手紙のない未来
あの夜から、季節が5回変わった。
もう会うことはなかった。
携帯の連絡先はそのまま残っているのに、指先がその画面に触れることはない。
未送信の手紙が、互いの心の奥に鉛のように沈んでいる。
彼は新しい生活に追われていた。
朝から夜まで働き、疲れて帰っても、ベッドに横たわるとあの夜の感触が勝手に蘇る。
彼女の髪の匂い、背中に感じた体温、耳元で漏れた微かな声…。
それらは時間が経つほど鮮やかになり、同時に痛みに変わっていく。
未送信の手紙は、机の引き出しの奥、領収書の束の下に押し込めたまま。
一度も読み返していないのに、その中身を隅々まで覚えていた。
年月が経ち、二人は別々の場所で、別々の人と暮らすようになった。
日常の会話の中に、あの夜の匂いも温度も紛れ込むことはない。
けれど、眠りに落ちる寸前や、街角で似た背中を見つけた瞬間に、心が小さく震える。
その震えは、どちらも相手に届かないまま、静かに消えていく。
ある夜、彼は酔った勢いで引き出しを開け、手紙の封筒を指先で撫でた。
中身を読むことも、破り捨てることもできず、また元の場所に戻す。
彼女もまた、自宅の部屋で、手紙を手に取ったが、封は切らなかった。
二人とも同じ動作を、何度も何度も繰り返しながら、その意味に気づくことはない。
それが、まだ相手を忘れていない証だということに。
手紙は届かない。
想いも届かない。
だが、届かないままの想いは、消えずにそこに残り続ける。
二人がそれぞれの人生を終える日まで、引き出しの奥と心の奥で、静かに呼吸を続ける。