!」

 ボニーが発煙筒を投げ、二人は煙に紛れて車に飛び乗った。

 背後で、配布したばかりのウイスキーの瓶が、FBIの銃撃で次々と割られていく音がした。



 時:数日後

場所:ミズーリ州、隠れ家


 乾いた風が吹き抜ける荒野の真ん中で、一台のフォードV8がエンジンを止めた。

 ガス欠ではない。これ以上、この「自由の象徴」に乗っていることが自殺行為だと、二人は悟ったのだ。

 ボニー・パーカーは愛車のボンネットを愛おしげに撫で、そして未練を断ち切るように背を向けた。


 傷ついた二人は、廃屋の納屋で息を潜めていた。

 ラジオからは、FBI長官となったエドガー・フーバーの声明が流れている。


『バロウ・ギャングは、国家の財産を強奪し、社会秩序を乱すテロリストである。生死を問わず、発見次第……』


「……テロリストだってさ」

 その言葉が、銃弾より重く胸に落ちた。


 クライドは、血の滲んだ包帯を巻き直しながら自嘲した。

「俺たちはただ、酒を盗んだだけだぞ。アル・カポネより悪党扱いかよ」


 道路は死んだ。FBIの「収税部隊」が、獲物を狙って血眼になっている。

 だが彼らには一つだけ、計算外のルートがあった。


「……ボニー。あの優等生の頭で、もう一度教えてくれ」

 クライドが指差した先。荒野を切り裂くように伸びる、二本の鉄路。


「あの列車は、どこへ行く?」

 ボニーは、遠くから響く重厚なジョイント音に耳を澄ませた。

「……東よ。シカゴ、ピッツバーグ、そしてニューヨークへ」


「止まると思うか?」

「止めにくいわ。……あれは『日本の列車』だもの」

 ボニーは確信を持って言った。


「新聞で読んだわ。日本海軍が借り上げている貨物列車は、1分の遅れも許されないの。FBIだって、おいそれとは止められない。……止めたら、ワシントンの日本大使館から『補給妨害だ』ってクレームが入るから」


 それは、アメリカの中に生まれた「治外法権の動く領土」だった。



 時:数時間後

場所:ユニオン・パシフィック鉄道、貨物操車場


 夜闇に紛れ、二つの影が貨車に飛び乗った。

 そこは「ホーボー(渡り鳥労働者)」たちの巣窟だった。失業した工員、農地を追われた農夫。彼らは藁の中に身を潜め、寒さに震えている。


 本来なら、鉄道警察ブルが警棒を持って追い払うところだ。

 だが今夜、ブルたちは彼らを見ても、見て見ぬふりをしていた。


 なぜか?

 答えは、操車場のスピーカーから響く、聞き慣れない英語の怒鳴り声にあった。


『No Delay! Keep Moving! (遅らせるな! 動かし続けろ!)』


 プラットホームで懐中時計を片手に指揮を執っているのは、小柄な東洋人だった。

 サトウ。日本の鉄道省から派遣された官僚らしい。


 彼はアメリカ人の駅長を怒鳴りつけていた。

「14番貨車、連結が1分遅れている! 何をしている!

 あの荷の中身は、ピッツバーグの製鉄所を再稼働させるための工作機械だ! 遅れたら工場の火が消えるんだぞ!」


「し、しかしミスター・サトウ! 貨車に浮浪者が乗り込んでいて……」


「放っておけ!」

 サトウは一喝した。

「荷役の邪魔にならなければ、石ころと同じだ! いちいちつまみ出していたら、ダイヤが崩れる!

 人間の一人や二人増えたところで、機関車の出力には誤差の範囲だ! 出せッ!」


 その怒号を聞きながら、クライドは貨車の隅で苦笑した。

「……聞いたか、ボニー。俺たちは石ころ以下だってさ」

「いいじゃない。おかげで命拾いしたわ」

 列車が動き出す。


 そのリズムは、かつてのアメリカの鉄道にはなかった、不気味なほど正確なリズムだった。

 日本の資金と、日本の規律で管理された、鋼鉄の行進曲。

 貨車の中には、日本海軍の刻印が入った木箱が積まれている。


 隙間から漏れてくる匂い。

 コンビーフ。小麦粉。そして、かすかな火薬の匂い。


 隣に座っていた薄汚れた老人が、二人に話しかけてきた。

「……あんたたちも、東へ行くのかい?」


「ああ。仕事を探しにな」クライドが答える。


「へへっ、賢いな。東に行けば『カイグン』の仕事がある。

 この列車はな、ただの貨物じゃねえ。日本人が俺たちに恵んでくれる『方舟』なんだよ」


 老人は、大事そうに懐から出したNCPC債を撫でた。

「これがありゃ、食いっぱぐれねえ。……FBIの旦那方も、この列車だけは止められねえのさ。

 止めたら、全米の失業者が暴動を起こすからな」


 ボニーは、貨車の隙間から流れる景色を見た。

 真っ暗な荒野。時折見える、寂れた町。

 その中でこの列車だけが、強力なライトで闇を切り裂き、全力で走り続けている。

いつもお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
銀行強盗も銀行に金がなくて失業という笑えないオチ。多分過去最高の発生率だろうけど 通報や成功率が恐ろしく低いんだろうな・・・・。 しかし情け容赦ないFBIの追撃逃れるとはやはりこの2人は幸運だけはもっ…
追記。 アメリカ政府が国民の父としての愛を持たぬゆえ。
更新ありがとうございます。 北にも南にも進めず東行きの貨車に潜り込んだボニー&クライド。 二人の終着駅は「エデン」ではなく『エデンの東』なのでしょう。
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