第二章 ~『事件解明』~
皇后との謁見を終えた後、琳華と麗珠は共に回廊を歩いていた。夜の静けさが満ちた空間に、二人の足音が静かに響く。
手には皇后からの依頼で受け取った二つのエメラルドがあった。立ち止まり、月明かりの下で観察するが、どんなに注意深く見ても、鑑定結果は変わらなかった。
「本当、不思議よね。輝きが途中で失われるなんて……」
麗珠のぼやきに琳華は反応する。
「前例はありますよ」
「そうなの!」
「エメラルドは衝撃に弱いですから。物理的な外傷を与えれば、輝きを失うことはありえます」
「ならそれで正解じゃない!」
謎は解けたわねと、麗珠は表情を明るくする。だが琳華は神妙な面持ちのままである。
「ただ、この仮説はおそらく間違いです」
「どうしてそう思うの?」
「エメラルドをどこかにぶつけたり、落としたりしたタイミングで輝きを失ったなら、皇后様も異変に気づくと思うのです」
「確かにね」
「それに一つなら偶発的な外傷として片付けることもできます。しかし二つのエメラルドに同じ現象が起きたとなれば、偶然の事故ではなく、きっと必然的な理由があるはずです」
結論が出ないまま、琳華たちはエメラルドの謎について議論を重ねる。決定的な糸口を見つけられずにいると、彼女たちの元に穏やかな声が届く。
「琳華、ここにいたんだね」
「天翔様!」
琳華を見つけるために広大な後宮を探し回っていたのか、額に玉の汗を浮かべており、天翔の努力を物語っていた。
「私を探すためにお手数をおかけしましたね……」
「僕が勝手に君を探していただけさ。気にしないで欲しい……それよりも君は皇后と話をしたんだよね? どんな話をしたんだい?」
「実は……」
皇后と謁見し、多くの人から評価されていると聞かされたことや、エメラルドの謎を解くように命じられたことなどを伝えると、天翔の瞳に不安の色が浮かぶ。
「僕については何も聞かされなかったかい?」
「片思いのような関係だと……」
「誤解されそうな表現だね……でも安心して欲しい。僕と皇后の間に邪な関係はないから」
必死になって弁明する天翔が愛らしくて、琳華の口元に笑みが溢れる。
「存じております。天翔様はそのような軽薄な人ではありませんから」
「信じてくれたなら嬉しいよ。琳華には誤解されたくないからね」
心臓が高鳴るような一言に、頬が赤く染まる。恥じらいを誤魔化すように、琳華がエメラルドの宝石に視線を移すと、彼の興味もそちらに向く。
「エメラルドの謎は解けたのかい?」
天翔の問いに、琳華は静かに首を振る。
「力及ばず、まだ全容解明には至っておりません」
「琳華でも苦戦するんだね」
「エメラルドは鑑定の難しい宝石な上に、扱った件数も少ないですから……父が生きていれば、アドバイスを貰えたのでしょうが……」
エメラルドの価値鑑定を困難にしているのは、内包物を含むからだ。これは天然石の象徴として価値を高める一因となる一方で、透明度や輝きを劣化させる欠点も抱えている。
適度なバランスを見極め、価値を判断しなければならない。それがエメラルドという宝石の特徴だった。
「ただ私でもこのエメラルドが凡庸な宝石だと分かります。なにせ内包物が目立ちすぎて、輝きが不足していますから。とても皇后様が身につける品ではありません」
皇后の装着品だ。証言からも購入時は一級品で間違いない。しかし眼の前にあるエメラルドは内包物によって透明度を失い、輝きが鈍くなっていた。
「もしかしたら、呪いだったりしないかしら」
麗珠が思いついたように口を挟む。
「呪いですか?」
「そういう噂もあったの……先代の皇帝が非業の死を遂げたから、その呪いがエメラルドを曇らせたんだって……」
「関係ありませんよ。呪いで宝石が曇るなら、鑑定士は皆、廃業しなければいけませんから」
宝石が誹謗中傷の道具として使われている現状に憤りを覚える。このような噂を止めるためにも、謎を解き明かす必要があった。
「困ったわね。他にヒントがあれば良いのだけれど……そうだわ! 映雪に話を聞くのはどうかしら」
「映雪様にですか?」
「このエメラルドの買い付けを担当していたのは映雪なの」
「……それは本当ですか?」
「間違いないわ。購入した当時は綺麗に輝くエメラルドだったから。映雪のことを皇后様に紹介したの」
「なるほど。そういうことでしたか……」
琳華の頭の中で事件の全容が明らかになる。なぜ映雪は嫌がらせをしてまで麗珠から遠ざけようとしたのか、なぜ輝いていた宝石が急に曇ったのか、なぜその謎を解くようにと皇后が出題したのか。点と点が繋がり、大きな線となる。
「宝石の謎は解けました」




