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ポーカー②

「待ちなよ――」

  カウンター席から響き渡る声が客人を呼び止める。豪快なフードマントが客人の顔を巧妙に隠しており、その表情を窺い知ることはできなかった。だが、唐突な声に反応し、客人のマントが一瞬、幅広く揺れた。その揺れは、不快な声によって一時的に立ち止まった客人の感情を如実に物語っていた。

「――おいおい。何を言うんだ? 私がイカサマをしたって言うのかい?」

「あぁ、イカサマだ!!」

 客人を呼び止める声。だがマスターの声とは違う。どうやらその声は、カウンター席に座る内の誰かが発したものだった

「非礼な奴だな。おまえ。イカサマってんならその場で捕まえなければ証拠なんて残らないのに。後々勝敗にケチをつける事なんて誰にだって出来る。そう思わないのか?」

客人は両腕を広げ、驚くほど横暴な言葉を吐く輩を睨みつけるために、ゆっくりと身を翻した。そして、視線の先の男へと研ぎ澄まされた眼光を向けた。


 男は、ワイングラスに細長いストローを突っ込み、赤い液体を気取って吸い込んでいた。客人がその飲み物が純粋な葡萄酒だと思わなかったのは、その男が明らかに未成年にしか見えなかったからだ。さらに、その少年の服装は、旅行者たちが集まるこの街酒場で一際異彩を放っていた。

少年は皺ひとつないスラックスを履いており、純白のYシャツに羽織る黒いベスト、彼の左胸には一匹の黒猫が踊るかのように描かれた金枠のブローチが光る。

 その小さな体躯は、先ほど円卓を囲んでい "ゴロツキ" にでも絡まれたら、たちまち捻じ伏せられてしまいそうだ。

来るところを間違えてるんじゃないのか? 酒場に入った客人は、この少年が浮き立って見えて、何かがおかしいんじゃないかと思い始めた。

 でも少年は、そんな客人の予想をばっさりと切り捨てて話し始める。

「勝敗もなにも、あんたの役じゃ勝負が成立しないんだ」

「ハァッ? ふざけているのか?」

「だってさぁ、オズワルドさん。この街のトランプデッキにジョーカーなんて1枚も入っていないんだから」

少年はマスターをオズワルドと親しげに呼ぶと、少年の後ろに立つ初老の男は小さく相づちを返した。

「それでも、役を見せられた直後にそれを確認しないのはマスターの責任だろう? ゲームのルールを確認せずに進めるのは店の責任じゃないのか!!」

「君は旅人だろ? なら初めにその街のルールを確認するべきじゃないかな?」

 少年は軽くそう言って、席を立った。

 そして、怒りに震える客人の隣まで歩み寄り、客人の揺れ動くマントに手を伸ばした。

 その瞬間――

「――ヤバイぞ!! ジョーカーだ!! 『ジョーカー』が現れた!! 市街地で暴れまわっているぞ!!」

「「――!?」」

 突如酒場を満たす外からの叫び声。

 だが、少年は酒場の中へ入る外界の喧騒に耳を傾けるよりも、ポーカーでイカサマをした客人のマントを掴む事を優先した。純粋なる正義感から来る行動に、つぶらな瞳を輝かせて。そんな、少年の行動をうっとうしいと客人が思ったのは、当事者であるはずのマスターが黙り込んでいるからに他ならなかった。

「手を離せ……」

 その細い声と同時に、客人のフードがふわりと揺れた。その隙間から、透き通るような金色の髪と、星のように輝く青い瞳が見えた。

「……えっ?」

 酒場の出入り口へと一度だけ大きく身体をねじった客人。しかし、未だにマントから抜け切らない子供の体重にすぐさま向きを戻し、今度は大きく声を響かせた。

「離せと言っているんだ!! 聞こえないのかッ!!」

 少年の表情が驚きに変わった。

 客人は、少年の反応を意に返さず、フードマントの切れ目から白い足を伸ばし、少年の足元に強く踏み込んだ。そして、振り上げた足は稲を刈るように少年の片足を床から引き剥がすと、流れる動作を止めることなく、マントを掴む腕を払いのけ、バランスを崩した少年の胸部に強烈に肘を打ちつけた。

