死闘②
――この男にだけは負けたくない。誇りを捨てた者にだけは……。
メディエットは、揺れ動く心情を即座に抑え込み、大地に沈んだ双翼剣を引き抜くと、今まで身に纏っていたフードマントを前方へと投げ飛ばした。できるだけトールから自身の姿を隠すように、大きく広げて放ったのだ。
その挙動と同時に、踏み込む足に力を込め跳躍。フワフワと宙を舞うマントを双翼剣で十字に切り裂いた。だが、歯ごたえは無い。
「浅知恵だな。目くらましとして逃げた方が、まだ利口だったぞ」
「クッ。これで良い! 長竿は近距離で使えまい!」
瞬時に踏み込んだ事で、トールとの距離は縮まり、メディエットの剣は、突き出せば直ぐに肌を刻むことが可能な位置にまで達していた。長竿の鉄槌は至近距離の攻防には不向き。フードマントを敵に投げつけてまで接近したのは、それが計算済みの策だったからだ。
加えて、双剣は近距離戦において最も適した武器だ。連続の攻撃は、戦闘に長けた者でさえも簡単には避けきれない。メディエットは、右肩から響く苦痛を無視し、一撃、さらに二撃と、躊躇なく斬撃を繰り出した。しかしながら、トールはメディエットの遅鈍な動きを瞬時に察知すると。半歩踏み出し、ほのかに青く光る刃が身体の横を通り過ぎるのを待ち、メディエットの無防備な脇腹に向けて強烈に膝を打ち込んだ。
「――ッ」
「浅いと言っているのだ。長竿は近距離に弱い、だから近距離戦の体術を身につけるのは必然な事だ」
腹が焼き付くような衝撃に、メディエットは地面に両手を着いた。乱れる呼吸を整えようとも肺に空気が入ってこない、身体を支える両手は徐々に力が失い、代わりに痺れを増していく。
今にも気を失ってしまいそうなメディエットの姿に、トールは数歩後ろに下がると、両手に持った鉄槌を垂直に掲げ、弓のようにしならせた。
「消え去れ、我が盟友の雷に倒れるが良い」
その無慈悲な一撃は大地を粉々に打ち砕く。
メディエットは、まだ残るわずかな力で飛び跳ねるとトールの足元に倒れ込む。
直後、頭上から降り注ぐ無数の落雷により、地面は巨大な生物が蠢くかのように隆起し、衝撃により生まれた噴煙が雲のように土砂を巻き上げた。
落雷のごとき響きが数度にわたり空間を突き抜け、耳を裂くような轟音が広範囲を覆い尽くした。大砲の砲弾が目の前で炸裂したかのような衝撃に、メディエットは地面に張り付き、なんとか耐える。
トールの足元に飛び込む際、握力の弱った右手からこぼれ落ちた双翼の片割れは、爆発により生み出された突風に乗って遠くへ飛ばされ、金属の高鳴りを遠くで響かせる。共に戦うはずの剣を失い、荒波に揺さぶられる小舟のように転がりながらも、メディエットは雷撃の終息をただ待つしかなかった。
「ほう、今の一撃を凌いだか。根性だけは褒めてやろう」
――強すぎる相手……だが、一矢報いたい……。
空間に響き渡る声に、メディエットはほんの僅かだけ顔を上げ、凛とした視線を見せた。消え去ることのない戦闘意志は、トールに僅かな緊張を与える程度だったが、それは彼にとって脅威とは程遠い。それゆえに、メディエットは必死で再び立ち上がろうとした。地面の砂を一握りにし、軋む骨と叫びを上げる筋肉に、これまで以上の力を注ぎ込む。徐々に立ち上がり、廃墟の壁に右手を添えると、荒い呼吸と共に、片翼の剣先をトールに向けたのだ。
「私は弱い……。だが、諦めない……」
「諦めないか……。グリードリバーのように、もう『ジョーカー』は助けてはくれんのだぞ」
意味深なことをいいつつ、トールは言葉を紡ぐ。
「時には。いやっ、体を残して死んだ方が苦痛になることがある。死して尚『ディ・アブロ』に操られるなど屈辱でしかないと思わないか? だから貴公を跡形もなく消し炭にしてやろうとおもったんだ。これは、機士の誇りに免じての事だ。だがソレすらも拒もうというのなら仕方ない。傀儡になりたいというのならな」
トールの声には一切の感情が入り込んでいない。淡々と残酷な言葉を口にするだけだ。
――どうやら、ファントムウッズ駐在の機士というのはこうも冷酷な人間だったのか。一般市民すらゴミのように吹き飛ばす相手、無理もない。
