聖女になれば愛されると思ったのに、土木建築業だとは聞いていないのですが……?
4000字未満の百合短編をさらっとおとどけ。
「ウィロウ侯爵令嬢サリーネ・ローズゴールド! お前との婚約は破棄だ!
聖女ティファにした数々の非道、許しがたい!」
貴族学園、初等部卒業パーティ。成人前のささやかな夜会で。
サリーネは婚約者の第二王子ジェイドに愛される未来を、絶たれた。
抵抗しようと口を開く前に、ずらりと居並んだ証言者たちが口々にサリーネの悪行を上げ連ねる。
聖女への罵詈雑言、物を盗み壊し本人を階段から突き落としたり、と次々出てきた。
おまけに途中で渡された手紙は父からで、しばらく保養地へ行けとのお達し。
すべて根回し済みで、破談は完了済みということである。
「確かに身に覚えしかございませんが!
それはあなた様に近づく不届き者を遠ざけるため!
どうかお許しを、ジェライ殿下!」
「開き直ったか! お前は小さい頃からずっとそうだ!
さすがは面従腹背のウィロウ侯爵の娘だな!
この性悪め、二度と俺の前に姿を現すな!」
▼ ▼ ▼
(あたしは殿下に、愛されたかっただけなのに……これから、どうしたら)
学園の花壇の隅で、うずくまっていたサリーネは。
「今更の、言い訳ですが。私は男爵家の娘なので。
言い寄る第二王子殿下らを、拒絶できなかっただけです」
いじめていた相手に、そう声をかけられた。
「それに、いじめられたなんて思ってません。
教会のいじめはもっと苛烈でしたし、修業は過酷。
サリーネ様のなさっていたことなんて、お可愛らしいものです」
サリーネに手を差し伸べる娘は、テイル男爵令嬢ティファ。
先ほどの会場には姿のなかった、サリーネがいじめていた相手である。
教会にも所属しており、この年ですでに聖女。
身分が低いにも関わらず、誰からも愛されていた。
彼女の周りでは、人の笑顔が絶えない。
一方サリーネからは、人が離れていく。
婚約者にも、家族にも愛想を尽かされ。
サリーネは孤立寸前であった。
(私がわがままなのは、わかってるのよ……。
でもどうしたら、この子みたいに生きられるの?
どうしてあたしなんかに、笑って手を伸ばせるの?)
聖女の手を、何気なくとって。
「なに、これ」
サリーネは、愕然とした。
ティファの手は荒れてかさつき、傷跡だらけであった。
よく見れば腕にも傷があり、髪や肌も荒れている。
「あ、その。いじめ、とか。
あと仕事や、土いじりでついた傷とかで。
お恥ずかしい……サリーネ様?」
サリーネは傷や荒れの1つ1つを、しげしげと眺める。
時に指で優しく撫で、目に入れんばかりに顔を近づけ。
手から腕。
腕から肩。
肩から首。
首から頬。
頬から耳。
耳から髪。
ほうっとため息を漏らし、そのほのかな香りを嗅ぎながら。
ティファの体を這うように、舐めるように、食い入るように。
聖女の有様を、あるいは生き様を、その尊く輝きに満ちた様を、見つめた。
「こんなに綺麗だから――――あなたは、愛されるのね」
「ぇ?」
それはサリーネにとって、縁遠いもので。
見たことのない世界を、垣間見せるものであった。
「ねぇ! どうすればあたしも、あなたのようになれるの!?」
「そう、ですね……聖女になれば」
ティファは、困ったような笑顔で応える。
「ちょっと人手が足りないのです。あなたも聖女になりませんか?」
「なるわ!」
サリーネは彼女の提案に、食いついた。
▼ ▼ ▼
(あたしどう考えても騙されてるわよねぇこれぇ!?)
聖女見習いとして連れ出されたサリーネは。
魔物の出る国境間際で。
つるはしを、振らされていた。
「サリーネ、もっと魔力込めてください。
そこの魔石岩盤砕かないと、先に進めません」
「ちょっと現場監督!? なんでこれが聖女の仕事なのよぉ!」
「説明したじゃないですか。国から依頼された、大結界の建造です。
大霊樹の力を通すため、地鎮や浄化、治水に霊薬作成などもします」
(聖女って、お祈り捧げて感謝される仕事じゃないの!?
もうっ!!)
サリーネは怒りに任せて、つるはしを振り下ろした。
岩が見事に削れていく。
なお聖女とは「魔力を持つ貴族たちが放棄した仕事を、公僕として引き受ける聖職」である。
聖職者の中でも最も過酷、かつ貴族しかなれず、なり手が少なかった。
(けど――――これがあの娘の、愛され秘訣なのね!
ならばやるしか!
もう! 一人は! いやよ!!)
こうして、貴族学園高等部に通いながらも。
サリーネは聖女道をまい進した。
▼ ▽ (現場聖女1年目) ▽ ▼
「サリーネ。この沼が結界を阻害してるので浄化します。
あなたは中に入ってください」
「ちょっとここ毒沼じゃないのよあたし死んじゃうってばぁ!?」
▼ ▽ (現場聖女2年目) ▽ ▼
「サリーネ。邪魔な屋敷を取り壊すため、悪霊を祓います。
霊をおびき出すために、一晩この中で過ごしますよ」
「明らかにヤバイ廃墟なのに!? ちょ、一人にしないで!?」
▼ ▽ (現場聖女3年目) ▽ ▼
「サリーネ。結界基礎を壊されてはたまらない。
この魔物の大群、押し流しますよ」
「ハイヨロコンデー!!」
▼ ▼ ▼
丸三年の時を経て、貴族学園に来た二人。
「姐さん、今日は学園を修繕ですかい?