「――ッ!」

 思わず軽く、そして勢い良く中を舞う少年の肉体。

 少年は自身が何をされているのかもわからず、気が付いた時には既に胴体を背中から、酒場のカウンターに打ち付けていた。。

 思わず意識が飛びそうになる中、少年はブーツの踵が木の床に打ちつけられる音を耳にした。

「――ッ……タイッ!!」

「おいアレク。アレックス。怪我をしていないか?」

「痛い!! 痛いって!!  背中を机の角にぶつけたんだよ!! ケガしてないわけないってッ!!」

「そうか? 案外大丈夫そうだがな……」

「うそっ! 本当は背中に机の角が刺さったままで、傷が深すぎるから痛みを感じないとか……」

 アレックスと呼ばれる少年は、背中を両手で押さえる素振りこそ大袈裟だったものの、オズワルドの言葉通り怪我はしていないようだった。


「それよりオズワルドさん!! 見たんだよ!! あのフードの下に隠れていた真っ白な顔を!! あいつ女だったんだ!!」

「なんだ、おまえ声で気が付かなかったのか、アレク?」

「えっ?」

 自分より先に事実を把握していたオズワルドに、アレックスは驚きの目を見せる。

「わからんものだな、すり替えるうまさに言葉を無くしてしまった」

「だからって不正にかわりないですよ。なんで止めようとしなかったんです?」

「腰に物騒なものををぶら下げていた。あれは剣の『マジェスフィア』か。おまえは運が良いな、一歩間違えれば細切れだったぞ」

 渇いた声でオズワルドは言葉を続ける。

「それに今回は私も運がいい。なんたって、都合よくお前がこの場所にいて、しかもイカサマ女を取り押さえようとしてくれたんだからな」

 飲食代を踏み倒されているのに、オズワルドはニッコリと微笑んでいた。その微笑みを見て、アレックスはぞっとするような感覚を覚えた。

「さて、どうやら『ジョーカー』が街を荒らしているらしいからさぁ、ちょっと僕も見てくるよ」

「アレク、待ちな。店を出る前にお代をきちんと払ってから行ってくれ」

「……ずるいよ。旅人の『マジェスフィア』なんかに怯えちゃってさ。僕だって『マジェスフィア』持ってるのに」

「おまえが一人じゃ何も出来ない事を俺は知っている」

 オズワルドの言葉に促され、アレックスは財布を取り出すと、一枚の紙幣を引き抜き、カウンターテーブルの上にそっと置いた。

「はいっ、葡萄ジュースの代金」

「足りないなぁ」

「えぇっ! いつ値上げしたのさ!」

 オズワルドの言葉に、アレックスは眉をひそめる。

「お前の分は一枚で十分だがな、逃げて行った旅人の分を入れると、もう十枚必要だ」

「なんで僕が……」

「被害届は役所に提出すればいいか? 無駄な仕事が増える分、今払った方が良いと思うがね」

 それは理不尽な話だった。

「ってか高すぎでしょ? あの女どんだけ酒飲んだんだよ!! あげくの果てに酔っぱらってイカサマってさぁ!!」

「それは少し誤解があるぞ」

「そうだ、そうだ、僕が払うなんてやっぱりおかしい!!」

「――あの女。大食漢だったんだ。酒の代わりに高いパスタをがっつりと食べていきやがった」

「って、そっちですか!」

「あぁ、こっちの話だ。酒は一滴も飲んでいかなかったよ。お前と同じ未成年なんだろう、飲み物はミルクしか飲んでない。初めから踏み倒す目的で賭博の効く俺の酒場を選んだんだろうよ」

 オズワルドの言葉に、アレックスは少し頬を膨らませた。

「だけどオズワルドさん。僕、お小遣いが少ないんだよ」

 オズワルドは一瞬、驚いた顔を見せた後、大笑いを始める。

「ハハハハッ。 何を言っているんだアレク。お前はこの街の市長だろ? 市長がそんな素寒貧なわけないじゃないか」





今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


それらの評価は、私の創作活動への大きな励みとなります。

どんな小さな支援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


これからもよろしくお願いします。


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