トールの雷撃が引き起こした破壊の範囲は、メディエットの想像を遥かに超えていた。先程まで三棟あった廃墟の1つはすでに完全に破壊され、もう1つの廃墟も内部が露わになるほどにぐしゃりと崩れていた。聳え立っていたはずの赤煉瓦の壁は見当たらず、直撃を免れた1棟のみが、2人の側面に聳え立っていた。そんな光景を眼前に、メディエットは戦慄を抑えられなかった。しかし、直後に湧き上がる怒りがその恐怖を打ち消す。彼女はトールに向かって飛び込み、その大きな鉄槌を躱しながら双翼剣の片割れを振り続けた。
――クソッ、完全に斬撃の軌道を読まれている。当たらないッ……。
死線を交える熱戦の中、メディエットはトールの動きに一瞬の遅れを察知した。それは微かな足のもたつきだ。その瞬間、彼女は瞬きすらも忘れて翼剣のグリップを力強く握りしめ、全力で投げつけた。握りしめられた剣は蒼白の輝きを放ち、確実にトールの胴体、心臓を捉える軌道へと飛んでいった。しかしながら、トールはその一撃を見越し、見事な体術で後ろに倒れ込み、直撃の剣を避ける。メディエットの放った会心の一撃は、トールの胸元を掠め、砂塵の中に消えていった。
「クックックッ。ヒヤッとさせるではないか。そんな状態で、我が盟友の攻撃を避ける貴公の胆力にも驚いたが、抜け目なく隙を付くセンス、残念だ……」
「まだ終わっていないぞッ!!」
「何ッ!!」
それは、初めて見せたトールの驚きともとれる声だった。トールは折りたたんだ胴体をすぐさま起こし、メディエットを視界に捉える。メディエットはそんなトールにへ向け猛進すると、大男の腹部に強烈な蹴りの一撃を叩き込んだ。
「……ッ」
体格差のある二人ではあったが、それでもメディエットの一撃はトールを大きく動かすに足る力を持っていた。大男はその衝撃に後ずさりし、その巨体が廃墟の壁に激突する。
「もう一撃だッ、くらえッ!!」
メディエットは容赦なく、強烈な追撃をトールに叩き込む、強大な衝撃で家屋の外壁は大きく揺れ、しっかりと組んでいた煉瓦が音を立てて崩れ始める。
「私がガムシャラに剣を振っていたとでも思ったか。その壁は、私の斬撃でもろくなっている。そして、今の衝撃で確かに崩れるようだぞ。上を見上げてみろッ!!」
変化は微細だったが、その規模は急速に拡大していった。パラパラと瓦礫が振り始め、微かな地鳴りが力強さを増していった。
「何っ……。正気か……。小娘」
言葉とは裏腹にトールは狼狽える素振りを見せない。
――諦めたのか。
そんな問いがメディエットの心を掠める。だが、その疑問すらも一瞬で吹き飛んだ。とつじょ空から現れた巨大な瓦礫が一瞬にしてトールを覆い隠したのだ。
――ガツン
あまりにも鈍く、短絡的な音。それは勝利を確信した者にとって、最も残酷な響きだった。
埋もれる瓦礫の中、猛獣のような雄たけびと共に、今までトールを覆い隠していた瓦礫が一瞬にして消え去った。それは、トールが瓦礫に埋もれる瞬間に鉄槌から放ったマジェスフィアの力に他ならなかった。
――この男、何処まで強いんだ……。
絶望に暮れるメディエットに、トールが余裕綽々に言葉を向ける。
「貴公の策は運否天賦だ。その策に我と盟友の力量が組み込まれていないのだ。街のチンピラ相手の策で勝てるとでも思っていたのか?」
メディエットは力なく両膝を地面ついた。
「勝てるわけがない……。こんな相手……。むちゃくちゃだ……。」
「フッ。諦めたか。なら先に逝く貴公にお願いだ、『ジョーカー』に伝えといてくれ。我も直ぐに行くと」
「何っ!! 『ジョーカー』だとッ!! キサマがジョーカーじゃないのか!! 答えろッ!!」
だがトールは答えなかった、ただゆっくりと戦鎚を振りかざすのみ。
「――グッ。――ッ」
雷鳴が鳴り響き、轟音が空間を揺らした。メディエットは未曾有の衝撃に身を震わせ、解体されるような感覚に襲われる。痛みが直撃し、意識は遠ざかる。空中を漂うような無味乾燥的な感覚にメディエットは身を委ねざるおえなかった。
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