②
何の間かは分からないがロウはじっとザザを見つめている。
「…何でも?」
「ああ、そうだね!私に用意出来るものならいいよ!」
ザザはそういいながらも、ロウへの報酬を魔術が施された武器、魔道武具だと想定していた。
そもそも、ザザがロウの働きに見合うものとして、まともに与えられるものとしては武具以外にはない。
「………………」
「……………?」
ロウはいくら待っても口を開かない。
口を開かないので、仕方なくザザは再びパンを食べ始めた。
静かな魔薬草畑に鳥の鳴く声がうららかに響き、風の音が聞こえる。
それを実感できるくらい、たっぷりと時間を持たせたつもりだ。
「もしかして、武具じゃないの?」
口にパンが無くなったところで、ザザが問いかけるとロウはこくりと頷いた。
じゃあ、何なのかと首をかしげるが、再びだんまりの時間が続く。
「………」
「………そんなに悩むものなの??」
「悩んではない」
「欲しいものはあるけど、私じゃ渡せないものってこと?」
ザザは宮廷魔道具師の中でも騎士団や近衛兵の武器に魔術を刻印することを専門にした魔道武具師だ。普段は武器庫で魔力をこめられなくなった武具の修繕や、魔獣に合わせて付与する魔力を変えるなどの武具調整を行なっている。
ロウもロウで魔獣を相手に討伐を行う生活を行なっていることを考えても、ザザが渡せて有効でそれなりに高価なものは武具以外思いつかない。
「無理なものなら、とりあえず黒鋼で作ったパロマさんの大斧がいいんじゃない?
明星工房の武具師でいい人がいるんだよ。その人ならロウの武具を任せられると思うけど…」
「大斧はザザがやるから、いらない」
首を振るロウにザザは眉間に皺をよせた。
今、魔術回路の刻印を行なっている大斧は、頭を悩ませられている仕事だからだ。
「そうだけど、あれは期待できないんだよ。君も見たよね?あの出来…
素材だけじゃなくて、鍛冶屋も馬鹿にしているとしか思えない」
「………ごめん」
「なんで君が謝るのさ」
「兄さんが、」
「ロウは何も悪くないじゃん。
予算がとれなかったのは、上司と私の責任なんだしさ」
ザザは嫌そうにため息を吐きつつ、手持ちの仕事に憤った。
昨年から、ロウが率いる魔獣討伐騎士団の作戦に使用する武具の準備をしていた。
しかし、財務室の次官であるロウの異母兄の妨害で、予算が下りなかったのだ。その上、財務室が指定した鍛冶屋が大斧の納期を大幅に遅らせ、大斧自体の出来も最悪という状況だった。
ザザは先ほどまで、切れない大斧の刃を研磨しながら、雷の魔術を刻印することで何とか出来ないかと、迫りくる時間に追われながら体と頭をフル回転させていた。
「それに、今回の大斧は、騎士団の共用武具じゃないか!
君の魔力は膨大なんだから専用武具を作った方がいい。
騎士団で共同で使う武具は君専用の調整は出来ないんだ。君の魔力じゃ斧が魔力に耐えられない可能性だってある」
「ザザの武具なら大丈夫」
「大丈夫じゃないから言っているんだよ。
予算内で作らないといけないから、素材にどうしても限度ができる」
武器に魔術を付与する魔道武具は、使用者の魔力を利用して獲物を仕留める。
騎士団の騎士たちが使う共用武具は、騎士団の騎士達の平均的な魔力量に合わせて魔術円陣の図面を起こして魔術回路を刻印することになっている。
ただ、ロウのように飛びぬけて強力な魔力は、魔術回路が武具自体に負担をかけるため、魔力に耐性のある素材(元から魔力を持つ素材)でないと武具が壊れることもある。
「今回なんて不純物が混ざった魔力のない素材なんだよ?
