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第四章 ~『幽霊騒ぎの真実』~


「お姉ちゃんたち、ありがとう」


 子供たちの元気な笑顔を背中に受けながら、琳華(りんふぁ)たちは託児館を後にした。その明るい声を余韻に残しながら回廊を歩く。


「暗くなっちゃったわね」

「子供たちは喜んでくれましたから。その甲斐はありましたよ」

「ふふ、そうね」


 回廊を進んだ先で翠玲(すいれん)と別れると、琳華(りんふぁ)は庭園へ向かう。


 夜の庭園は幻想的な雰囲気に包まれていた。月明かりが石畳に淡い光を投げかけ、木々の影が揺れるたびに美しい模様を描いていく。遠くから聞こえる小川のせせらぎと、虫の鳴き声も絶妙に調和していた。


 庭園の中央には亭子(ていし)が設置されており、六角形の屋根の曲線美が夜空に溶け込んでいる。


 亭子(ていし)の中に足を踏み入れると、天翔が先客として長椅子に腰掛けていた。月光が彼の横顔を照らし、神秘的な雰囲気を醸し出している。


「天翔様、お待たせしましたか?」

「いいや、僕も先程、来たばかりだよ」


 特に約束をしていたわけではない。言葉にせずとも、週に一度、夜の庭園で二人だけの時間を過ごすようになっていた。


 琳華(りんふぁ)が隣に腰掛けると、天翔の持つ小さな包みから甘い香りが漂っていると気づく。


「今日は花生糖(かせいとう)を持ってきたんだ」


 天翔が包みを開けると、ピーナッツをキャラメルで固めた菓子が姿を現す。こうばしい香りに食欲を刺激されて、ついつい口元に笑みが溢れてしまう。


「美味しそうですね~」

「君と一緒に食べようと思ってね。用意したんだ」


 二人は菓子を楽しみながら、他愛のない会話に華を咲かせる。花生糖(かせいとう)のカリカリとした食感と優しい甘さが口の中で調和し、一口食べるごとに会話も盛り上がっていった。


 風が木々を揺らし、葉擦れの音が心地よいリズムを刻む中で、二人だけの時間がゆっくりと流れていく。そんな折、琳華(りんふぁ)は託児館で小耳に挟んだ噂話を思い出す。


「天翔様は幽霊の噂を知っていますか?」

「宮女たちが火の玉を見たそうだね」

「本当に霊がいると思いますか?」

「目撃証言があるわけだから完全な否定はできないね。ただ怖くはないかな。なにせ幽霊よりも恐ろしい爺様たちに育てられてきたからね」


 天翔の軽口にはどこか親愛の情が見え隠れしていた。本心では周囲の人たちを尊敬しているのだと伝わり、琳華(りんふぁ)は笑みを零す。


(天翔様と一緒だと心が安らいでいきますね)


 この穏やかな時間がいつまでも続けばいい。そう願っていると、遠くから女性の悲鳴が届く。


 耳を澄ませて、音の出所を探っていると、天翔は視線を南西の方角へと向ける。


「こちらからだね」

「よく聞こえましたね……」

「夜間での戦闘訓練を受けたことがあってね。そのおかげさ」


 天翔の言葉は正しかった。視線の先から一人の宮女が駆けてきたのだ。彼女の顔は青ざめており、目尻には恐怖の涙が浮かんでいた。息を切らしながら走ってくる彼女の姿は、まるで何かに追われているかのようだった。


