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市長

――アレックス市長は全く市長らしからぬ人だ。なんたってその見た目が可笑しい。高く年齢を見積もったって十代の中頃が良いところ。だが、実際の年齢は十を少し超えたばかりだ。それでいて市長の職務に付いてる、別に働きに不平不満があるわけではない。むしろ不満を抱かなければいけないんだ。まだ年端もいかない少年なのだから。市長職に就いているなどありえない。


 ――だが、その働きは優秀で、彼の下に付く我々警官隊は複雑な事件に困惑することがない。殺人、強盗、誘拐、どんな事件であれ、事がこじれそうになったら彼の元へと駆け込むだけで良いのだ。それから数時間後には、もはや迷宮としか呼べない事件が、綺麗に解決されている。

 ――特殊な力を振るっているという噂がある。だが、能力が卓越しているからと言って彼を特別扱いするのは間違っている。年下の人間に敬語を使うことの難しさをもっと理解してもらいたい。この街にはもっと適任がいるのだから。


「あっ!ベイカー巡査、お元気ですか? お怪我はありませんか?」

「アレックス市長、やっと来られたんですね……。待ちくたびれましたよ……」

「ごめん、ごめん。酒場でオズワルドさんが突然狂ったことを言い出してさ。そのせいで時間かかっちゃった。まだ耄碌するには早いっていうのにさ」

 アレックスの無邪気さと飄々とした態度に対して、ベイカーは言葉を失った。

 それだけではない。ベイカーの心からの叫びを聞きつけて駆けつけた街の警官達は、アレックスが事件現場に足を踏み入れた瞬間から小声で話し始めていた。彼らが大通りで円陣を組み、その一点を取り囲んでいる様子、その表情は一様に重苦しく、失望感がその顔を闇色に塗りつぶしていた。


「酒場の中でキミの声を聴いたよ。キミの言っていた『ジョーカー』っていうのは何処にいるんだい?」

「……こいつですよ」

 ベイカーは未だに震えが収まらない人差し指で地面を指差した。その指の先、抉るような大穴の脇には、一人の死体が横たわっていた。

「ベイカー、キミがやったのかい?」

 顎に手を添えて答えるアレックスの表情が一瞬だけ険しくなった。

 地面に血は流れていないものの、綺麗に切断されて4つに分かれた哀れな男の死体がそこにあった。鮮血を流さない硬直した死体、鼻を突く異臭、恐怖に満ちた顔。市長とはいえ、凄惨な光景を幼いながらに見せつけられたのだから無理もない。それまで顎に添えていた手を静かに下げたアレックスは、周囲の警官隊の顔色をじっと見つめた。そのひとつひとつの表情から、彼自身あるいは彼らの仲間の誰かがこの死体を切り刻んだのではないことを、アレックスはすぐに理解した。

 ただ、問題は誰かというよりもその方法に思えた。

「ベイカー巡査。これはいったい、誰の仕業ですか?」

「えぁっ! アレックス市長殿。マジェスフィア協会に増援を頼んでいたんじゃないんですか?」

 ベイカーのその言葉を聞いて、アレックスは深いため息をついた。

「つまり、協会お抱えの機士ということですね」

「はぁ……その通りですが」

「それで、その機士は僕の街で兵器を使ったんですね。僕の許可もなく」

 アレックスは語気を強める。

「えぇ。ご覧の通りですよ」

 ベイカーは力不足を嘆きながら、示すように両手を広げた。

「それで……。ベイカー巡査。噂の機士は何処へ行ったんです?」

「それがですね。市長が来るのを待てといったのですが、『協会に用事が出来た……。市長の公邸には翌日伺う!』と言って去っていったんですよ。あの人、話きかなくって」

「支部ですって!!」

 アレックスは驚きを隠せずに大声を上げた。

「やはり、無謀ですかね」

「無謀なんてものじゃないでしょ! 山道だけでも5キロあるんですよ! それに夜! 舗装されているからって、あんな暗い道遭難しちゃうよ……」

「……そうなんですがね。でも機士ですよ」

 ベイカーの言葉がアレックスに刺さる。

 特殊任務のために厳しい訓練を受けた魔鉱機士であれば問題ない。そう、アレックスは確信していた。彼ら機士たちは常人を超えた体力と技術を持ち、困難な状況においても冷静に任務を遂行できる者たちだ。むしろ、姿を消した機士の言葉を盲目的に信じ、後を追った結果自身が遭難するのでは話にならない。今はこの場に集まる警官たちの安全確保と治安維持を最優先に考えるべきだ。

「魔鉱機士は放っておきましょう。野良でも死にませんよ」

 アレックスは皮肉混じりの言葉を吐き捨てながら、命令を連ねる。

「ここの区画は規制線で封鎖――」

「――すでに対応済みです!」

「一般市民の避難誘導は?」

「もちろん、完了済みです!」

「周囲の見回り強化はどうです?」

「すでに対応しています!」

「皆さん、手際がいいんですね」

「本職でありますからッ!!」

 そういって、アレックスの前に立つベイカーは、堂々とした敬礼の姿勢を見せた。

「じゃあ、回収した死体は病院へ運び、検死解剖を行って『マジェスフィアの特性解析を依頼してください」

「了解しました」

「僕は公邸に戻って協会からの連絡がないか確認してみます。『ジョーカー』を騙る悪党はまた出没するかもしれません。くれぐれも気を付けてくださいね」

「はっ……えっ!? もう帰るんですか?」

「だって僕の本職は市長だもん。公邸にもどったら、山のような資料と格闘しなくっちゃいけないんだ」

「はぁ……」

 ベイカーからは深いため息がほとばしった。

「あっ、そうそう。聞き忘れていました機士の人、女の人でしたか?」

「……女です。というよりもまだ若い……少女かと」

「そっか、じゃぁ少し荒れそうだね。ありがとうベイカー巡査」

 「少女」という単語がベイカーの口から漏れた瞬間、アレックスの頬がわずかに引きつり始めた。彼の表情からは何か特別な感情が伺えた。少女との関連性か、それとも何か深い因縁か。ベイカーが詮索するのには十分な材料だった。

 そして、去っていくアレックスの幼い後ろ姿を、ジットリとした眼差しで観察するベイカー。その目は何かを問いかけているようでもあった。その様子を見て、隣に立つ警官の一人が舌鋒鋭く声をかけた。

「物好きだよな、うちの市長は。特殊な事件現場にはいつも顔を出してきやがる。どこで情報を仕入れているかわからないけどな。」

 ベイカーはその声に頷きつつ、続けざまに別の警官から指示を受けた。

「おいッ!! その無駄口を叩く暇があるなら、死体をさっさと馬車に積んでくれ。通行人に見せるわけにはいかんだろ?」

「あっ、それ、俺やります。」

 そう言ってベイカーは死体の傍まで素早く駆け寄った。だが、その場にいた共に任務を遂行する警官たちは、皆気が付いていないのだ。この荒れ狂う状況の火付け役が、実はベイカー自身だという事実に。彼の深淵に等しい瞳の奥には、静かに息づく狂気が、微細な病原体のように彼の心を侵していた。



今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


それらの評価は、私の創作活動への大きな励みとなります。

どんな小さな支援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


これからもよろしくお願いします。


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