監獄①
グリードリバーで使用されたマジェスフィア『ルールブック』は、もっとも忌み嫌われるものだった。すべての機士の能力を奪い、新たな制約を行使する。そして、加えられた制約は、この土地で力を行使するもの達に確実な死を与えていた。
マジェスフィア協会の反乱分子が始めた戦争は、機士の存在を揺るがした。彼らは禁忌とされていたマジェスフィアを起動し、ごく少数ではあったが、大勢の機士をこの世から葬り去った。そんな戦いの中に一人の少女はいた。
――3年前
青白い爆炎に飲まれて消えゆく一人の女性の後ろ姿を見つめながら、少女は声の許す限りに叫んだ。その言葉がもう届かないことを理解していても、叫ばずにはいられなかった。炎に飲まれて消えていく姿、二度と戻らぬ戦友との永遠の別れに、頬を伝う涙は白銀の地面へと落ちた。そして、地面に拳を打ちつけた。白い砂が飛び散り、鮮血の触れた大地は深紅に色づいた。
グリードリバー、戦闘が常となったこの土地では、ほんの一瞬の気の迷いが命を奪う。それは泣き崩れる少女も例外ではなかった。「私が気がつけなかったから、少しでもあの人の足を止めてしまったから。だからあの人は私を庇う為に――」
無力感に打ちひしがれ、少女は弱々しく顔を上げた。
白銀の世界に現れた黒い人影が、無言で少女の目の前に立ちはだかった。むろん、少女の命を奪うためだ。その人影の手には、黒い銃が握られ、冷たい指が引き金にかかっていた。
「やめて、それを使ったら。あなたも死んでしまうわよ――」
この土地で敵の声に耳を傾けるものなどいない。心からの忠告すら霞に消え、躊躇もない冷たい指が、黒い引き金をゆっくりと押し込んだ。
直後、青い炎が引き金を引いた者から吹き上がった。
「だから……。いったのに……。どうして、誰も聞いてくれないの……。」
青い炎はやがて破壊の衝撃と共に炎の牢獄を作り、少女を飲み込んだ。無力な結末に膝をつき、炎が大気を焼き尽くす中で少女は、自分の死を覚悟した。
そんな時だった。大カラスの羽のように巨大なコートを着た大男が少女の前に立ちはだかったのだ。
「あなたは……誰?」
少女のか細い声など、男の耳には届かないようだ。男は羽のようなコートを炎にさらしながら、強く叫ぶ。
「――ジョーカー――それが名だ――。一次的に――、全ての者を蘇らせる。ああ、ここで死んだもの全てだ」
少女の前で男はそう名乗りを上げると、一枚のカードを取り出した。大火が迫りくる中、漆黒のコートで炎をはじき飛ばし、取り出したカードを前方に突き出す。その動作に呼応するように、周囲を取り囲んでいた青い炎は人の姿を取り戻すように形を変え、閃光と共に消え去った。そして、炎が消えると同時に、少女は地面に倒れ込んむ、安らぎに包まれた表情を浮かべながら――。
「……ここは?」
深い夢の中で、今はもういない戦友の声を聞いた。グリードリバーで青い炎に焼かれ消えた者たちの声。懐かしい響き。
「……屈辱だ……。情けをかけられたのか……」
メディエットは頭痛に揺らぐ頭を持ち上げる。そして、まだぼんやりとした視界で周囲を見渡した。
周囲は洞窟のように薄暗く、四方は石壁に囲まれていた。しかし、明かりは確実に差し込んでいた。真上を見上げれば、青い空と太陽の陽射しが見えた。メディエットは自分が幽閉されているのか気になった。
ズキズキと軋む身体は、持ち上げる度にガラスで引き裂かれたような激痛が走り、そのつど苦痛に顔を歪ませる。腰を曲げて体を起こすと、それまで身体を覆っていた白いシーツが軽く音を立てて床に落ちた。
それによって、メディエットは初めて自分が素朴なベッドの上に寝かされていることに気が付いた。ベッドは木製の骨組みと木の板で作られており、寝そべっていた木板には赤黒い血痕がべっとりと付着していた。嗚咽を覚える色に、メディエットは自分の身体を確かめた。
『クロンダイク』の雷撃を受けたような気がした。それゆえ、自分の身体が原型をとどめていることに驚いたのだ。むろん、体力には自信があった。機士になって以来、毎日重い双翼剣を腰に下げて走り回っていたのだから。他の女性と比べても、さらに男性と比べても、自信を持って戦うことができる。しかしその自信も、トールという同じ機士に打ち砕かれた。
悔しさに滲む表情を浮かべ、メディエットは自分の身体を確認する。体にできた擦り傷を触るたび電流のような刺激が体中を駆け巡り、自身の骨に大きく亀裂が入っていることを痛感した。しかし、外傷はそれほど深くない。それだけでなく、体中にできた浅い傷跡には、薬を染み込ませたガーゼがきちんと巻かれ、包帯で固定されていたのだ。とても、素人の手当てとは思えないほど丁寧な応急処置の後。しかし、一人きりの部屋で閉じ込められ、傷を手当てしてくれた人物を特定することは難しかった。
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