虚空の闘い
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温まったスープをスプーンで口に運ぶと、口中にオニオンの風味が拡がった。俺は、黙って食卓に座りながらも、腰のレイガンの安全装置は外していた。
「ヒロ、連絡をくれなかったから、心配してたんだよ」
向かいに掛けた母さんは、言う。片方の眼は白内障で少し濁っている。ほうれい線は深く刻まれ、丸まった小さい上半身は年齢を感じさせる。カーディガンの袖をいじりながら、ため息をついていた。
「この星は、これからどうなるんだい?」
そういって俺の顔をのぞきこむ母さんに、俺はなんと答えてよいものか。
「ゾディアの自由都市はなんとか持ちこたえてるよ」
ゾディアが崩壊するのは、時間の問題だとは言わなかった。事実を言っても、母さんを悲しませるだけだ。
スープを飲み終わった俺は立ちあがって、母さんの両手を握りしめた。
「母さん、ありがとう。俺は行くよ」
母さんは何か言いかけたが、黙って頷いた。
部屋を出て、ゴーグルを装着して、遊歩道を歩くと、宇宙挺が見えてきた。乗り込む寸前、機体の下で『影』が動いたのを俺は見逃さなかった。相手の動きは、ゴーグルの中では緩慢に見える。ゴーグルのなかに銃と連動した緑の十字線が見える。相手が十字線にロックされた瞬間、銃のトリガーをひいた。
銃口から輝線が延びたのと同時に、影は、ボッ、と瞬時に炎に包まれて、灰になった。
「4ポイントの加算だ」
ゴーグルに埋め込まれた通話装置から指令センターの声がした。
次元のスリットから忍び込む影は、この世界への侵入者だ。世界のすべてが影に侵食されるまえに、それが難しいことだとしても、やつらの中枢を倒さなければならない。
与えられた束の間の休息が過ぎると、俺は再び闘いに戻った。
タラップに足を掛け、宇宙挺に乗り込むと、コクピットのスターターの表示画面を触れる。ディスプレイの照度が明確になり、エンジンは咆哮した。
上昇速度が早いので身体に容赦なく負荷がかかる。
風防の外に拡がる視界は、青い大気層から漆黒の空間へと移り変わった。
姿勢制御ロケットが噴射され、宇宙挺は脱出速度に達した。
機体の後方をとらえたコクピットの画面には、惑星ゾディアの大地が映っていた。地表にかぶさる雲海の白さが目にしみる。
「宇宙挺7号、聴こえるかね? 補給エリアに敵の船が確認できる。そちらからの射程内だ」
指令センターの通話内容はコクピットの画面でも確認できた。ディスプレイの光点をタップすると、外宇宙航行用の敵宇宙船のデータが表示された。
母船となって戦闘用宇宙機を格納しているタイプの船だ。空間にあいた次元スリットから侵入してきたのだ。白く浮かび上がった船体がディスプレイ中央にロックされた。俺は、コントロール・スティックのボタンを指で押した。
宇宙挺の胴体から発射されたレールガンの弾丸が高速で空間を突き進む。ディスプレイ画面に白い閃光が映り、敵の船体は、中央部分で裂かれ、構造材が四散したのが認められた。
「40ポイントが加算された」
落ち着いた抑揚で指令センターの声が告げた。
そのとき、破壊された船の内部から一機の敵の宇宙機が飛び出してきた。ディスプレイの中で飛翔体はまっすぐにこちらに向かってくる。距離が縮まる。
「ヒロ」
声がした。
「母さんだよ。おまえが心配なんだよ。無益な闘いはやめておくれ」
そんな筈はなかった。あれは敵の宇宙機だ。
「ヒロ、私の声はわかるだろ?」
ちがう・・そんな筈はない! あれは影だ! 機影はディスプレイ画面のなかで大きく膨れあがった。
「ヒロ・・・」
ちがう!
俺はコントロール・スティックのボタンを押した。
レールガンから弾き跳ばされた弾丸が宇宙機を直撃した。閃光と同時に機体の破片が宇宙空間に四散した。俺は、身体中からふりしぼった叫び声をあげた。
そこで感覚が遠のいた。
シミュレーターのカヴァーを二人の白衣の技師が開けると、内部の被験者はシートに座って、うつろな意識で何かつぶやいていた。ゴーグルをかけた、その被験者の男性の額には、シミュレーターから伸びた何本ものコードがつながれた樹脂製の端子が装着されていた。複雑な配線は、室内の中央に設置された制御卓に結線され、電気信号を被験者の大脳に送っていた。
白衣の医師が被験者の袖をまくると、腕に睡眠剤を注射した。
「すぐに薬の効果があるはずです。目覚めたあとは応対は普通にできます」
医師は、一緒に被験者の顔をのぞきこんでいた所長に言った。
「かなりの負荷がかかっていると思うが、あとで心理的リバウンドがあるのでは?」
所長は、そう訊きかえした。
「ケアのプログラムはすでに作成してあります。この被験者は理想的です。シミュレーターが与えたストーリーに対する反応も円滑です。こちらで与えた報償としてのポイントにも充分反応しています。ご覧下さい」
そう言って、医師は、制御卓のディスプレイ画面を所長に示した。画面には、波形と数値が表示され、被験者の意識がモデル化されていた。
医師が言った。
「迷い、不安、懐疑、そうした否定的な心理状態が時間経過とともに克服されているのがわかります」
「この試験モデルが」
所長は、被験者の入ったシミュレーターに目をやり、
「量産型に移行できれば、兵士を短期間で育成できる。軍の要求に応えられる理想的なシステムだ」
と話した。
闘いから開放された被験者は、シートで寝息をたてていた。シミュレーターのカヴァーには、多国籍企業ゾディア社のロゴマークが表示されていた。
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