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第六章 ~『皇帝への直談判』~

《天翔視点》


 静かな決意を胸に、天翔は宮殿にある皇帝の私室を訪れていた。重厚な木製の扉には鳳凰の彫刻と金の装飾が施されており、その輝きが皇族としての威厳を象徴していた。


 扉を開けて、部屋の中に一歩足を踏み入れると、広々とした空間に迎えられる。床には深紅の絨毯が敷かれ、壁には名高い書家の作品が飾られており、香炉から気品ある香りが漂っていることもあり、落ち着きのある雰囲気が演出されていた。


 天翔は執務机に腰掛ける皇帝に目を向ける。その堂々とした背中は、天翔の心に自然と敬意を抱かせた。


「父上」


 天翔は静かに呼びかけ、軽く頭を下げる。その声に反応した皇帝は、筆を机に置くと、神妙な面持ちで振り返る。


 人の心の奥底を見透かすような鋭い瞳と、整えられた眉は、端正な顔立ちを一層引き締めている。背筋をピンと伸ばした姿は、まさに一国の君主に相応しい威厳を放っていた


「天翔が会いに来るとは珍しい。てっきり私のことを避けているとばかり思っていたがな」

「用事がなければ僕も会いには来なかったさ」

「用事?」

「貴妃についてさ。迎え入れた理由を聞かせて欲しい」


 天翔の問いに皇帝の表情が硬くなる。視線に鋭さが増し、緊張が張り詰めていく。


「久しぶりに顔を見せたと思ったらそれか……」

「はぐらかさないで欲しい。僕は理由が知りたいだけだ」

「私が貴妃を迎える理由など決まっているだろう。当然、国家の利益に繋がるからだ」


 私欲はないと、皇帝は断言する。その言葉に嘘は感じられなかった。


「母上の気持ちはどうなる?」

「皇后も同意済みだ」

「本当に?」

「二人で相談し、国のために迎えようという結論に至ったのだ。この件に子供が口出しする余地はない」


 皇后は母であるより、国家を優先する。とはいえ、貴妃の存在に賛成するとは思っていなかったため、驚愕を隠せなかった。


「天翔もまだまだ私たちのことを理解できていないようだな」

「家族としての時間をほとんど過ごしたことがないからね」


 天翔の皮肉に対し、皇帝は冷静に対処する。


「当然だ。我らは皇族。何よりも国を優先する義務を背負っている。民が飢えず争わずに済む世を作るためなら、他のすべてを投げ出す覚悟が求められるのだ」


 家族を気にかけている余裕があるなら、そのリソースを国家運営に回すべきだと、皇帝は説く。


 それは皇子として育った天翔の心にも刺さる言葉だった。苦々しい顔で受け入れながらも、その棘が琳華(りんふぁ)の託してくれた助言を思い出させてくれる。交渉材料を切り出すべく、天翔は重々しく口を開いた。


「もし僕に妃がいれば、貴妃を迎えずに済むのかな?」


 皇帝はその問いに対し、一瞬だけ驚きを見せるも、すぐに軽く笑う。


「そういうことか……面白い考え方をするものだな」


 笑みは次第に大きくなっていく。新しい世継ぎ作るために貴妃を迎えたとする天翔の考えを見抜いたからこその反応だった。


「悪くない推理だが外れだ。次の皇帝は、天翔。お前以外には考えていない」


 天翔は予想外の答えに驚きで目を見開く。そんな彼に言い聞かせるように、皇帝は言葉を続ける。


「近頃、琳華(りんふぁ)という女官と仲睦まじいそうだな」

「どうしてそれを……・」

「この国で私の知らぬことはないからな」


 皇子の身の回りに関する情報が皇帝に伝わらないはずもない。慶命(けいめい)や皇后経由でおそらく伝わったのだろうと予想し、天翔は小さくため息を零す。


「勘違いしないで欲しい。琳華(りんふぁ)は友人だ」

「素直でないのは変わらないな」

「本心だよ」

「私はどちらでも構わん。少なくとも女性に興味を持てるのだ。相手がその女官でなくとも、いずれ世継ぎは生まれるだろう」


 皇帝の言葉に世継ぎへの不安はなかった。その根拠が琳華(りんふぁ)との関係性から生まれているのだとすると、彼女との交流が事細かく報告されていることになる。


 天翔は照れくささを誤魔化すように視線を泳がせる。そんな彼の反応に、皇帝は小さく笑う。


「天翔もそのような顔をするのだな」

「デートの内容を父親に知られていたとなればね」

「気持ちは分かるぞ。私も皇后との密会を先代皇帝に覗き見られていたからな」


 快活に笑う皇帝に対し、天翔は僅かばかりの苦笑を浮かべる。相容れない部分は多々あるものの、根は悪人でない。心の底から嫌悪しきれないのも、憎めない部分があるからだった。


「世継ぎの問題でないとは理解できたよ。ならなぜ貴妃を迎え入れたんだい?」

「逸材だからだ」

「優秀だから妃にしたと?」

「そのような単純な言葉では表現できないほどの才の持ち主でな。他国の要人と広大な人脈を築き、人心掌握術は右に出る者がいない。その能力は皇后さえも認めるほどだ」

「それほどに……」


 皇帝がここまで人を褒めるのは初めてだった。そのことに驚きながらも、天翔はまだ小さな疑問を感じていた。


「この国は経済力、軍事力共に秀でている。これ以上の力が必要かな?」

「百年の繁栄なら現状維持でも約束されているだろうな。だが千年先はどうだ?」

「それは……」

「国が滅んでいるかもしれない。だが貴妃がいれば、未来の栄光も約束される。彼女をこの国に留めるには、立場を与える必要があったのだ。私と皇后、貴妃の三者でこの国を盤石にする。その後を天翔、お前が引き継ぐのだ」


 皇帝の言葉には揺るぎない信念が込められていた。天翔は目を逸らしながら、小さな声で反論する。


「僕がそんなものを望んでいないとしても?」

「天翔の意思は関係ない。大切なのは人民だ。安定した政治は、人々の生活を豊かにする。私は皇帝として、この国を良くする務めがある」


 天翔は皇帝の言葉を胸に響かせながらも、少し眉を寄せて息を吸う。


「皇帝としての人生を優先する価値観は理解できるよ。でも僕は染まらない。あなたのようにはならない」

「では、どのように生きる?」

「民も家族も両方幸せにする。僕は欲張りだからね」


 天翔は毅然とした声で言い放つ。その言葉に驚きながらも、皇帝は評価するように頷く。


「天翔ならきっと成し遂げられるだろうな。なにせ、お前は私以上の天才だ。武芸に長け、人を引き付けるカリスマもある。父としても皇帝としても私を超えられるはずだ」


 天翔の心に、皇帝の言葉が少しずつ染み込んでいく。浮遊感を覚える感覚を抱きながら、天翔は踵を返す。


「聞きたいことは聞けたし、僕はこれで失礼するよ」

「なら最後に助言を一つやろう。天翔、お前のカリスマは脇を支える者が優秀なら、より光り輝く。琳華(りんふぁ)という女官、結婚するかしないかはともかく、大切にしてやることだな」

「言われるまでもないさ。なにせ彼女は僕の親友だからね」


 皇帝はその答えに満足げに頷く。息子の去っていく背中を微笑ましげに見送るのだった。



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