1話 初めての水
「水はいかがかな?」
山の老人はそう言って、少女に透明色でとろとろしたものを差し出した。
それは筒状の器に入っていた。
「みず?」
「そうさ。とても美味しいものだよ」
少女はそれを持ち帰った。
老人が、決して落としてはいけないと言ったから、慎重に山道を下った。
そして日が沈む頃に家に帰ると、自分の部屋で観察を始めた。
「わっ…指が!入っちゃった!」
老人が“水”と呼んだそのとろとろは、抵抗がほとんど無かった。
水の入った筒に指を入れても、するりと入っていくのだった。
しかし、問題はその後だった。
「いやあ!」
筒から指を抜くと、水は手のまわりに少し付いたままとなった。
砂がつくのと似ているがまた違う、奇妙な感覚。
「お母さん!お母さん!みずが!みずがくっついたあ!」
少女は台所で料理を作っていた母の所に走って行って、助けを求めた。
「なあに沙優。みず?手がどうかしたの?」
「これ!これえ!」
「!…なによこれ!とろとろした…何?何があったの!?」
「分かんない!山で貰って、それで、どうしよお母さん!」
「また山に入ったの!?ダメって言ったのに!」
「うわあああ。ごめんなさいいいい」
物知りな母が焦った声で話すので、その少女、沙優はさらに恐ろしくなり、不安げに目を細めて叫んだ。
「ああ、ごめんね沙優。少し落ち着きましょ。そのみずがついている所、痛くはないのね」
「うん…痛くない」
「誰に貰ったの?」
「知らないおじいちゃん。おばあちゃんかな…どっちだろ」
「!…」
娘が知らない人に何かを貰って怖い目にあったと知り、沙優の母は恐怖と怒りを覚えた。
しかしその感情を露わにしてまた娘を不安にさせてはいけないから、彼女はいつもの優しい調子で質問を続けた。
「みずは持ち帰ってきたの?今も家にあるの?」
「うん…あの!でもあの人は、落としたらダメって言ってた!捨ててもダメかも!」
「そうなの…でもそんな気味の悪いものどうしましょ。お父さんとも相談しないと…」
2人は少し落ち着きを取り戻し始めていた。
その水が触れたらすぐに害になるようなものではないと分かってきたからかもしれない。
「…あら?沙優。手についてたみずはどうしたの?」
「あれ!?消えてる!」
「…ちょっと、そのみず持ってきてくれる?」
「…うん!」
沙優は部屋から水を持ってきた。
それからしばらく母と観察して、もう一度だけ触ってみる等の実験をした上で、そっとしておけば大丈夫という結論に落ち着いた。
水が手に付いても、服に擦り付ければ簡単に消せることも分かった。
「これはお母さんが預かっておくわ」
「落としたらダメだからね!?」
「分かったわよ。さ、ひとまず夜ご飯にしましょ!今日は沙優の好きな焼きそばよ!」
「やった〜!」
2人は夜ご飯を食べ始めた。
沙優の母の作る料理は毎日美味しくて、沙優は今日も綺麗に平らげた。
2人は今日あった出来事を喋りながら、楽しく夜ご飯のひとときを過ごした。