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彩悠記  作者: 凪沙一人
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朱頭恋

 翌日、悠は一人目を覚ました。新婚の夫婦めおとといえども修行の場。男女で宿坊を分けられたので悠は一人部屋となった。

「これは眞鍋殿、お早いお目覚めですな。昨夜はよく眠れましたかな? 」

 声を掛けてきたのは仁慎だった。朝から元気なことに文句はないが、出来れば朝は静かに過ごしたい悠としては少々苦手だった。

「旦那しゃま、おはようごじゃいます。彩しゃまが旦那しゃまはお目覚めのはじゅだから、真希しゃんと麻芽しゃんを起こしてくるよう言われてきまひたのれ、行って参りましゅ。」

 お絲はちょこんと悠に挨拶をすると、そそくさと女性の宿坊へと入っていった。彩とお絲は仁羅と朝食あさげの支度をしていたのだろうことは容易に想像出来た。そして真希と麻芽が爆睡しているであろうことも。案の定、お絲に無理矢理叩き起こされて二人は寝ぼけ眼で起きてきた。二人とも寝起きはあまりよくなさそうだが真希は武家の娘、仕えている身としての振る舞いは出来ている。水神様の元で共に暮らしていたこともあり、お絲も扱いに慣れていた。だが麻芽はそうもいかないようだ。

「くっそ。も少し寝かしといてくれてもいいんじゃないっすか? 規則正しい生活って苦手なんすよぉ… 」

「麻芽、郷に入らば郷に従えって言うだろ。旅籠じゃないんだから諦めろ。」

 真希自身も、まだ寝足りないところではあるが、自分よりも寝起きの悪い麻芽を見ていると、そうも言っていられない気分になる。

「そうは言っても真希姐… 眠いもんは眠いっすよぉ… ん? くんくん! 」

 朝食の匂いを嗅ぎ付けて麻芽の足取りが急に軽くなった。今の麻芽には眠気より食い気なのだろう。修験道の食事なので一汁一菜の質素なものかと思っていたが意外と豪華であった。

「精進落としというやつですか? 」

 悠が尋ねると仁尼供が頷いた。

「我々は修行中の身ですが眞鍋殿は、ここでの修行を終えられた身。そのお祝いです。」

「さぁさ、遠慮めされるな。ここで精進落としを振る舞うのは久方ぶりのこと。」

 仁慎も勧めてきたが彩が首を傾げた。

「仁尼供殿、ここでの(・・・・)修行とは、どういう意味でしょうか? 」

 すると仁尼供はやおら箸を置き、あらたまった。

「星の宮の再建には暫し日が掛かるとのこと。その間、眞鍋殿には三つほど町を越えた先にある創成寺そうせいじまで行っていただこうと思っています。」

 創成寺と聞いて真希が顔を曇らせた。

「創成寺と言やぁ最近、魍魎が巣食ったって噂を聞いたぜ? 」

 真希の言葉に応えるように怒気混じりの声がした。

「だから都の禰宜に来ていただきたいのだ! 」

 不意にした声の方を見ると、そこには朱い髪に緋い瞳、紅い唇に赤い着物。丹い爪の女性が刀を携えて立っていた。

れん!? なんで恋がここに? 」

 ここに恋が姿を現した事に動揺を隠せない真希だったが悠たちには事情がわからない。彩が真希に尋ねた。

「真希さんのお知り合いですか? 」

「あ、ああ。こいつは威模様館の朱頭恋しゅとうれん。あたしの剣術仲間だ。」

 すると恋は渋い顔をした。

「拙は賭場の用心棒と仲間になった覚えは、ござりませぬ。」

 恋にそう言われて真希もあたまを掻くしかなかった。

「そう言うなって。今の御時世、皆、魍魎対策で精一杯で浪人雇う処なんざ、鉄火場くらいなもんなんだって… 」

「それが名門武家、伊達家の御息女の言葉ですかっ! 親御殿に代わって成敗してさしあげましょうかっ!」

 恋は腹立たしそうに真希を怒鳴りつけると刀を抜いた。さすがに見兼ねた悠が刀を持つ恋の手を抑えた。

「その辺にしておいてあげてよ。今は僕たちの用心棒なんだしさ。」

 すると恋は自分手を抑えた悠の手を見つめ、それから悠の顔を見つめ、再び自分の手を抑える悠の手を見つめると、突然、震えて刀を落とすと顔を髪や瞳より真っ赤にして涙目で飛び退くと真希の後ろに隠れて悲鳴を挙げた。

「ひぃっ、ひぇえぃ! いつの間に間合いを? 気配… 気配は? っていうか、い、今、せ、拙の… 拙の手を… あわゎ… 拙の手を… さ、触られましたね? 触られましたよね? 」

 予想外の反応に悠の方が驚いてしまった。

「え? あ、うん。なんか本当に殺気立って見えたから… 」

 すると今度は本格的に泣き出してしまった。

「びぇぇ… 殿方に… 殿方に触れられて… 触れられてしまったぁ~ 」

 真希も苦笑するしかなかった。

「あぁ、旦那さん。気にしなくっていいよ。こいつは殿方に免疫がなくってさ。刀を交えた事はあっても触られた事がなかったんだ。」

「いいえ、気にしていただきます。気にしてくださいませ。物心ついて以来、殿方に触れさせた事のなかった拙の素肌に触れたのです。責任を取っていただきます! 」

 そして三つ指を突くと恋は頭を下げた。

「不束者ですが… 」

「お待ちくださいっ! 」

 さすがに彩も黙っていられなくなった。

「旦那様には、私という妻がおります。手が触れたくらいで何ですか? 私は旦那様と寝床を並べた事もあるのですよ! 」

 確かに並べた事はある。本当に並べただけで何もなかったのだが。というか本気で恋と張り合おうとする彩が健気にも見えた。ただ仁尼供は煩悩に呆れて溜め息をくしかなかった。

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