「た、助けて!」

「もう大丈夫ですよ。落ち着いて、息を整えてください」


 琳華(りんふぁ)が優しく語りかけると、宮女は背後を振り返り、誰もいないことを確認する。安堵の息を零してから、呼吸を整えていく。


「噂の幽霊が出たんです!」


 宮女は声を震わせながら叫ぶ。


「火の玉のようなものが見えて……怖くて、ここまで逃げてきたんです」

「それは怖かったね。でももう安心だ。なにせ僕らがいるからね」


 天翔が落ち着かせるために微笑むと、宮女は頬を赤く染めながら、視線を逸らす。恥ずかしさを誤魔化すように頭を下げる。


「それで本当に幽霊だったのかい?」

「それは……」


 パニックになっていたため自分の記憶に自信がないのか、宮女は言葉に詰まる。


「もしかしたら見間違いかも……」

「幽霊はいなかった。そう考えたほうが、君にとっては幸せだろ?」

「そ、そうですね」


 幽霊に怯えて暮らすより、見間違いとして処理した方が良い。天翔の提案に恐怖心を拭い去ったのか、冷静さを取り戻した宮女は頭を下げる。


「助けていただいてありがとうございました。私は夜勤がありますのでこれで失礼します」


 それだけ言い残すと、宿舎の方へと走り去っていった。背中を見送ってから、天翔はゆっくりと立ち上がる。


「幽霊騒ぎをこのままにはしておけないね」


 その言葉に呼応するように琳華(りんふぁ)も席を立つ。


「天翔様が行くなら私も付き添いますよ」

「宮女にはああ伝えたけど、本当に幽霊がいる可能性もある。危険かもしれないよ」

「なればこそです。護身術には自信がありますし、大切な友人を一人で危ない場所に送り出したりはできませんから」

「……危険だと判断したらすぐに戻る。それで構わないね?」

「もちろんです」


 心配してくれている琳華(りんふぁ)の気持ちを無下にはできないと、彼女の同行を受け入れた天翔は、幽霊の謎を解くべく、庭園の先にある茂みへと足を踏み入れる。


 後宮の外れにあるためか、手入れされておらず、雑草が生い茂ったままだ。茂みを掻き分けながら一歩ずつ進むと、微かな光の揺れが目に映る。


「……火の玉が踊っていますね」

「幽霊は本当にいたということかな?」

「近くで確かめてみましょうか」


 琳華(りんふぁ)たちは正体を見破るべく近づくと、まるで生き物のように火の玉は逃げ去ってしまう。光は次第に薄れていき、ついには闇の中へと消えてしまった。


「少なくとも自然発火ではなさそうだったね」

「逃げるように消えてしまいましたからね」


 琳華(りんふぁ)は顎に手を当てながら茂みの様子を観察する。しばらく考え込むと、彼女は重々しく口を開いた。


「天翔様、この先に何があるかご存知ですか?」

「確か、古い倉庫があったはずだね」

「なるほど。そういうことですか……」

「謎が解けたのかい?」

「仮説は立ちました。正しいかどうかは、ここから先に進めば証明されるはずです」


 琳華(りんふぁ)の提案を受けて、二人は倉庫へと向かう。月明かりが薄暗く照らす中、古びた木製の扉がぼんやりと見えてくる。


「この倉庫に秘密があるのかい?」

「実は――」


 琳華(りんふぁ)が答えるよりも先に、突然、倉庫の中から不気味な音が流れてきた。その音は、まるで誰かが泣き叫んでいるかのような悲痛な音色で、不規則なリズムで鳴り響いた。


「この音はいったい……」

「やはり私の推理は正しかったようです」

「どういうことだい?」

「幽霊の正体……それは人の仕業です。黒い服で闇夜に紛れ、灯籠で宙に浮く炎を演出していたんです」


 その証拠に火の玉が踊っていた場所の雑草が踏み荒らされていたと、琳華(りんふぁ)は補足する。


「でもどうして幽霊騒ぎを?」

「この倉庫に近づけさせないためでしょうね。流れている不気味な音も、恐怖を演出するためのもの。きっと犯人は中に隠れているはずです」


 音を立てないように細心の注意を払いながら、倉庫の窓へと歩み寄る。息を潜め、慎重に中を覗き込むと、小柄な宮女が竹笛を吹いていた。


 笛の音は時に高く、時に低く、不規則に強弱をつけて演奏され、その音色は夜の静寂を切り裂くように不気味に響いている。


 宮女の傍には見覚えのある小さな黒猫の姿もある。先日、饅頭を盗み食いした子猫で、寒さを凌ぐように丸まっていた。


 天翔はその光景から幽霊騒動の動機を察する。


「この猫を飼うために、幽霊騒動を引き起こしたんだろうね」

「宮女は大部屋での集団生活ですから。飼えなかったのでしょうね」

「でも琳華(りんふぁ)には考えがあるんだろ?」

「任せてください。私が解決してみせます」


 琳華(りんふぁ)は倉庫の入口まで移動すると、驚かせないように静かに扉を叩く。だが中からの反応はない。


「悪いようにはしませんから、どうか出てきてくれませんか?」


 琳華(りんふぁ)が優しい声で呼びかける。しばらくすると、扉がゆっくりと開いた。宮女が怯えるような表情で顔を出すと、目を伏せながら、頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「ごめんなさい! 私、どうしても猫を飼いたくて……」


 宮女の声は震えていた。彼女の腕の中には、見覚えのある子猫が丸くなっている。


「罪を問うつもりはありませんよ。幽霊に怯えた人はいたかもしれませんが、負傷者が出たわけではありませんから」


 宮女は驚いた表情で琳華(りんふぁ)を見つめる。彼女の優しい言葉のおかげで怯えが消え、少しずつ安堵が広がっていった。


「あなたの名前を聞かせて頂けますか?」

「め、梅香(めいしゃん)です」

「では梅香(めいしゃん)様。私から提案があります。その子猫を託児館に預けるのはどうでしょうか?」

「た、託児館ですか?」

「猫を飼えるなら子供たちも喜びますし、ここで幽霊騒ぎを起こすよりもずっと健全ですから」


 琳華(りんふぁ)の言葉を受けて、梅香(めいしゃん)の瞳に希望の光が宿る。


「飼ってもいいんですか?」

「私が交渉します。任せてください」

「ぜひ、お願いします!」


 梅香(めいしゃん)は目尻に涙が浮かべながら、勢いよく何度も頭を下げる。感謝する彼女の様子に天翔は誇らしげな表情を浮かべる。


「さすが琳華(りんふぁ)。素晴らしい解決能力だね」

「天翔様が傍にいてくれた心強さのおかげですよ」


 幽霊の謎を解決した二人は互いに微笑む。琳華(りんふぁ)たちは子猫を連れて、託児館へと向かうのだった。



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