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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第二章

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闇を灼く帝国

 時:1930年(昭和五年)、1月

場所:東京・霞が関、海軍省・軍務局長室


 その部屋には、日本電力界の「五大電力(東邦・東京・大同・宇治川・日本)」のトップたちが、緊張した面持ちで招集されていた。


 その部屋の壁一面には、日本列島の巨大な地図が貼られていた。

 地図の上には、既存の水力発電所や送電線が細々と描かれているが、その上から赤いチョークで、太く、力強い線が何本も書き加えられていた。


 軍務局長の堀悌吉は、集められた電力会社(東京電燈、東邦電力など)の重役たちと、そして海軍や三菱などの技術陣を前に、指揮棒を振るった。


「……水力発電に依存した現状の日本の電力網は、蜘蛛の巣だ。細く、切れやすく、風が吹けば揺らぐ」


 堀の声は断定的だった。


「渇水になれば停電し、地震が起きれば送電が止まる。これでは、総力戦はおろか、まともな産業立国すら不可能だ」


 彼は赤いチョークの線を指し示した。

 東京湾(京浜)と大阪湾(阪神)。二大工業地帯の海沿いに配置された、巨大な赤い丸印。


「ゆえに我々は、ここに心臓(発電所)を埋め込む。

 最新鋭の重油・石炭混焼型火力発電所だ。規模は合計1ギガワット級、予算は8億円」


 重役たちがざわめいた。1ギガワット。当時の常識を遥かに超える規模だ。


「燃料は海から直接入れる。輸送ロスはゼロだ。

 そしてここから、15万ボルトの高圧送電線を、工廠、鉄道、そして都市の中枢へと、二重三重に張り巡らせる。

 片方が爆撃されても、もう片方で生き残る『止まらない系統』だ」


「……堀局長」東邦電力の松永安左エ門が手を挙げた。

「構想は壮大ですが、東西の周波数(50/60Hz)の違いはどうされますか? これを統一するには天文学的な金がかかります」


「統一はしません」

 堀は即答した。


「無駄だからです。その代わり、東西の接点(静岡周辺)と、重要拠点に『周波数変換所』を設ける。そして、非常時に備えてどちらの周波数でも動く予備の発電機を数千万円単位でストックする。

 ……統一するよりも、『融通』を効かせる方が安くて強い」


 松永は、震えた。

 電力会社が数十年かけてやろうとしていたことを、この海軍の男は「カネ」という暴力的なまでのエネルギーで、わずか二年で成し遂げようとしている。


「……恐れ入りました。で、我々民間の電力会社には何をしろと?」


送電網グリッドです」

 堀は言った。


「海軍が発電所(心臓)を作ります。

 貴方方は、その血液を全国の工場や家庭に送り届ける血管(送電線)を強化してください。

 高圧鉄塔の鋼材は、安く卸しますよ。……アメリカ製ですがね」


「問題は燃料費です」別の重役が言った。

「これだけの火力を動かすには、莫大な石炭か重油が必要です。コストが合わないのでは?」


「……フッ」

 堀は、鼻で笑った。

「コスト? ……心配無用です。燃料は、タダ同然で手に入りますから」



 時:同日

場所:アメリカ、ウエストバージニア州・アパラチア炭田


 そこは「黒い絶望」の谷だった。

 かつて繁栄した炭鉱街は、ゴーストタウンと化していた。大恐慌で工場が止まり、石炭需要が消滅したためだ。

 失業した坑夫たちが、閉鎖された坑道の前で座り込んでいる。彼らの顔は煤と絶望で黒く染まっていた。


 そこに、一台の黒塗りの車が止まった。

 降りてきたのは、小柄な日本人――日本海軍の代理人として指名された三井物産ニューヨーク支店長と、海軍の法務官だった。


 彼らを迎えたのは、破産管財人の銀行家だ。

「……また来たのか。もう売るものは何もないぞ」


「いいえ」日本人が言った。

「残っていますよ。この山全部が」

 日本側が提示した契約書。


 『ウェストバージニア炭鉱・鉱区及び採掘権の一括譲渡契約』


 提示額は、全盛期の十分の一以下。捨て値もいいところだ。

「……本気か?」

 銀行家は呆れた。


「こんな無用の長物、何に使うんだ? アメリカではもう誰も石炭なんか買わないぞ。重くて汚くて、時代遅れだ」


「日本では燃やします」

 法務官は、涼しい顔で答えた。


「発電所のボイラーでね。……ああ、それから、ノーフォークまでの専用鉄道と、港の石炭埠頭もセットで買い取ります。もちろん、失業中の工夫たちも再雇用しましょう。賃金はNCPC債で」