あんなの王国の騎士が使う武具じゃない。討伐中に壊れたら、怪我じゃすまなってのに…
何度も言っているけど、君は個人持ちの武具を作った方がいいんだ」
「ザザが作るなら」
「…私は無理だって」
ザザは王家に奉公している身の上だ。
自由に武具を作る権利も譲渡する権利もなく、作ったものはロウの物ではなく、王国の物になる。
「………」
「パロマさんのところの武具師を紹介するよ。
私よりも職人歴も長いし、腕もいい」
ロウは提案に全然ノリ気ではないようで、頷かず金属のような無機質な瞳でただザザを見つめている。
納得してないのだろう。
こういうところは昔のままだ。
困ったなと思いながらも「ザザがいい」という期待を悪くは思えない。
か細い少年だったロウは、いつの間にか屈強で頑丈な魔獣討伐騎士団の団長で国の英雄になった。ロウはもう独りぼっちではないし、貴族としても排除されている私が気安く話せる相手ではない。ロウの周りに人が増えることは、いいことなのに、少し寂しい思いもある。
「……武具の話はまたしよう。
とにかく今回は、報酬だよ、報酬。
あーそうだ、お金はどうかな?まあ、分割にはなるけど」
現金は一番合理的な報酬だ。
ザザが自由に使える金は多くはないが、宮廷魔道具師としての奉公は無報酬ではなく、給料は平民がなれる仕事のなかでは、上級だ。
「……」
「……………ん?」
「結婚」
「……ん?」
「結婚がいい」
「はぁ?」
不可解な言葉に、ザザは首を捻りながらため息と怪訝を足して二で割った声を吐き出した。
「結婚って?」
「継続的な性的結合を基盤とした公的に夫と妻として認められる関係性、配偶者関係」
「え?うん、いや、それは知っているけど?」
まるで、「結婚」を知らないと思われているような説明だ。
たしかに私は、結婚も婚約もできないけど、言語的理解は問題ない。
ロウに限って…とは思うが、もしかすると嫌味だろうか?
「君、頭まで鍛えたの?」
「鍛えられるの?」
「……いや、うーん。
今のは軽口というか…ごめん、ただの嫌味」
やはり、ロウにからかっている様子はない。
むしろ、素直に返されていたたまれない。ロウはそういう人だ。
「あーあのね、ロウ。
確かに結婚は同等の報酬だけど、私には君の結婚相手を紹介できる力はない。」
「………紹介?」
「うん。そっ、それに、君なら、そういう話いくらでも湧いて出てくるんじゃないの?
鉱山や温泉じゃないんだから掘って当てる必要はないんだよ」
ロウは無表情だが、老若男女問わず人気がある。
なんたって、文句なしにかっこいい。
それに、名実ともに恐ろしい魔獣から国を守る最強の英雄だ。
これで、人気がない方がおかしい。
「結婚相手が欲しいなら、難しく考える必要はない。
えーっと、いいなって思う人に優しくすればいいんじゃないか?」
「………。」
「いや、そもそも君は優しいか…」
ロウはザザをただただじっと見つめてくる。
納得も理解もしていないとでも言うようで居たたまれない。
私だって、ロウが望むなら、相応の報酬は払いたいけど、これなら、山をくれと言われた方が実現可能だ。
「あのさ、何で私が妹の婚約相手を君に根回しするように頼んだかというと、人脈がないというか、弾かれ者だからなんだけど!?君も分かっているよね!?」
むしろ、何故分からない。
ザザが起こした事件は、簡単に言うと暴力事件だ。
それも、有力貴族の嫡子達に魔術を使い、馬乗りになり、鼻血が出るまで殴った。
当然だが、貞淑な淑女としての品性と知性は皆無とされ、
当然だが、貴族社会から締め出され、
当然だが、嫌煙されている。
勿論、暴力を振るう令嬢は社交も結婚もできないし、歴史あるグローダル侯爵家の家名を汚したことで、貴族の友人はロウ以外誰もいなくなった。
この事件はロウも当事者であり、状況はロウもよく知っている。
「伝手がないのは俺のせいだ」
「何回でもいうけど、この件は君のせいじゃない」
ザザは肩をすくめた。
別にきっかけがロウであっただけで、殴ったのは私だ。
ロウのせいじゃない。
ロウが確固たる地位を確立した今でも、私のいうことをきき、気にかけ続けるのは、私が起こした暴力事件に責任を感じているからだ。
「君のせいじゃないけど、私に伝手がないって分かっているなら、何で私に頼むのさ!」
「ザザがいいから。
ザザは俺を知ってて、俺もザザを知っている。
だから…………」
ザザは再び黙るロウを見て、「なるほどな」と頷いた。
「分かった」
「………え?」
「うん、苦手だけど、やってみるよ。
君に相応しい相手を客観的視点から厳選すればいいんだよね?」
「……………」
確かに、ロウとロウの家族の確執や関係性もよく知っているし、付き合いの長さでは右に出るものはいない。
真面目で、天然で、無口で、人見知りの天才だ。
綺麗なお嬢さんがいっぱいいる中で、どの人がいいのか分からなくなっているのだろう。
全くもって贅沢な悩みだが、天が二物も三物も与えているのだから、多少の嫌みな天然くらい致し方無いとしよう。
「自信はないけど、努力はしてみる。
それに、君が家族を持ちたいって思うのはとてもいいことだ」
「………」
ザザは立ち上がり、ロウに手を差し伸べる。
ロウは、差し出された手を掴むとゆっくりと立ち上がった。
「ロウ」
「…うん」
「君にかけがえのない人が出来るよう、努力するよ」
ロウは相変わらず無表情だが、私は優しい幼馴染の素晴らしい結婚相手を探すことを心に誓った。