3話 怪しい水
「お母さん!ダメ!それ飲んじゃダメ!」
「どうしたのよ。沙優だって飲んだのでしょ?」
沙優が必死に飲むのを止めても、沙優の母は聞かなかった。
おじいさんから手渡された水を、そのままゴクゴクと飲んでしまった。
「違うの!おじいさんじゃないの!おばあさんなの!」
「何を言ってるのよ。ほら、沙優も飲みなさい」
沙優の母は沙優に水を勧めた。
沙優には、その水が夜の暗闇と混じって、黒く染まっているように見えた。
「……おじいさん!」
「ん?何かな?」
この老人には何か裏がある。
そう思った沙優は、昼はおばあさんだったのにどうして夜はおじいさんなの?などと直接質問することは避けた。
その代わり、今のこの老人が信用できるかどうか、テストすることにした。
「おじいさん、その水自分で飲んで」
「ん?別に良いが、沙優ちゃんの分が無くなるぞ?」
「いいから!飲むの!」
「もったいないだろう。これはあげるよ」
おじいさんは全然飲もうとしなかった。
沙優はだんだん身体がぶるぶる震えだして、普通の声が出せなくなってきた。
それは寒さのせいだけでは無かった。
「悪い人っ…こっ…この人わっ…悪い人っ…!」
「何言ってるの沙優。水をくれているのよ。どうしたのよ沙優、声が変よ。水を飲むと良くなりそうね」
「ええ。実際そうです。ほら沙優ちゃん、水を飲むといい、ほら」
おじいさんは水の入った筒を差し出してきた。
これは飲んではいけない。
そう分かっているのに、水を前にするとどうしても飲みたくなるのだった。
どうしようもなく、欲しい。
その形容できない感情に、沙優は押しつぶされてしまった。
「美味しかったわ〜。またもらいに行きましょうね」
「うん…」
親子とも水を飲んで山を降りた。
結局は体に害は無く、大丈夫だった。
それでも沙優は、やっぱり怖いままだった。