大使の週末
時:1929年10月26日(土)から27日(日)にかけての週末
場所:ワシントンD.C. マサチューセッツ通り、日本大使館・大使公邸
その週末、駐米特命全権大使・出淵勝次は、自らの公邸の窓から見える光景を、軽い眩暈を覚えながら眺めていた。ワシントンの空は抜けるように青く、ポトマック河畔の木々は鮮やかに色づいている。本来であれば、外交官たちがゴルフに興じ、市民が家族と公園を散策する、平穏な安息日のはずだった。
だが今日本大使館の前には、まるで戦時中の難民キャンプか、あるいは新天地を目指す移民船の甲板のような光景が広がっていた。
昨夜の狂乱は去ったが、まだ数百人のアメリカ市民が、大使館の柵の外に座り込んでいる。彼らは暴徒ではない。
昨夜、陸海軍の武官たちが配った毛布にくるまり、不安げに、しかしどこか崇拝するような目で、日の丸が翻るこの建物を仰ぎ見ているのだ。列はマサチューセッツ通りを埋め尽くし、遥か彼方の角を曲がってもなお続いていた。
「……ここは、銀行か? それとも教会か?」
出淵は独りごちた。
彼が去年にこの地に着任した時、彼を迎えたのは冷ややかな視線だった。
1924年(大正13年)の「排日移民法」成立時、彼は外務次官として、アメリカ議会の理不尽な差別に唇を噛み締めながら、それでも日米の糸が切れぬよう奔走した。
「日本人は同化しない」
「黄色人種は社会の異物だ」――そう罵られ、自由の女神の足元から叩き出された同胞たちの無念。外交官として、それを止めることができなかった無力感は、今も彼の胸の底に沈殿している。
あれから5年。
今、目の前にあるのは何だ?
かつて日本人を排斥したアメリカ人たちが、今度は「日本人(Japan)に入れてくれ!」と叫び、日本大使館の門柱に縋り付いている。彼らが握りしめているのは、差別的な法律の条文ではない。全財産を換金したドル札と、日本海軍への「嘆願書」だ。
「……皮肉なものだな」
出淵は自嘲気味に呟いた。かつて幣原喜重郎が目指した「国際協調」と「道理」による外交では、ついぞ見ることのできなかった光景。それを一介の海軍軍人が「カネ」と「恐怖」という最も原始的な力を使って、たった数日で現出させてしまったのだ。
「……大使閣下」
執務室の扉がノックされ、一人の男が入ってきた。この騒動の元凶、東郷一成海軍大佐である。徹夜の作業だったはずだが、その顔には疲労よりも、何かをやり遂げた者の静かな高揚感があった。
「東郷大佐」
出淵は振り返り、努めて冷静な声を繕った。だが、その声は震えていた。
「……説明したまえ。昨夜、君がこの大使館の不可侵権を利用して、どれだけの『爆弾』を運び込んだのかを」
「爆弾ではありません、閣下」
東郷は涼しい顔で答えた。
「あれは『信認』です。……額面にして約12億5,000万ドルの、合衆国市民からの純粋な信認です」
出淵は膝から力が抜けるのを感じて、慌ててソファに座り込んだ。12億ドル。日本の国家予算を軽く超える金額が、たった一夜にして、この建物の中に積み上げられたというのか。
「……君は、外交官の私を殺す気か」
出淵は呻いた。
「これは明らかな越権行為だ。大使館は金融機関ではない。米国務省が黙っているはずがない。スティムソン長官から抗議が来たら、どう言い訳するつもりだ。『軍が勝手にやりました』で済むと思っているのか!」
しかし、東郷は静かに首を横に振った。
「抗議は来ませんよ、大使」
「……なぜだ」
「人質を取ったからです」
東郷は窓の外を指差した。
「あの群衆を見てください。そして、金庫の中にある膨大な顧客リストを。JPモルガン、ナショナル・シティ、スタンダード・オイル……。もし今、国務省がこの大使館に踏み込み、取引を無効だと言えばどうなります? 彼らは自国民の資産を、自らの手で灰にすることになる。ウォール街の全銀行が、即座に連鎖倒産します」
東郷は、出淵の目をまっすぐに見据えた。
「今のアメリカ政府は、我々を攻撃できません。我々は今や、彼らの経済の『生命維持装置』そのものになってしまったのですから」
出淵は言葉を失った。この大使館は今、ワシントンD.C.の中で最も攻撃不可能な「要塞」と化している。外交特権などという紙の盾ではない。12億ドルという「人質の金」が作る、黄金の壁に守られているのだ。
「……それに、大使」東郷の声が少し和らいだ。「昨夜の、栗林大尉たちの働きをご覧になりましたか」
出淵は頷いた。見ていたとも。強面で知られる陸軍の栗林大尉や海軍の軍人が、袖をまくり上げ、片言の英語で「イート、イート(食え)」と言いながら、震えるアメリカ人の子供にサンドイッチを配っていた姿を。そしてそれを受け取った母親が、涙を流して「サンキュー」と繰り返していた姿を。
