第八章 ~『双晶の秘密』~
琳華は医房の入口前で人を待っていた。
冷たい空気が頬に当たるのを感じながら、少し緊張した面持ちで周囲を見渡す。空は暗さを増す中、遠くから足音が近づいてくるのが聞こえてくる。
「待たせたね」
足音の正体は天翔だった。彼は落ち着いた様子で琳華の元に近づくと、微笑みを浮かべる。
「遣いの宮女から聞いたよ。僕に立会を頼みたいそうだね」
「これから玉蓮様に引導を渡します。その際に腕の立つ天翔様が傍に居てくれれば、心強いですから」
真相を暴くことで、玉蓮が暴れ出すかもしれない。琳華も護身術の腕には自信があるが、万が一に備えて、天翔に同行をお願いしたのだ。
「謎が解けたんだね。さすが琳華だ」
「ようやく真相に辿り着けました」
称賛を受けた琳華は、ほんの少しだけ微笑む。そこには僅かな達成感が滲んでいた。
「さっそく玉蓮の元へ向かうかい?」
「実はもう一人、待っている人がいるんです」
「僕以外にも声を掛けた人がいたんだね」
「天翔様と違って護衛役ではありませんが、今回の事件に大きく関わる人物ですから」
謎解きに欠かせないと知り、天翔は頷く。二人の間に沈黙が流れ、ゆったりとした時間が過ぎていく。
やがて、暗がりの中から足音とともに春燕が姿を現す。淡い月光に照らされた彼女の顔には人懐っこい笑みが浮かんでいた。
「春燕様、お待ちしておりました」
「聞きましたよ、琳華さん。謎が解けたんですよね!」
待ちわびていたと明るい態度を貫く春燕。それに対し琳華は冷静で穏やかな笑みを浮かべる。
「春燕様にも私の推理を聞いてもらいたくて招待しました」
「それは楽しみですね。いつものように犯人をズバッと一刀両断するのを期待していますよ!」
春燕は興奮が混じった反応を返す。一方、琳華は穏やかな姿勢を崩さずに、医房の方へと振り向く。
「役者が揃いましたし、玉蓮様の元へと向かうとしましょう」
先陣を切る形で琳華が医房の扉を開けると、冷たい空気と共に薬草の香りが出迎えてくれる。視線の先にはベッドで横たわる玉蓮の姿もあった。
「性懲りもなく、また来たのね」
琳華たちの存在に気づいた玉蓮は、わずかに眉を顰める。不快感を隠そうともせずに体を起こした。
「今回は天翔様と春燕様も一緒です」
「賑やかなことね。でも丁度いいわ。春燕、そこの水を取って頂戴。誰かさんに毒を盛られたせいで、体調がまだ優れないの」
命じられた春燕は台座に置かれた湯碗を手渡す。受け取った玉蓮は中に入っていた水を一気に飲み干すと、視線を巡らせた。
「それで揃いも揃って何の用かしら?」
玉蓮の問いに医房の空気が重くなる。緊張感が漂う中でも琳華は凛とした態度を崩さずに、質問にきっぱりと答える。
「事件の謎が解けました。約束通り、証拠も用意しています」
「犯人は私だと言いたいのね」
「はい。そして春燕様が共犯者です」
琳華は玉蓮と春燕に力強く告げる。その言葉には、何一つ迷いがなかった。
名指しされた玉蓮の表情に変化はない。だがその隣に立つ春燕は明らかに動揺していた。顔色が一瞬で青ざめ、目が大きく見開かれる。
「り、琳華さん、冗談はよしてくださいよ」
「春燕様……もう演技は必要ありませんよ。私はあなたが犯人だと確証を得ていますから」
「し、信じてください、琳華さん、私は……」
春燕は同情を誘うように、目尻に涙を浮かべる。琳華は心に棘が刺さったような罪悪感を覚えるが、この態度は演技だと自分に言い聞かせて冷静さを保つ。そんな二人のやりとりを聞いていた玉蓮は、皮肉交じりに笑う。
「ふふ、面白いじゃない。まずは推理を聞かせてもらいましょうか」
「でも、姉さん……」
「誤解を解くのはそれからでも遅くないでしょ?」
「それはそうですが……」
言葉に力が入らず、玉蓮の圧力に押し込まれる形で春燕は黙り込む。場が静まり返るのを見計らい、琳華は重々しく口を開く。
「では、推理を時系列に沿ってお話しします。事件は毒が盛られるよりもずっと前。春燕様と不仲であるとの評判を流すところから始まりました」
後宮を追い出すためという名目での嫌がらせは、協力関係にあると見抜かれないための嘘だったのだ。
「そして迎えた事件当日、予鈴が鳴ったタイミングで、玉蓮様は薬房から毒を盗み出し、宴席会場へと戻りました。人通りの少ない道を進めば、片道で十分もかからずに辿り着けたはずです」
多くの人は宴席会場の近くに集まっているため、薬房の傍で目撃されるリスクも低い。そこまで計算したうえで、犯行を決行したのだと補足する。
「それから宴席が始まり、私の毒見が終わった料理を玉蓮様は受け取りました。その後、致死量にならない程度の毒を盛り、自分で食べたのです。これが事件当日の玉蓮様の行動のすべてです」
「まるで見てきたかのように話すのね」
「私はこれが真実だと信じていますから」
「でも残念ね。私にはアリバイがあるのよ」
会場近くにいた玉蓮を目撃したのは、他でもない琳華自身だ。だが彼女は首を横に振って、否定する。
