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プロローグ ~『有名になった後宮の名探偵』~

書き貯めが10万文字できたので、連載再開します

これからもどうぞ本作をよろしくお願いいたします


「犯人はあなただわ!」

「いいえ、あなたよ!」


 仲睦まじいと有名な長髪と短髪の二人の宮女が、怒りで声を震わせながら罵り合っていた。


 後宮の穏やかな日常を一変させる声は、嵐が巻き起こったかのような騒動を生む。宮女たちの暮らす宿舎の廊下には人が集まり、その中に琳華(りんふぁ)の姿もあった。喧嘩を治めるために呼び出された彼女は、困り顔を浮かべる。


(最近、トラブルの解決依頼が増えてきましたね……)


 宝物殿の盗難事件を解決した琳華(りんふぁ)は、後宮の名探偵として名を馳せた。そのせいか事件が起きると頼られる機会が増え、今朝もまた、宮女たちの喧嘩を治めるべく呼び出されたのだ。


(まずは状況把握といきましょうか)


 冷静な眼差しで、宮女たちの暮らす部屋を見渡す。狭い室内には二段ベッドが並び、薄い布団がきれいに畳まれて置かれていた。


 壁には簡素な木製の棚があり、小物や化粧道具が置かれている。小さな採光用の窓から差し込む光が、部屋全体を明るく照らしていた。


「あなたが饅頭を食べたに決まっているわ」


 火蓋を切ったのは長髪の宮女からだった。その発言に琳華(りんふぁ)以外の野次馬たちも呆れ顔を浮かべる。


(まさか喧嘩の理由は……)


 食べ物の恨みは怖いというが、饅頭で揉めなくてもと仲裁しようとするものの、そんな暇がないほどに、二人の宮女の口論は白熱していく。


「私はそんなに卑しくないわ!」

「なら私が食べたっていうの」

「そうとしか考えられないじゃない」

「友達を疑うなんて最低よ!」

「それはあなたもでしょ!」


 二人の鋭い言葉が、廊下にまで響き渡る。このままではまずいと、琳華は部屋の中に足を踏み入れる。


「落ち着いてください、ふたりとも。まずは何があったのか教えてくれませんか?」


 琳華(りんふぁ)が訊ねると、二人の宮女は一斉に訴えかけた。


「「一緒に食べようと約束した饅頭を勝手に食べたの!」」


 予想通りの喧嘩の理由だが、くだらないと一蹴できないほどに、当事者である彼女たちの瞳に怒りが滲んでいた。


 価値観は千差万別だ。琳華(りんふぁ)が宝石鑑定を愛する気持ちも万人が理解できないように、大切なものは人によって異なるからだ。


 饅頭を一緒に食べる約束を破られたと声を張り上げる彼女たちの心情を汲み取り、琳華(りんふぁ)は静かに微笑む。


 琳華(りんふぁ)の落ち着いた態度のおかげで、二人は冷静さを取り戻したのか、感情的になっていた自分を恥じるようにグッと息を飲む。そして互いに目を見合わせると、長髪の宮女が代表して状況を説明する。


「私は廊下の掃除を、この娘は衣服の洗濯を任されていて……朝食を食べる時間がなかったから、仕事終わりのご褒美に饅頭を一緒に食べようと約束をして部屋を出たの」


 この時点ではまだ饅頭が無事だった。話の流れが読めてきた琳華(りんふぁ)は宮女に続きを促す。


「仕事を終えて、疲れた身体を引きずりながら部屋に戻ると、扉はしっかりと鍵がかかっていたわ。私は鍵を開けて、部屋の中に入ったの」

「その時に饅頭がなくなっていると気づいたと?」

「いえ、この時はまだ……それから少しして、この娘が帰ってきた。そこでなくなっていると発覚したの」

「なるほど」


 部屋は閉ざされており、鍵を持つのは互いだけ。二人の宮女が犯人呼ばわりする理由も理解できた。


「採光用の窓に鍵は掛かっていたのですか?」

「昨晩、換気のために開けていたわ、それ以降は一度も……」

「つまり昨晩なら、その窓から侵入できたと?」

「それは無理よ。人が通れる大きさではないもの」


 あくまで光を取り込むためのものであり、人の出入りを許すものではない。人間が侵入できるのは正面の扉からに限定されるからこそ、二人はそれぞれが無実を主張し、口論を始めたのだ。


「欲しいなら欲しいと言えばよかったのに……」

「だから私は食べてない! 犯人扱いしないで!」


 事実を再認識したことで、宮女たちの口論が苛烈さを帯びる。その様子を冷静に見つめながら、琳華(りんふぁ)は結論を下す。


「二人は犯人ではありませんよ」


 琳華(りんふぁ)の断言を受けて、口論がピタリと止まる。部屋の空気が緊張に包まれる中、彼女は話を続ける。


「冷静になってください。あなたたち二人の友情は饅頭のために裏切られるほど軽いものなのですか?」

「それは……」


 琳華(りんふぁ)の問いに、二人は目を見開いたまま言葉を詰まらせる。そんな彼女たちに穏やかな微笑みを向けながら、琳華(りんふぁ)は推理を披露していく。


「私は二人の様子を見ていて、無実だと感じました。もし仮にどちらかが饅頭を食べていたとしても、その場合は素直に謝罪していたでしょうから」

「で、でも、饅頭は現に消えているわ!」

「はい。なので、第三者の犯行でしょうね」


 琳華(りんふぁ)の推理に、宮女たちは困惑する。鍵を持つのが二人だけで、部屋は施錠されていた。互い以外の犯行が不可能だからこそ、大切な友人を疑っていたからだ。


「人間では鍵の掛かった部屋に侵入することはできないでしょう。ですが、盗まれたのは饅頭です。犯人が人とは限りません」


 琳華(りんふぁ)は部屋を見回す。目を細めて観察を続けると、視線をベッドの下へと固定する。


「この部屋で隠れられる場所はここだけですね」


 琳華(りんふぁ)は床にしゃがみ込み、ベッド下を覗き込む。


 人間は隠れられないような狭さだが、小動物なら十分に入り込める。暗がりの向こうを凝視すると、かすかな動きが目に入る。


 視界が暗闇に慣れてくると、動きの正体が一匹の小さな黒猫だと分かる。そしてその傍には消えたはずの饅頭が転がっていた。


「きっと採光用の窓から気づかない内に侵入したのでしょう。その後、鍵を掛けても、ベッドの下にはまだ猫が残ったままですから。お腹の空いた猫は饅頭に手を出して、今回の密室トリックができあがったんです」


 推理を聞いていた二人は呆然としながらも、申し訳なさを滲ませて頭を下げる。


「犯人扱いしてごめんなさい」

「私の方こそ疑ってごめん」


 謝罪は友情を取り戻してくれる。手を取り合った二人は、ジッと抱きしめ合うと、琳華(りんふぁ)にも礼を伝える。


「あなたの推理のおかげで仲直りできたわ。評判通りの推理力ね」

「たまたま謎を解けただけですから……」

「謙虚な性格も噂通りね」


 宮女たちの称賛に、琳華(りんふぁ)は微笑みを返す。後宮で始まる新たなプロローグは、平穏な日常から始まったのだった。


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