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遠くへいってしまう日まで

僕たちは、幼なじみで、同級生で、中学の頃から付き合っていた。


お互いの家を行き来するのも当たり前で、家族ぐるみで顔を知っている。


彼女が笑えば、僕も嬉しかったし、彼女が泣けば、世界が暗くなった気がした。


だから、あの日のことは、今でも胸の奥に深く刺さっている。


放課後、彼女が急に呼び出してきて、少し照れくさそうに言った。


「ねえ、今日、駅前で声かけられたんだ」


どうやら、芸能関係のスカウトだったらしい。


僕は最初、冗談だと思った。


だって、彼女はそういうことに全く興味がないと思っていたから。


けれど、その目は輝いていて、いつもより口数も多くて、興奮を隠しきれない様子だった。


「どうすればいいかな?」と聞かれたとき、僕は笑ってごまかそうとした。


でも心の奥では、小さな警鐘が鳴っていた。


このままじゃ、遠くに行ってしまう。僕の知らない世界へ。


僕は反対した。


「やめとけよ。そんな世界、甘くないって」


でも、彼女の家族は大喜びで、「応援する」と背中を押した。


流れは一気に決まり、彼女は芸能事務所に入ることになった。


最初の1年は自宅から通っていたから、毎日のように会えた。


学校帰りにコンビニでアイスを買って食べながら、将来のことを話した。


「ずっと応援するからな!」僕はそう誓った。


彼女は笑って「じゃあ、約束だよ」と答えた。


あのときの彼女の笑顔が、僕の中で一番きれいな笑顔だったのかもしれない。


高校1年のある日、彼女の部屋で、自然とキスをした。


心臓が破裂しそうなほど高鳴り、互いの存在を確かめ合った。


僕は、その関係がずっと続くと信じていた。


しかし高校3年の春、彼女は進学せず、本格的に芸能活動に専念することを決めた。


彼女は事務所の寮に入り、僕は大学進学の準備を進める。


距離ができ、少しずつ会える日が減った。


雑誌に彼女の水着姿が載るようになったとき、胸の奥で何かが軋んだ。


「僕の彼女なのに、、、」


そんな子どもじみた感情が抑えきれず、苛立ちが募る。


それでも、久しぶりに会えば、彼女は笑顔で迎えてくれた。


会えない分、触れ合う時間は熱を帯び、強く抱きしめずにはいられなかった。


だが、彼女の活躍の場は広がり、ドラマの助演も増えた。


男優と肩を寄せ合う写真が雑誌に載るたび、心がざわついた。


ある日、彼女が真剣な表情で言った。


「ドラマでキスシーンがあるの。どうしよう」


僕は迷った末、強く言い放った。


「絶対嫌だ。やめさせてもらえ」


その日を境に、芸能活動の相談はなくなった。


気づけば、彼女は黙ってキスシーンを撮っていた。


僕は苦笑いを浮かべて「仕事だから仕方ない」と言ったが、心の奥では嫉妬と不安が渦巻いていた。


やがて、ドラマの中での接触はさらに濃くなり、世間は騒ぎ始めた。


そして、彼女から届いた短いメッセージ。


「ごめん、断れなかった」


それは、ベッドシーンの放送が話題になった直後のことだった。


僕は何も返信できなかった。


「なぜ、僕だけがこんなに苦しまなきゃいけないんだ」


両親に彼女の様子を聞いても、「連絡がない」と言う。


距離はさらに広がっていった。


2か月会えない間に、彼女がヌード写真集を出すというニュースが流れた。


問いただすと、彼女は笑顔でこう言った。


「普通は人気が落ちてから出すけど、私は人気絶頂で出すの。話題を独占できるから。…応援してくれるよね?」


そのときにはもう、すべて決まっていたのだ。


僕は覚悟なんてしていなかった。


応援すると誓ったけれど、それはこんな形じゃなかった。


「少し距離を置きたい」と伝えると、彼女は泣き叫んだ。


「応援してくれるって言ったじゃない!」


彼女は写真集を出し、出演するドラマは過激さを増していった。


世間は彼女を「絡み専門女優」と呼び、共演者との噂が絶えなかった。


町にも悪い噂が広まり、彼女の実家は落書きや張り紙に悩まされ、ついに引っ越した。


そして決定的だったのは、年上のプロデューサーとホテルにいる写真が週刊誌に載ったことだった。


胸が締めつけられ、息ができないほどの痛みが押し寄せた。


彼女はどんな気持ちでそこにいたのだろう。


僕はどうすればよかったのだろう。



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