第八章 ~『お見舞いと解かれた謎』~
琳華と翠玲が文書管理課の奥まった書庫に足を踏み入れると、古びた棚に並ぶ記録の山を丹念に調べ始めた。
埃をかぶった書物を一つ一つ手に取り、玉蓮に関する情報を探し出そうとする。だが期待していたような有力な手掛かりはなかなか見つからない。
何時間か経過し、外も薄暗くなってきた頃、琳華はようやく一つの記録を目に留めた。そこには、玉蓮と春燕が後宮に入るまでの経緯が書かれており、彼女たちを招き入れたのは、他ならぬ桂華であったと記されていた。
「これがわかっただけでも、一つの進展ですね……」
「桂華との繋がりが予想以上に深いことが分かったものね。ただ……期待していたほどの成果には繋がってないわね……」
少し残念そうに翠玲は眉をひそめる。琳華はその言葉に同意しつつも、前向きな気持ちを保とうと顔を上げた。そんな琳華の様子を見て、翠玲は優しく微笑む。
「残りの書物の調査は私が引き受けるわ。琳華は他の手段で手掛かりを探してくれるかしら」
「良いのですか? こんなに手間がかかる作業を一人で……」
「適材適所よ。書物を調査させたら、私の右に出る者はいないもの。それは琳華だって例外じゃない。あなたは自分の強みを活かして、調査を進めて頂戴」
翠玲の頼もしさに背中を押される。琳華は深く頷くと、感謝の気持ちを伝える。
「ありがとうございます。私、必ず手掛かりを見つけてみせます」
気持ちを新たにした琳華は書庫を後にする。廊下を歩きながら、心の中で焦りと期待を交錯させていく。
向かう先は天翔が宮女たちから聞き取り調査を行っている広場だ。もしかしたら新たな手掛かりを見つけているかもしれない。
期待しながら広場に到着すると、琳華はすぐに天翔の姿を見つける。数人の宮女たちと話し込み、何かを聞き出そうとしているようだった。琳華がそっと近づくと、天翔は話を終えて、少し疲れた様子で肩を落とす。
「残念ながら調査の結果は芳しくないね。琳華はどうだい?」
「こちらも決定的な証拠は得られていません」
「万事休すかな……」
「いえ、もう一つだけ。試していないことがあります」
「試してないこと?」
「玉蓮様本人から話を聞くことです」
天翔は少し驚いて、眉を上げるが、すぐに納得したのか小さく頷く。琳華は体調を見舞うという名目で、玉蓮の様子を探ろうとしていたのだ。
「ボロを出せば、それが証拠に繋がるかもしれない。やってみる価値はありそうだね」
「手強い相手ですが、頑張ってみます」
「僕の方も引き続き、聞き取り調査を進めてみるよ」
天翔に感謝した琳華は一礼を送ると、医房へ足を向ける。
入り口にたどり着いた琳華は、深呼吸をして気持ちを落ち着けると、ゆっくりと医房の扉を開く。
室内には淡い薬草の香りが漂っており、その中央のベッドで玉蓮は横たわっている。病人らしからぬ落ち着いた態度で、琳華を出迎える。
「……毒を飲ませて、私を殺そうとしたくせに、よく顔を出せたわね」
玉蓮の辛辣な言葉に、部屋の空気が一瞬で冷え込む。だが琳華は動じることなく、敵意ある視線をまっすぐに受け止めた。
「私は犯人ではありません」
「なら、貴妃様が毒を盛ったとでも?」
馬鹿馬鹿しいと、玉蓮は鼻で笑う。
「いいえ、貴妃様は犯人ではありません」
「なら誰がやったと?」
「あなたの自作自演だと私は疑っています」
琳華に疑いを向けられた玉蓮は、抗議するように目を細める。だがすぐに挑発するような笑みへと表情を変化させる。
「琳華の言い分は理解できるわ。今回の事件で結果的に得をしたのは私だものね」
貴妃が狙われたかもしれない状況で、誰もお咎めなしとはいかない。最も怪しい琳華が犯人扱いされる可能性は高く、そうなれば貴妃の側近の座は玉蓮で決まりだ。自作自演の動機としては成立していた。
「それに薬師の私なら死なない程度に毒を調節できる。疑う要素としては十分すぎるほどね。ただ……証拠はあるの?」
