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アレックスとメディエット

 紹介状を読み上げる声は低く、その異様な雰囲気をリリーも感じ取ったようだった。

「旦那さま。あまり良い顔しませんねぇ」

「魔鉱機士って、あまり好きになれないんだよね。トールさんの前歴もあるし」

 唇に人差し指を当て、リリーは甘い声を炊いた。

「ほら、あったじゃない。銀行に強盗が押し入った時。あれどうなったっけ?」

「確か、トールさんが銀行に向けて巨大なハンマーを振り下ろしました」

「それで?」

「巨大な落雷が銀行を木っ端みじんに吹き飛ばしましたね」

「酒場の乱闘騒ぎの時はどうなったっけ?」

「瓦礫の山になっていましたね。あの人喧嘩強いですから。」

「そう、それ。あの人たち粗暴なんだよ。協会から修復用の魔鉱機を借りれたからよかったけど。それでも三日間は営業ができなくなって、苛立ったオズワルドさんがなぜか僕に拳骨くらわすし……」

 広大な土地の管理、さらには一般市民に平和な生活を提供するという役目を背負っているアレックスにとって、無法者の次に魔鉱機士の存在は問題の種となっていた。今回のようにマジェスフィアの不正利用があるために機士の存在は欠かせないのだが、大規模な事件の都度、傷口に塩を塗るような振る舞いをされていたアレックスは、魔鉱機士にあまり良い顔をしていないのだ。

「所でリリー。僕の部屋に何をしに来たんだい?」

「そうそう。お客さんがですねぇ――」

「客人!?」

 その言葉に驚くアレックス。閉じることなく開け放たれたままの執務室の扉から、一人の少女が顔を覗かせていた。

「なんだ 執務室に来たのに使用人しか居ないじゃないか……。おいおまえ達。アレックス市長をしらないか?」

「――なっ!!」

 その少女は何かを探すかのように、清らかな青い瞳をキョロキョロと動かし、赤い絨毯の上に静かに足を踏み入れた。彼女の姿を目にした瞬間、これまで悠然と椅子に座っていたアレックスは、我を忘れたように両手で机を叩くと、鉄面皮を崩すことのない少女へ向け人差し指を突き付けた。

「キサマ――ッ!!」

「んっ? おまえは」

 アレックスは、彼女の顔を知らない。だが、その声の調子と、目立つ茶色いマントに身を包んでいる様子から、それが昨晩、酒場でイカサマをした、異な、自分を突き飛ばした相手であると、推測するには十分だった。

「旦那さま、知り合いなんですか」

「……旦那?」

 リリーの言葉に感情を取り入れぬ少女の表情が少しばかり曇った。

「あぁ、僕が貴様の探しているアレックスだ。そして貴様、誰の許可を得て館内に足を踏み入れている!」

 勝ち誇った表情に語気を強め、アレックスは目の前の少女を怒鳴りつける。隣では仕事の取り次ぎを失敗したリリーが急にヨソヨソしく振る舞い出していたが、そんな事を気にする素振りを微塵も感じさせずにアレックスは言葉の火の粉を注ぐのに夢中だ。

 私怨を果たす為の爆弾と化したアレックス。導火線の火は猛スピードで突き進む。だが、そんな燃え盛る感情の火を消したのは、扉の奥から聞こえてくる、老人の渋い声だった。

「アレックス。館内への進入は私が許可を出した。本来なら私も一緒に上がるべきだったのだが、如何せん歳なもので階段はキツイのだ」

「ラッ……。ランディス……。」

 片手で杖を突き、廊下の陰からゆっくりと現れた老人の姿に、アレックスの顔が急激に色を失った。ただ今まで固く伸ばしていた指は震えを伴い、弧を描いて弱々しく折れ曲がる。肉体が不安定になり、アレックスはどさっと椅子に身を預けた。