それともまた地鎮で?」
サリーネはすっかり、ティファの舎弟が板についていた。
「サリーネ様。今日は高等部卒業式ですよ? 忘れたんですか?」
(あたし卒業できるんだっけ?
仕事の合間に半分気絶して通ってたから、記憶があいまいだわ)
そうして、ドレス姿のサリーネは会場に入ったわけだが。
「サリーネ・ローズゴールド!
よくものうのうと、この席に出てこれたな!」
上司が席を外したところで、元婚約者に絡まれた。
「いや、そうは申されましてもジェライ殿下。
あたしは姐さ……ティファ様に連れられてここにいるんで」
「そのティファはどこだ! また貴様が何かしたのだろう!?」
「あたしは何もしてません!? なんでそうやっていつも決めつけて――――」
「幼い頃から、貴様が悪事を働き続けて来たからだ!」
王子に指をさされ、サリーネはふと小さい頃の記憶を思い出した。
彼女には数年、王子たちと過ごしていた頃がある。
彼らはいたずらを見つかると、サリーネがやったと大人に突き出した。
何かあればサリーネが悪いと、真っ先に指をさした。
ならば最初から悪いことをしてやれと、心根が歪んだサリーネは。
「あたしはもう! 悪いことなんてしない!
ティファ様に誓って!!」
聖女によって。
真っ直ぐに、正された。
「――――そうですよ、ジェイド王子。
私のサリーネ様を、いじめないでください」
戻ってきたティファが、サリーネに向かってほほ笑む。
「連絡が来て、起動してたので。一人にしてごめんなさい、サリーネ様」
「ティファ! 大事な話が――――」
「ジェイド王子。すみませんが、始まりますので」
王子の言葉を遮る、ティファの声と共に。
大地が静かに、揺れ始めた。
「あれはなんだ!?」「茨!? 花の塔が!」「あっちの方角にも!」
会場が混乱を来す。
窓の外のはるか遠くでは、植物の尖塔がせり上がっていた。
「魔物忌避花の大結界ですよね、姐さん。今起動したんですか」
「ええ。納品完了です」
「ティファ、聞いてくれ! 俺は君を――――ウッ!? この臭いは」
何かを告げようと踏み込んだジェライが、たたらを踏んで下がる。
「ああ……結界展開の都合上、私は大霊樹の加護を強く受けています。
魔物忌避花と同じ、男性の苦手な香りがついているのです」
(あー……魔物の獣性を鎮めるやつだからねぇ。
男の人は、嗅ぐと力抜けちゃうんだっけ)
「それで。何のお話か存じ上げませんが。
仕事が楽しいので」
有無を言わさぬ綺麗な笑顔で。
「自由でいさせてくださいな。ジェライ王子」
聖女は、王子の愛を拒絶した。
▼ ▼ ▼
ティファが王子に宣告した後、二人はそそくさと会場を後にした。
「さっきのジェライ殿下。姐さんに求婚する気だったんじゃ?」
馬車に乗って並んで座ったところで、サリーネは疑問を口にする。
「かもしれませんが。あの人、女は家庭に入って仕事はするなってくちですし。
意見が合いません。
それに」
対する聖女は。
「私は。彼らと結ばれないことで、この国の滅びを回避したかったんです」
「へ?」
悪戯っぽく、艶やかにほほ笑んだ。
ティファが言うには。
この世界には、さる物語を模した筋書きがあるとのことだった。
それによれば、ティファが〝攻略対象〟と結ばれると国が滅びる、と。
一人を選べば、残りの〝攻略対象〟は皆、死ぬのだと。
悲劇を防ぐために彼女は、筋書きよりずっと前に聖女となり。
機会を伺っていた。
「――――で。皆を救う鍵は2つ。
1つは悪役令嬢……サリーネ様の性根を叩き直すこと」
「あたしですかい……」
サリーネが重ねた悪行の影響で、実家のウィロウ侯爵家が王国と内戦を始めるらしい。
これが国の滅びに直結するため、ティファは侯爵家と取引をした。
ティファがサリーネを真人間にさせ、国を守る大結界を張ったら。
ウィロウ侯爵は、国への反抗計画の見直しをする、と。
(お父さま、そんな大それた計画をしてたなんて……。
姐さんもなんて取引を。豪気だわ)
「そして鍵のもう1つは。
私が〝攻略対象〟のいずれとも、結ばれないこと。
私は彼らを拒絶するために。
この香りを、つけたんです」
その聖女の一言は。
彼女こそが、愛される者だと思っていたサリーネにとって。
衝撃であった。
「そんな!? あなたが誰とも結ばれないなんて!
愛されないなんて!」
「――――――――誰ともなんて、言ってませんよ? サリーネ」
「え?」
隣に座る聖女が、サリーネの手をそっと握る。
「最初は、それでいいと思ってました。
異世界での仕事、楽しいし。独り身でいいやって」
荒れてざらついた2つの手が。
すり合わされる。
「でも……手を、離したくなくて。あなたがとってくれた、この手を。
三年前のあの日の。サリーネの絡みつくような視線が、忘れられなくて」
ティファが、少し傷や荒れの残るサリーネの肌や髪を。
つるが絡みつくように、ねっとりと。
幸せそうに、見ていた。
「大事な話を、しに行きましょう。あなたの、ご家族に。
――――とても大事な、話を」
「愛されたい」というサリーネの願いが。
魔性の花によって、叶えられるのは。
もう、まもなく。