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2章 猫の国ガータと運命の相手

ガータ。それは猫の王とその王族が統治する国。


王族の体長は成猫で100cm前後。人の子どもと同じくらいのサイズである。歴史書の中で一番大きかった王は150cm程だったとか。子どもサイズだからと油断した別国の貴族が逆鱗に触れて死の淵を彷徨った。その事があってから、彼らに手を下そうなどと思う(やから)はいなくなったのだ。何せ、不意のパンチ一発で死の淵なのだ。軍隊でも率いられる前に仲良くした方が身のためと普通は考える。


山から海へと坂道でひと繋がりのその小さな国は資源に富んだ国。最低限の軍備で他国を牽制し、王族のその美貌で虜にした。温泉が沸き、山の幸も海の幸も、地下資源にも優れた土地であった。


が、猫の王とその王族はそれらに特に興味がなかった。


彼らは水に濡れる事を嫌うから、温泉にも海の幸にも興味がない。偏食で臆病故に新しい食べ物にも手を出さない。面倒くさがりで、ビジネスに興味がなく、せっかく豊富な資源をを活かせていなかった。また、そんなに躍起にならずとも、その美貌に魅せられた近隣諸国や、親類縁者などからの貢物がそれなりにあり、とんでもない贅沢をしない限りは特に困る事はなかったのだ。自分のテリトリーで変わらずに暮らせる事を至上とする以上、大してお金がかかる事もない。


マイペースな王族を代々支えるのが、限られた人間の一族、シー家。現在の当主はアンドルー・シー。28歳にして王の執事を務め、王族の公務から私生活までのお世話を行う。仕える主人たちはわがままで働く事も来客も嫌う。だからこそその全てを彼と彼の部下が日々せっせとこなしているから、最低限のビジネスでこの国は何とかやっていけていた。国民はこぞって王族のファンであるから、特にこの状況に異を唱える事もない。加えて土地は肥沃(ひよく)であったから、代々受け継いだ種を使って作物を作り、森の果物を収穫して、それで充分に暮らせていた。


ただ、変わった点が一つだけあった。この国民は本が好きだった。わかりやすく学校のような施設があるわけではなかったが、識字率は100%。それどころか皆王族に伝わる猫族の言語や、時折紛れ込む異界の書物の言語などにもそれぞれ通じていたのだった。それでもその言語を使ってお金を稼ぐのではなく、その全ては新しい本を読んで、新しい知識を得る事に転換していた。だからこの国は知識が溢れていて、皆幸せだった。それでも、それ故に、決して富んではいなかった。


そんな国の王族に代々伝わる伝説がある。


・・・ケイトと名乗る者が現れたとき、その者をヒト族の(おさ)の伴侶とせよ。その2人が王族と国に栄光と繁栄をもたらすだろう・・・


*****


アンドルーは海沿いの道を城へと急いでいた。王からの伝令があり、急ぎ城に馳せ参じよとの事だった。いつも気まぐれではあるものの、このような命令は意外となく、何事だろうと不安に思っていた。大きくもない城の敷地に馬車を停めると、扉の前で部下がウロウロとアンドルーの到着を待ち侘びていた。


「執事長!急いでください!王様が今か今かと飛び跳ねてお待ちです。」


飛び跳ねて・・・?という事は悪い知らせではなさそうだが、それでも早く行くに越した事はないだろう。王のみならず、王族は興奮すると飛び跳ねたり、走り回ったりする。悪気があるわけではないものの、来客嫌いで良かったのかもしれないとこのような場合にふと頭をよぎったりするものだ。感情を隠す事をしないから、外交の場に出したりしたら問題しか起こらない気がする。ただ、その飛び跳ねたりする仕草さえも一部のマニアには垂涎(すいぜん)もので、城外に出ていないはずのその様子がたまに諸外国で話題になるとかならないとか・・・。


不機嫌ではないにしてもこの呼び出し方はやはり不自然だ。何か緊急事態なのだろうか・・・。考えられる可能性を思案しつつ、3階の王の執務室に向かう。ふうっと息を整え、服の皺を簡単に伸ばし、ドアをノックする。


「陛下。執事長のアンドルーでございます。お呼びでしょうか。」

「入れ。」

「失礼致します。」


夕方に近い外のオレンジ色の光が部屋に差し込み、家具の色合いをノスタルジックに染め上げる。そんな部屋の色合いに見惚れるのは一瞬で、事態の収集を行う為に、部屋の中や王の状態から現状分析を行う。すると、目線の先の応接ソファに初めて見る女性が座っている。これは一体・・・。


「・・・この方は?」

「ケイトだ。今朝海岸で倒れていて、その後王室が保護した。アンディ、お前の妻になる。」

「・・・ケイト。まさか、あの伝説のですか・・・?!」

「そうだ。我が国ではその伝説を汲んで、ケイトと名乗る事を禁じておる。加えて、隣国ではこのような名付け方はせん。まあ関係各国には圧をかけてあるのもあるが、そもそも風習的につけんのだ。だからこれは非常に珍しいし、本来有り得ん。」

「はあ。」


応接セットに座る女性はたっぷりとした艶のある栗色の髪に顔は可愛らしい。この国では珍しい茶色の瞳は吸い込まれそうになるような輝きを放っている。だいぶ幼いように見えるが、体つきからすると私が思う歳よりは上かもしれない。確かあの伝説ではケイトが現れたら、その人と人間の(おさ)を結婚させろ、みたいな内容だったか・・・?私は(おさ)ではあるけれど、執事の(おさ)だ。それでいいのか・・・?