「今のところはありません」
「ならただの誹謗と変わらないわね。私を犯人だというのなら、明確な証拠を提示してみなさいな」
勝ち誇った表情を浮かべる玉蓮。わずかに顎を引き上げ、琳華を見下すような態度を取る。その目にはまるで勝利を確信したかのような輝きがあった。
しかし琳華も負けてはいない。玉蓮の挑発に屈することなく、一歩前に足を踏み出すと、その顔を真っ直ぐに見据えた。
「証拠なら必ず用意します。首を洗って待っていることですね」
「やれるものならやってみなさい」
二人の視線が鋭く交差し、その場の空気が一瞬で張り詰める。まるで火花が散るように、激しい緊張感が走った。
数秒間、二人は互いに目を離さず、にらみ合いを続けたが、やがて琳華は静かに背を向ける。
足取りを崩すことなく、ゆっくりと扉を開いて退室する。扉が完全に閉まったのを確認してから、深く息を吐き出した。
緊張が解け、リラックスする琳華。その瞬間を狙いすましたように、ふと声がかかる。
「もう帰るのかい?」
控えめな声を受けて、琳華が振り返ると、そこには小柄な医官が立っていた。影のように目立たず、身長は翠玲よりもさらに低い。存在感のない男だった。
「私がいては玉蓮様も困ってしまうでしょうから……」
「見舞いを迷惑だと思う患者はいないさ」
「そういうものでしょうか」
「自分のために足を運んでくれれば、それだけで嬉しいものだよ。それにあの患者の見舞い客は、君で二人目だからね」
「二人目?」
「一人目は患者と瓜二つの少女だよ。仲睦まじげに話していたし、きっと姉妹だろうね」
最初の見舞い客は春燕で間違いない。
(不仲のはずの二人がどうして?)
疑問をいだいていると、医官は少し困ったように視線を外す。
「もしかして、秘密の話だったかな?」
「いえ、そういうわけでは……ただ仲が良いのが意外だったので……」
「そういえば、病室に入る前も周囲を凄く警戒していたね」
僕の影が薄くなければ気づかれたかもしれないと、医官は自嘲する。もし第三者の存在に気付いていたなら、二人は不仲な態度を貫いただろう。
(本当は仲睦まじい姉妹だったとしたら……)
心の中で疑念が渦巻く。春燕が嘘吐きだとしたら、玉蓮の演技をして、アリバイを作り出した推理に信憑性を帯びてくるからだ。
(春燕様には悪いですが、疑いを払拭するためにも改めて推理させていただきます)
共犯でなかったと信じるためにも疑うと決めた琳華は思案に耽る。問題なのは双晶のダイヤモンドの謎だけ。それを解く術がないかを考えてみる。
(ダイヤモンドの双晶は珍しいものですが、二つ用意できれば……)
玉蓮と春燕の二人では無理だろう。だがもし協力者に桂華がいれば、その広い人脈で探し出せるかもしれない。
(いや、駄目ですね。予鈴が鳴った時、玉蓮様が身につけていたダイヤモンドの双晶は、宴席会場のものと形がそっくりでした)
双晶は鉱物の成長過程で偶然生み出されるもので、それ自体が珍しいものである。形まで瓜二つのものを用意するのは、さすがの桂華でも困難を極めるだろう。
(双晶でさえなければ同じものを用意できるのでしょうが……)
疑問の壁にぶつかり、解決の糸口を探っていると、医官が心配そうに声をかける。
「体調でも悪いのかい?」
「いえ、そういうわけでは……」
「しんどいときは無理しないのが一番だよ。私も若い頃は色々と無理をしたせいで、傷口の縫合によく失敗してね。上司にこっぴどく叱られたものさ」
医官は昔を懐かしむように語る。その言葉には、経験から来る教訓と、今だからこそ笑って話せるという落ち着きが感じられた。
(傷口の縫合……引っ付ける……まさかっ!)
琳華の頭の中で何かが閃く。まるで最後のピースが嵌ったかのように、謎を解き明かすキッカケとなった。
「宝石の謎は解けました」
琳華は静かにそう呟く。その瞳には希望の光を宿していたのだった。




