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第四章 ~『消えた皇后の宝石』~


 数日後、子猫は託児館で正式に受け入れられ、その存在はすぐに子供たちの間で人気となった。猫と遊べるという評判は女官たちの間でも広がり、奉仕者(ボランティア)の増加にも繋がっていた。


(交渉を頑張った甲斐がありましたね)


 立役者である琳華(りんふぁ)は、託児館の広間で、子猫の様子を満足げに眺めていた。毛を撫でられたり、抱きかかえられたりしながら、喉を鳴らして愛嬌を振りまいている。


 しばらくして、子猫が琳華(りんふぁ)の足元にもすり寄ってくる。部屋の隅に置かれた玩具箱から猫じゃらしを取り出し、俊敏な動きに合わせて左右に振ってあげると、嬉しそうに鳴き声をあげた。


(まだ小さいですし、後宮のどこかに親猫もいるのかもしれませんね)


 警備が厳重なため、子猫だけが忍び込んだ可能性は低いだろう。


 後宮は自然豊かな場所だ。広大な庭園には多様な生態系が形成されている。その環境の中で命を宿した一匹なのだろう。


「にゃ~」


 猫じゃらしに飽きたのか、琳華(りんふぁ)の膝の上に飛び乗ると、丸くなって眠り始めた。甘えるように頬を擦り付ける仕草に愛らしさを感じていると、突然、広間の扉が開かれる。


 視線を向けると、入口で麗珠(れいしゅ)が手を振っていた。琳華(りんふぁ)が会釈を返すと、膝の上で丸まっていた子猫が飛び降りて去っていく。入れ替わるように麗珠(れいしゅ)が駆け寄ってきた。


「久しぶりね、琳華(りんふぁ)

「ふふ、五日前に一緒にお茶をしたばかりではありませんか」

琳華(りんふぁ)に会えないと、たった五日でも長く感じてしまうのよ」


 二人はたびたび交流の機会を設けていた。菓子と茶を楽しみながら他愛のない会話を交わすだけの時間だが、お互いの友情をより強固なものにしていた。


「私の顔を見に来たわけではなさそうですね」

「ご明察。用事があってきたの。でもよくわかったわね」

「託児館まで探しに来てくれたのですから。察しますよ」


 他愛ない会話を楽しむだけなら宿舎で待てばいい。急ぎの用件があるのだろうと麗珠(れいしゅ)の言葉を待つ。


「実は皇后様から頼まれた謎解きがあるの。協力してくれないかしら?」

「私で良ければ喜んで」

「ありがとう~、琳華(りんふぁ)なら快諾してくれると信じていたわ」


 麗珠(れいしゅ)は感謝を伝えるように琳華(りんふぁ)の手をギュッと握りしめる。手の平から溢れんばかりの友情が伝わり、自然と頬が緩んでしまう。


「善は急げです。さっそく向かいましょうか」


 麗珠(れいしゅ)と共に立ち去ろうとする琳華(りんふぁ)。そんな彼女の背中に、子供たちが声をかける。


琳華(りんふぁ)さん、またね!」

「また会いましょう」


 別れ際に子供たちへ手を振って、託児館を後にする。


 宮殿へ向かうための回廊を進むと、両側に広がる緑豊かな庭園から爽やかな風が吹き抜けていく。静寂に包まれる中、琳華(りんふぁ)は話を切り出す。


「それで皇后様から頼まれた謎とはなんでしょうか?」


 託児館では周囲に人がいたため聞けなかったことを改めて訊ねると、麗珠(れいしゅ)は少しだけ表情を曇らせる。


「皇后様の宝石が消えたの」

「誰かに盗まれたのですか?」

「それが分からないの。仮眠中に、目を覚ますと宝石が消えていたらしいの」

「……盗難事件が宮殿で起きたと?」

「そうなの。しかも寝室は鍵がかかっていた。警備が厳重な宮殿に忍び込み、密室からどうやって宝石を盗み出したのか。この謎を解いて欲しいというのが琳華(りんふぁ)への依頼よ」


 俯きながら、謎を解くためのヒントを思考の中で探る。琳華(りんふぁ)の脳裏にはこれまでに経験した数々の事件が浮かんでいる。そこから真相へ辿り着けないかと推理を重ねてみるものの、答えを得るよりも先に宮殿の重厚な扉の前へと辿り着いていた。