「陛下。お言葉ですが、伝説では確かヒトの(おさ)とあります。私は(おさ)(おさ)でも執事長ですが、それでも良いのでしょうか・・・?」

「仕方あるまい。今も昔もこの国を統治するのは我らが猫族。そしてヒト族はその統治下にある。その中で一番(くらい)が高いのは執事長だ。つまり今の時点では君だよ、アンディ。それにその地位は常にシー家の長子(ちょうし)である事はお前もよく分かっているだろうに。まあ突然だからな、驚くのも無理はない。私もつい飛び跳ねてしまったわ。」

「なるほど・・・。」

「という事で、今日からそこのケイトは君の奥さんだ。祝宴はそうだな・・・。ひと月後にでもどうだ。慣れるのにも時間が要ろう。そして王族の伝説を()で行く以上、お前たちには王宮に住んでもらう。とりあえず客間を使うと良い。使っていない離れがあったな?その建物を好きにしていいから、最終的にそこで暮らせるようにするといい。ケイトとは事前に話をしていて、彼女も了承している。アンディ、わかっているとは思うが、大事にするんだぞ。」

「・・・わかりました。仰せのままに・・・。」


経緯を見守っていたケイトが王様の目配せの後、ソファから立ち上がり私の方に歩いてくる。背格好も成人女性くらいか。顔が幼いだけで恐らく歳はそれなりなのだろう。


「アンドルー様、ケイトと申します。よろしくお願い致します。」

「は、はあ・・・。では客間へご案内いたします。」

「アンディ!客じゃなくて、お前の妻となる人だ。彼女に身寄りは一切いない。君しか頼れる宛がないんだからな。優しくするんだぞ。」

「わかっています。では失礼しますよ!」


王の執務室のドアを勢いよく閉じると、この突然の展開に対しての憤慨が表情に現れていたのか、ケイトからクスッと笑い声が漏れる。


「アンドルー様。王様と仲がよろしいのですね。」

「あ、まあ、お互いに子どもの頃からの付き合いではあるから、気心は知れてるかも知れない。それにしてもケイトさん。突然私に嫁ぐこの展開でよろしいんですか?」

「私よりもアンドルー様はよろしいのですか?恋人や婚約者はいらっしゃらないんですか?」

「私はシー家の長子(ちょうし)。先ほど王様に確認はしたものの、伝説に沿ってケイトが現れるのを待つスタイルなのです。ですので、私に婚約者は存在できないんです。あえて言うなら、ケイトさんが婚約者になってしまうんですよ。なってしまう、と言うと失礼ですね。ご無礼を。」

「いえいえ。では私で構わない、と。」

「はい。これは私の運命であり、宿命ですから。ケイトさんも何かご存知なのですか?あまりにも理解が早いような気がするのですが・・・。」

「いえ。ですが、私には今朝浜で見つけられるまでのケイトの人生の記憶がないんです。ただ、どこかでこんな風に仕組まれた運命があった気がして、それに抗う必要はない、害はない、その後に出会う人と添い遂げる事で王国の繁栄に寄与できる、とそのような確信だけは私の中にあって。変なんですけど。実際アンドルー様も王様も良い方のようですし、お話を伺う限り、この国に対しても親しみが湧きます。私でお役に立てる事があるかもしれないのならば、そんな人生もいいのかな、と。」

「ははは!思い切ったお方ですね。いやあ、面白いです!幸か不幸か私たちはこうなってしまった以上、この伝説を生きるしかありません。それならば、いっそ私と一緒に人生を過ごしていただけませんか?あなたとならば、楽しくやっていけそうだ!」

「はい。喜んで。私の事はケイトとお呼びください。旦那様。」

「ケイト。これから私と一緒にこの国を生きましょう。私の事はアンディと呼んでください。親しい者は皆そう呼びます。」

「わかりました。ではよろしくお願いします。アンディ。」


微笑むその顔に、その目にほんの少し何かを知っているような気がした。それでもそれが何かはわからない。だとしても、ケイトとの出会いは必然で、私の人生になくてはならないものだと言う確信があった。伝説、はもちろんそうだが、それだけではない何かがあって、それに沿って出会うべくして出会った。この感覚は運命の相手だと言う事に間違いはなさそうだった。

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