第四章 ~『皇后の狙い』~
《天翔視点》
宮殿の上階にある縁側から、皇后は下の回廊を見下ろしていた。繊細な彫刻が彫られた欄干に囲まれながら、黄酒を片手に、宮殿を立ち去る琳華の背中に笑みを向けている。
「狙い通りという顔だね」
天翔が縁側に姿を現すと、目を細めて暗に抗議する。皇后は微笑を浮かべたまま、さらりと受け流す。
「あなたに私の狙いが読めるのかしら?」
「親子だからね。悪巧みしていることくらい分かるさ」
「ふふ、息子相手に嘘は吐けないわね……そうよ、巧みはしているわ。でも悪い話ではないのよ」
皇后は黄酒に口をつけながら、家族の前でしか見せない笑みを浮かべて話を続ける。
「あなたの友人、評判が高まっているでしょう。その高名は上層部にまで届くほど……あと二つか、三つほど大きな成果があれば、上級女官にだって推薦できるわ」
天翔はその言葉だけで皇后の真の狙いを察する。
「守衛から宝石盗難の事件について聞いたよ。だからこそ分かる。この事件は琳華に謎を解かせることそのものが目的だったんだね」
皇后は微笑みを浮かべたまま、肯定するように頷く。
「わざわざ窓辺に宝石を置いたのも、カラスが見つけて持ち去ることを狙ってのこと」
「ふふ、正解よ。お見事ね」
皇后は静かに称賛する。その声には計画が見事に成功したことへの満足感が込められていた。
「今頃、守衛が宝石を見つけている頃でしょうね。これで琳華の評判はより一層高まるわ。上級女官への道もあと一歩ね」
皇后の真意を確認できた天翔は、少し安心しながらも、心の中でため息をついた。琳華の反応を思い浮かべ、きっと彼女にとってはありがた迷惑だろうと感じたからだ。
「余計なお世話だったかしら?」
「琳華は出世に興味のないタイプだからね」
「本人に興味がなくても、その権力に意味はあるわ。立場が上がれば、できることも増える。その力は矛だけでなく、盾にもなるもの」
皇子として生きてきた天翔は、権力が煩わしさを生む反面、望みを叶える力にもなると知っている。だからこそ、皇后の親切を完全に否定できずにもいた。
「特に琳華は四大女官の一人である桂華に目をつけられているもの。中級女官の立場ではいつ潰されるとも限らない。権力に立ち向かうためにも、琳華は上級女官に昇格すべきよ」
断言する皇后に対し、天翔は深く考え込んでから口を開く。
「琳華自身に権力がなくても、助けてあげれられないのかな?」
「皇族の力を正義もなしに振りかざすことはできないわ。扱い方を間違えれば、皇族の信頼を貶めるだけでなく、琳華にも迷惑がかかるもの」
贔屓されていると知れば、琳華が嫉妬の対象になるかもしれない。それを避けるためにも、判断は公平中立でなくてはならない。
「特に相手が桂華であれば尚更よ。彼女の影響力は後宮内において絶大で、私でも軽んじることができないわ。回りくどいけど、琳華自身が力を持つことで、桂華に対抗するしかないの」
皇后の立場からできる助力は成果を与えてあげることだけ。歯がゆさを覚えながらも、天翔は納得せざるを得なかった。
「もっとも天翔がその気になればすぐにでも助けてあげられるわよ」
「なにか方法が?」
「結婚しちゃえばいいのよ。そうなれば、私も堂々と義理の娘を庇えるわ」
皇后の提案に面食らうも、天翔はすぐに反論する。
「僕と琳華はただの友人だから」
天翔は皇后の言葉を否定する。だが頬が僅かに赤く染まっており、隠そうとしている感情が漏れ出ていた。
皇后はその反応を見逃さず、自分の頬にそっと手を添える。
「顔が赤くなっているわよ」
「~~っ……こ、これは……」
「ふふ、天翔も可愛いところがあるのね」
皇后の指摘に、天翔は視線を逸らしながら一歩後退する。彼は自分の頬に触れ、その熱さに戸惑いながらも言葉を探すが、二の句を継ぐことはできなかった。
照れを隠すように天翔は去っていく。その背中を微笑ましげに見つめる皇后の瞳には、息子の純粋さと誠実さが映し出されていた。
「さて、未来の娘のために私もできることをしようかしら」
皇后は黄酒を飲み干してから立ち上がる。その口元には息子を想う母の笑みが浮かんでいたのだった。