「……あれこそが、私が求めていた『外交』です」
東郷は静かに言った。
「排日移民法以来、我々はずっと『入れてくれ』と懇願する立場でした。だから蔑まれた。しかし今は違います。彼らが『助けてくれ』と頭を下げている。そして我々は、それに応えて手を差し伸べた。……大使。これからの日米交渉は、今までとは全く違う景色になるはずです」
その時、大使館の裏口から一等書記官が血相を変えて飛び込んできた。
「大使! 来賓です! 裏口からお通ししました!」
「今度は誰だ。国務省か?」
「いえ……上院議員の、ラッセル氏です」
出淵の眉が跳ね上がった。ラッセル。排日移民法の成立に際し、強硬な演説を行った南部選出の重鎮議員ではないか。「日本人はアメリカの土地を汚す」と公言して憚らなかった男だ。
「……あの男が、何の用だ」
「はっ。『個人的な資産の保全について、東郷大佐に緊急の相談がある』と……。それから、『大使の口添えがあれば、列に並ばずに済むのではないか』とも」
出淵は、天を仰いで笑い出したくなった。かつて日本人を「アメリカへの列(移民の枠)」に並ばせることすら拒否した男が、今は自分が日本人への列に割り込ませてくれと懇願している。
「……私が海軍武官府へ案内しよう」
海軍武官府は戦場だった。タイプライターの音が機関銃のように鳴り響き、床には紙テープとドル札の束が散乱している。その中心で、ラッセル上院議員は蒼白な顔で東郷に縋り付いていた。
「東郷大佐! 頼む! 私の資産を……!」
かつての尊大な態度は見る影もない。ただの、破産に怯える老人だった。
東郷は表情一つ変えず、事務的に対応した。
「……ラッセル先生。特別扱いはできません。ですが、ここに並んでいる皆様と同じく、ドルをお持ちいただければ、『長期債』との交換は可能です。……アメリカの法律では、貴殿がそれを買うことを禁止しておりませんので」
皮肉だった。最高裁が違法としなかったからこそ、排日派の議員もまた、その恩恵に浴することができる。ラッセルは震える手で小切手を切り、証書を受け取ると、逃げるように去っていった。
「……東郷君」客が去った後、出淵は静かに言った。
「君は、外交のルールを壊したな」
それは非難であると同時に、どこか羨望の滲んだ言葉だった。
「はい」東郷は悪びれずに答えた。「ですが大使。あそこに並んでいるアメリカ人たちを見てください。彼らは今、自国の政府よりも、日本海軍を信用している。……これ以上の『親日派』の作り方が、他にありますか?」
確かに、どんな晩餐会よりも、どんな条約よりも、今のこの光景の方が、日米の距離を縮めているのかもしれない。たとえその動機が「恐怖」と「カネ」であったとしても。
「……分かった」
出淵は、腹を括った。
「外務省(本省)からは『大使館の威厳に関わる』と文句が来るだろうが、私が抑えよう。……大使館の正面玄関も開放する。ロビーを待合室に使わせろ。凍える人が出ては、日本の名折れだ」
その時、大使館の電話が鳴り響いた。国務省のスティムソン長官本人からだった。受話器の向こうから聞こえてきた声は、いつもの高圧的なものではなかった。
『……出淵大使。……貴国の大使館周辺の警備についてだが……州兵を増派しようと思う。……あくまで、貴国の大使館と……そこに避難している我が国民の資産を、暴徒から守るためだ。……異存はないかね?』
それは事実上の「敗北宣言」であり、日本大使館をアメリカ政府が公認で守るという申し出だった。
「……感謝します、長官。日米の友好のために、謹んでお受けいたします」
受話器を置いた出淵勝次の手は、もう震えていなかった。彼は知ったのだ。自分たちがもはや、哀れな嘆願者ではないことを。この国の運命の一端を握る、強力な「債権者」になったことを。
月曜日になれば、ニューヨーク市場は再開する。だが、この週末に培養された恐怖のウイルスは、月曜の鐘と共に爆発的な感染を引き起こすだろう。その時この大使館は、沈みゆくアメリカという巨船から逃げ出した人々が殺到する、唯一の「ノアの方舟」となる。
かつて移民を拒んだ国が、今、移民のように列をなしている。
「……神よ。これがあなたの裁きか、それとも慈悲か」
出淵勝次大使は、静かに目を閉じた。
ワシントンの週末は、かつてないほど長く、そして熱い二日間となろうとしていた。
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