「すまないなアレックス。出迎えてもらうようにとリリーに頼んだのだが。でかい音がした後反応がなかったもので――」


 アレックスがこの街で最も畏怖する人物、ランディス。それは、マジェスフィア協会の支部長だ。彼は魔鉱機という力、その危険ながらも必要不可欠な力を一手に握る唯一無二の存在であり、アレックスにとっては避けることのできない人物だった。


 マジェスフィア協会は、この街にとって、秩序と安寧を維持するための抑止力となる存在である。その力を持つ者たちは、時に破壊と混乱をもたらすかもしれないが、その一方で、彼らがいなければ、街は治安を維持するための力を失ってしまう。


 ランディスはその中心であり、彼の管理下にあるマジェスフィアという力は、街の秩序と平穏を維持するための最後の砦なのだ。その力が危険なものであることはアレックス自身が痛いほど理解しているが、同時にその存在なくしては街の安寿を守り通すことは不可能であるとも認識していた。


 そう、アレックスがランディスを畏怖するのは、そのような彼の役割と、その役割に伴う絶大な力に対する敬意からだった。ランディスがこの街の最高権力者である以上、アレックスはその力と役割を認め、尊重しなければならないのだ。そして、それはアレックスが街の平和を保つために避けては通れない道に他ならなかった。


「……それで何の用なんです?」

 眉間に指を押し当て、心の中で呟く。既に、ランディスが持ち込んだ問題について察しがついていた。もしアレックスの推測が当たっていれば……。

「紹介しよう。行方不明になったトールの代わりに派遣してもらったんだ。メディエット・ダナン。機士階級は最下位だが彼女の能力であれば、君の期待にも応えうるだろう」


――やっぱりか……。


 アレックスの心の奥底で叫びが鳴り響き、メディエットの鋭い視線が心を突き刺す。


「ランディス支部長。彼がこの街の市長ですか? その……。なんというか……。子供です……」

「まぁ。驚くのも当然だろうなぁ。何たって他の街では還暦間近の領主が一般的だからな。まぁ、選挙で選ばれた存在故、そう邪見に扱わんでやってくれ」

「――えッ!! 選挙とおっしゃいましたか。 こんな子供選びますか……。普通……。」

「子供で悪かったな」

「旦那さま落ち着いて。深呼吸、深呼吸です」

 新たな来訪者たちにアレックスが顔をしかめると、リリーが両手を振ってアレックスを宥める。アレックスは自分を取り巻く状況に沈鬱な表情を浮かべ深いため息をついた。

「ランディス自ら僕の公邸に来るなんて、今回の事件に使用されているマジェスフィアの大体の目星が付いたって事で良いんですよね?」

「あぁ、その通りだ。そして君が想像するように相当危険な代物なのだ。だから事件の概要を説明しようと思い立ち寄ったんだがな」

 杖を軽く床につけながら、ランディスは安堵の表情を浮かべる。

「ただ、ここでは設備も不十分。外に馬車も用意していることだし、支部まで一緒に来てくれるかねアレックス」

 結局協会の支部へ赴く事になるのなら直接呼びつけてくれれば良かったのに。内心でランディスの招集方式を批判しつつも、アレックスは仕方なく執務室の窓から外を眺める。窓の真下、豪華な玄関ロビーでは待機する二頭の漆黒の馬たちが、四輪の車両を引く準備をしている。その隣で、小柄な運転手が馬車の一部に片手を置きながら退屈そうに遠くを見つめていた。その馬車、通称キャリッジは大型で屋根付き、軽量化のため軽い金属を使用し、優れた耐久性と速度を持つ個人用の高級輸送手段だった。


「事件の調査を手伝ってもらう彼女に街を案内していたんだ。現場の地理が分からなければ、うまく動けんだろ? そして、自己紹介もかねて君の公邸に寄ったというわけだ」

 ランディスはアレックスの無関心な視線に反応して自身の意図を説明した。



今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


それらの評価は、私の創作活動への大きな励みとなります。

どんな小さな支援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


これからもよろしくお願いします。


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