手紙
最初の手紙は、僕からだった。
メールや電話なら、彼女の明るい声を思い出してしまい、言いたいことが言えなくなる。
だから、紙に書いた。
一文字一文字、ペンの先から滲み出るみたいに。
「もう分からない。君を応援するって言ったけど、あのとき想像していた未来とは違いすぎる。
笑顔で帰ってくる君を抱きしめたい。でも、スクリーンの中の君を見ると、胸が張り裂けそうになる。
それでも、君を嫌いになれない。」
投函してから三日後、返事が届いた。
封を切ると、彼女の丸い字が並んでいた。
「あなたの気持ちは分かる。
私だって、本当はあんな役、好きじゃない。でも、必要とされているって感じるの。
断ったら消えてしまう気がして怖い。
あなたにとっての私は、どんな私でいたらいい?」
その問いに、僕は答えられなかった。
返事を書こうとすると、言葉が喉の奥で詰まり、紙に落ちていくインクはただ黒い染みになるだけだった。
二通目、三通目――やりとりは続いた。
でも、少しずつ、互いの文章は短くなっていった。
僕は彼女の「仕事」の裏側を聞くのが怖く、彼女は僕の沈黙に怯えていたのかもしれない。
最後の手紙には、こう書かれていた。
「あなたが望むなら、私は全部やめる。
でも、そのとき、あなたは本当に私を一生守ってくれる?」
その質問の意味を、僕は深く考えないまま、返事を出さなかった。
あれが、手紙のやりとりの終わりだった。
〜再会〜
再会は突然だった。
地方の駅前、小雨が降っていた。
傘もささずに改札を出たとき、向こうから彼女が歩いてきた。
髪は短くなり、頬は少しこけていたけれど、目だけは昔のままだった。
「……ひさしぶり」
彼女は笑った。
その笑顔は、僕の中の何かを一瞬で壊した。
「元気だった?」
「どうだろうね」
彼女の声は、少し掠れていた。
近くの喫茶店に入り、二人でコーヒーを前に黙った。
僕は聞きたかった。
「あの写真は本当か」「枕営業は本当にやったのか」
でも、口から出たのは、違う言葉だった。
「……寂しかった」
彼女はカップを置き、テーブル越しに僕の手を握った。
その温もりは、あの頃と同じだった。
「私も。ずっと」
沈黙の中、彼女はぽつりと言った。
その後、喫茶店では何を話したか記憶がない。
喫茶店を出てから二人で駅へ向かって歩いた。
駅の改札前で立ち止まった僕に、彼女は静かに言った。
「……今日は、帰りたくない」
その一言で、僕の中の理性は音を立てて崩れた。
駅前の安いビジネスホテルのフロントでチェックインを済ませ、鍵を握ったままエレベーターに乗る。
二人きりになる瞬間まで、互いに目を合わせられなかった。
部屋のドアを閉めた瞬間、彼女が僕の腕を掴んだ。
その手は震えていて、熱かった。
「ねぇ……抱きしめて」
抱き寄せると、彼女の髪から微かにシャンプーと雨の匂いがした。
その匂いは、あの高校時代の放課後と同じだったのに、僕の胸は痛かった。
彼女の指が僕の背中を掴むたび、遠くへ行ってしまった時間を取り戻すように、必死で抱きしめた。
服が床に落ちる音が、やけに大きく響いた。
彼女の白い肌が、街灯の淡い光に浮かび上がる。
無数の目に晒されてきたその身体が、今は僕だけのために震えている。
その事実が、胸の奥で甘い痛みに変わった。
彼女は何も言わなかった。ただ、僕の名前を何度も口の中で転がしながら、息を荒げていた。
僕もまた、言葉を失っていた。
互いの熱が混じり合い、全てを忘れるように身体を求めた。
それは愛なのか、執着なのか、自分でも分からなかった。
終わったあと、彼女は僕の胸に顔を埋めたまま、かすれた声で言った。
「……これで、やっと終われるね」
僕は何も答えられなかった。
彼女の背中を撫でる手が、なぜか冷たく感じた。