 銀行家は、契約書にサインした。

 彼にとっては「ゴミ」を処分して現金ドルを手に入れただけの取引だった。

 彼らは気づいていなかった。

 自分たちが捨てた「ゴミ(石炭)」が、日本という国の新しいエンジンを回す、無尽蔵の燃料になることを。



 時:数ヶ月後

場所:アメリカ、ニューヨーク州スケネクタディ・GE本社工場


 「信じられん……」

 GEの工場長は、出荷ヤードを埋め尽くす巨大なタービン発電機と変圧器の山を見て、呆然としていた。


 アメリカ国内の電力需要は、恐慌でどん底にある。本来ならレイオフ(解雇)の嵐が吹き荒れているはずだった。

 だが、この工場だけはフル稼働していた。


 行き先タグには、全てこう書かれている。

 『Destination: YOKOHAMA / KOBE 』


 視察に来ていた日本海軍の監督官(制度債監査官)が、工場長に声をかけた。


「素晴らしい仕事だ、ミスター・スミス。

 予定より早いですね。この分なら、来月の『周波数変換機』のボーナス払いも弾みましょう」


 工場長は、複雑な笑みを浮かべた。

「ええ……。おかげで工員たちは首を繋ぎました。

 しかし……この巨大な発電機が全部日本に行ったら、日本列島は光り輝いて宇宙から見えるんじゃないですか?」


「ふふふ。……そうかもしれませんな」


 監督官は、東の方角――日本を見た。


 アメリカが暗闇(不況)に沈んでいく中、日本だけが不夜城のように輝きを増していく。

 その光のエネルギー源は、他ならぬアメリカの技術と労働力だ。



 時:同日

場所:横浜・鶴見


 建設中の「海軍鶴見火力発電所」の煙突から、試験運転の黒煙が上がった。

 ドイツ・シーメンス製のタービンが唸りを上げ、発電機が電流を吐き出す。

 その電気は、太いケーブルを通って、隣接する新設工場へと流れ込んでいく。


 『日本軽金属・第一電解工場』


 その工場の中では、海外から届いた赤いボーキサイトの土が、電気の力で銀色の金属アルミニウムへと姿を変え始めていた。


 視察に訪れた堀悌吉は、アルミのインゴットを手に取り、その冷たさと軽さを確かめた。


「……軽いな。だが、これが飛行機になり、帝国の空を守る盾となる」


 隣にいた山本英輔が、感嘆の息を漏らした。

「電気こそが、現代の戦略物資だな。

 ……東郷の奴、財閥から借りた円の使い道としては、これ以上ない正解を出したもんじゃ」


「ええ」

 堀は、発電所の轟音に負けない声で言った。


「我々は、国の中に、もう一つの『強靭な心臓』を埋め込みました。

 たとえ空襲で変電所が一つ二つやられても、この系統は死なない。

 スイッチ一つで、東から西へ、西から東へ、エネルギーを融通できる。


 ……これで長期戦になっても、この国が酸欠で倒れることはありません」


 日本の夜景が、以前より少しだけ明るくなった。

 それは文明の光であると同時に、来るべき総力戦を戦い抜くための、揺るぎない「基礎体力」の輝きでもあった。

いつもお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
海軍産の海外石炭におされ、国内の炭鉱が潰れる(資源の保全という側面も)ことはないのでしょうか。 短命になりがちな炭鉱夫を考えれば、人的資源を減らさないという任務にもなると考えてみたりしました。
電力網の整備増強なら軍民問わず国力の底上げになりますね。 そういえばアルミ精製は内陸部に水力発電所を作ってその近くに工場を設けた例もありましたな。
よう分からんですが、昭和25年の通産省の産業機械設備近代化法案やら昭和30年の機械工業振興臨時措置法みたいな感じで、欧州各地から機械の買い付けやらライセンス取得による技術提携やらの費用の初年度50%の…
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