 麗珠(れいしゅ)は守衛と顔見知りなのか、「許可は貰っているわ」と伝えると、敬意を表す一礼の後に扉が開かれる。


 皇族の威厳を誇示するかのような廊下を進んでいく。麗珠(れいしゅ)は寝室の場所を知っているのか、その足取りに迷いはない。


麗珠(れいしゅ)様は宮殿を訪れたことがあるのですか?」

「皇后様と一緒に何度かね。宝石が盗まれた寝室は初めてだけど、見当はつくから安心して」


 麗珠(れいしゅ)に先導される形で後宮の階段を昇り始める。階段には美しい彫刻が施された手摺りが設置され、その細工の見事さに思わず目を奪われてしまう。


 そんな中、階段を降りてくる足音が届く。顔を上げると、友人である天翔の姿が目に入る。


「どうして琳華(りんふぁ)がここに……」

「皇后様に謎解きをお願いされまして……確か、天翔様は宮殿にお住まいでしたね」

「色々と事情があるからね。でもおかげで宮殿は庭のようなもの。迷ったらいつでも頼って欲しい」

「その際はお言葉に甘えますね」


 用事があるのか、また夜に会おうとだけ言い残して、天翔は階段を降りていく。その背中を見送ると、麗珠(れいしゅ)が含みを持たせた笑みを浮かべる。


「相変わらず、仲良しね」

「大切な友人ですから……でも宮殿で暮らしている姿を見たのはこれが初めてです」


 知識と体験は違う。住んでいると聞かされてはいたが、実際に出会ったことで実感を帯びる。


「本来なら宮殿には皇族しか住めないはずよ。どうして住んでいるのか理由は知っているの?」


 麗珠(れいしゅ)の問いに、琳華(りんふぁ)は首を横に振る。すると彼女は顔を近づけ、小さな声で囁く。


「もしかしたら彼は隠密なのかもしれないわ」

「隠密ですか……」


 聞き覚えのない単語に首を傾げていると、麗珠(れいしゅ)は説明を続けてくれる。


「宮殿に暮らしているのが皇族だけなら、病気で倒れたり、暴漢に襲われたりした場合に対処できないでしょ。だから医術や武術に精通した隠密が一緒に暮らしていると噂で聞いたことがあるのよ」

「なるほど。天翔様が隠密だとすれば、正体を秘密にしている理由にも説明がつきますからね」


 隠密は秘密裏の行動を求められる。その際、正体を知られていると都合が悪いこともあるだろう。


 また天翔が武術に長けているのも、皇族を守るための訓練を受けてきたのだとしたら納得できた。


(天翔様について知れただけでも宮殿を訪れた価値がありましたね)


 思わぬ成果に満足しながら、琳華(りんふぁ)たちは階段を登りきる。本殿の最上階に設置された寝室の前まで辿り着くと、ゆっくり扉を開けた。


「さすが皇后様の寝室ですね」


 琳華(りんふぁ)は感嘆の息を漏らす。


 寝室の中央に設置されたベッドは、金糸で刺繍を施された羽毛布団で満たされており、四方からは真紅の絹の帳が垂れ下がって高貴な雰囲気を放っている。


 窓からは広大な後宮の様子を一望でき、爽やかな風が流れ込んでくる。遠くには建物群が並び、その背後には連なる山々がそびえ立っていた。


 澄み渡る青空が広がり、陽の光が庭園を照らし出す様子は絵画のように美しく、鳥たちのさえずりは調和の取れた雅楽のようだった。


「このベッドで皇后様はお休みになっているの。そして宝石が消えた当日、大粒のダイヤが嵌められた指輪を台座の上に置いて寝たそうなの」


 黒檀(こくたん)の木で作られた台座が窓辺に設置されている。その上には宝石を置くための絹の敷物も用意されていた。


「台座とベッドの距離が少しありますね」

「言われてみればそうね」


 近くにあればベッドで寝静まっていても、宝石を盗み出した犯人の気配を感じられたかもしれない。利便性を考慮しても、窓辺に設置する理由はないはずだ。


「絶対に盗まれないと油断していたのかしら」

「窓の外からは登ってこれませんし、この寝室は部屋の内側からしか鍵を掛けられない構造のようですからね」


 皇后が寝る前に寝室の鍵をかければ、それだけで密室の完成だ。侵入できるはずがないと油断していても不思議ではない。


「ただ実際には盗まれてしまったと……」

「それが不思議よね。犯人はどんなトリックを使ったのかしら」


 謎を解くためには手掛かりが必要だ。二人は寝室の様子を見て回り、不自然な箇所がないかを探る。


琳華(りんふぁ)、これ!」

「どうかしましたか?」

「台座に引っかき傷が残っているわ。もしかしたら犯人がトリックを利用した痕跡だったりしないかしら」


 麗珠(れいしゅ)が発見した傷は、細い線が幾重にも交差していた。その傷が琳華(りんふぁ)を真実へと導いてくれる。


「なるほど。そういうことですか……」

「謎が解けたのね!」

「はい、といっても謎と呼べるようなものではありませんでしたが……」


 琳華(りんふぁ)は窓の外に視線を巡らせると、空を旋回する黒い影を指差す。


「ダイヤの指輪を盗んだ犯人はカラスです。きっと傍に巣もあるでしょう。探せば消えた宝石が見つかるはずです」


 窓から寝室に侵入したカラスは、ダイヤの指輪を盗んで、巣へと持ち去ってしまったのだ。琳華(りんふぁ)の推理に麗珠(れいしゅ)は目を輝かせる。


「さすが、琳華(りんふぁ)。素晴らしい推理ね」

「いえ、これもすべて、麗珠(れいしゅ)様がカラスの引っかき傷を発見してくれたおかげですよ」


 あのヒントさえあれば麗珠(れいしゅ)でもいつかは答えに辿り着いたはずだ。だがそれは、琳華(りんふぁ)に新たな疑問を与える。


「まさか……」


 琳華(りんふぁ)はベッドの近くを探ると、床に僅かな色の違いを見つける。その部分だけ日光を受けずにいたからこその変化で、丁度、台座の脚と重なるような痕跡だった。


(台座を移動している……ということは……)


 皇后は聡明だ。ダイヤの指輪がカラスに盗まれたと気付かないはずがない。


 それにベッドから窓辺に移動された台座は、まるでカラスに宝石を盗ませようとお膳立てしているかのようだった。


「謎は解けました……ですが、皇后様の手の平の上で踊るしかありませんね」


 琳華(りんふぁ)は皇后の狙いを看破しながらも、結果を受け入れるのだった。



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