「あれは玉蓮様ではありません。双晶のダイヤモンドを身に着けた春燕様です」
「私は宝石を身に着けて、宴席に参加していたのよ。春燕は翠玲とずっと一緒にいたそうじゃない。どうやって私が双晶のダイヤモンドを受け取るのよ?」
受け渡しもできない状況では、その推理は成り立たないと、玉蓮は反論する。だがそれさえも琳華にとっては想定の範囲内だった。
「双晶のダイヤモンドが一つしかないならそうでしょうね」
「双晶は貴重品なのよ。同じ形のものは二つとないわ」
「私も宝石鑑定士を生業としていましたから。それは存じ上げていますよ……ですが、双晶でないダイヤモンドなら似た形のものは探せます。あなたの胸元で輝く双晶、それ、偽物ですよね」
核心をついた指摘に、部屋の空気が一気に緊張感で張り詰める。そんな中、琳華は冷静に事実を述べるように話を続ける。
「漆や膠などの接着剤を利用して、二つのダイヤモンドを結合し、双晶を自作したのではありませんか? 私のこの考えが正しければ、玉蓮様のアリバイは崩れます。なにせ自作できるなら数に制限がなくなります。春燕様が双晶のダイヤモンドを身に着けていたとしても、わざわざ玉蓮様に返す必要がなくなるのですから」
その推理に玉蓮は唇を噛みしめて、反論する余地を探そうと目を泳がせる。だがしばらくすると、その表情に観念が浮かぶ。
「その口ぶりだと、私が元々持っていた双晶も偽物だと気付いたみたいね」
「ダイヤモンドの双晶は、宝石鑑定士の私でさえ初めて見たほどの貴重品です。それほどの貴重品を生活が困窮していたにも関わらず売らなかった理由が、親の形見だけでは少し弱いと感じていましたから」
「正解よ。この双晶はね、食べるのに困った両親が詐欺で稼ごうとした時に作ったものなの」
馬鹿な両親が唯一残してくれた形見がこの偽物だと、玉蓮は苦笑する。
「偽物の双晶の存在を明らかにされれば、私の犯行を示す証拠としては十分。お見事よ、琳華。あなたの勝ちよ」
玉蓮は清々しく罪を認める。どこか哀愁を帯びた表情には、覚悟が浮かんでいた。
一方で春燕は顔が青ざめ、瞳が焦りで揺れており、呼吸も乱れている。玉蓮とは対照的に、何とかしてこの状況から逃げ出そうと必死なのが見て取れた。
「姉さんの双晶さえどこかに捨てれば……」
「無駄よ。琳華のことだもの。どうせ抜かりないわ。きっと慶命様も呼んでいるはずだし、すぐに証拠品を回収されるのがオチよ」
「~~~~っ」
追い詰められた春燕の焦りが、一気に態度に現れる。彼女の濡れた瞳が琳華を見つめ、どうにかして情けをかけてもらおうと、必死に訴えかける。
「琳華さん、お願いです。見逃してくれませんか?」
春燕の声は震えており、琳華の心を揺さぶろうと切実な思いが込められていた。だが琳華は情に流されることなく、冷静な態度を貫く。
「それも演技ですよね?」
「私は演技なんてしていません! それは今までもそうです。琳華さんも、翠玲さんも、皇后様も……みんな、大好きなのは本当です!」
「ではなぜ裏切ったのですか?」
「それでも、姉さんが一番大切だったからです!」
断言する春燕の言葉に嘘はなかった。
(だからこそ見抜けなかったのですね)
人を見る目に自信のある琳華だが、春燕の慕う気持ちは本心だったのだ。ただ人には優先順位がある。春燕の中で姉の存在は、他のすべてを投げ捨てても構わないほどに重要なものだったのだ。
「どうか、お願いします……」
春燕は再び琳華に向かって懇願する。涙が頬を伝い、床にポタポタと落ちる音が響く。同情を誘うような反応に琳華の心は揺らぐが、はっきりとノーを突きつけたのは、天翔だった。
「駄目だ。それは僕が許さない。このまま君たちを見逃すと、琳華が犯人扱いされるからね。可哀想だとは思うけれど、僕の大切な親友のためにも、罪は償ってもらうよ」
天翔の声には厳しさと同時に琳華を守ろうとする優しさが込められていた。その強い意思を前にして、玉蓮が小さな溜息を零す。
「諦めましょうか」
「でも……」
「ここまで完璧にやられたんだもの。もう挽回は無理よ……きっと琳華なら私の動機も見抜いていることでしょうしね……」
その声には、どこか達観したような諦めが感じられた。
琳華は玉蓮の言葉を受けて、静かに口を開く。
「春燕様の心臓病ですよね」
「さすがね」
春燕の薬代は今まで玉蓮が出していたのだろう。だがそれでは焼け石に水だ。さらに寿命も迫っている。となれば、動かざるを得なかったのだ。
「目的は高額な特効薬を手に入れることですか?」
「そうよ、そのために私は出世したかった……側近になれば、お金が手に入る。それに権力もね。だから春燕に協力してもらって、今回の事件を企てたのよ」
「玉蓮様……あなたは……」
「負けよ、負け。私の完全敗北よ」
玉蓮は潔く両手を上げて、罪を認める。一方で、春燕は抑えていた感情が一気に溢れ出したかのように膝を折って崩れた。すすり泣く声が病室の壁に反響するのだった。




