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彩悠記  作者: 凪沙一人
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行者・仁尼供

 悠たち一行は何とか目的地付近までやってきた。幸か不幸か那津に襲われて以降は野盗に狙われることもなく真希や麻芽からすると些か拍子抜けした感じではある。日中を選んで移動していたので魍魎からも襲われることはなかった。しかし、ここへ来て濃い霧に覆われ道がわからなくなっていた。はぐれないように悠は彩の手を握り、彩は反対の手をお絲と繋いでいた。真希と麻芽は三人の気配を頼りに前後を警戒していた。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

「次期九条禰宜、眞鍋殿の御一行で間違いございませぬか? 」

「あ、はい。」

 悠がそう答えると声のした方だけ霧が晴れてきた。

「拙僧は行者(にん)尼供にく殿に仕えまする仁羅にらと申しまする。彩殿の母君からの書簡では、眞鍋殿と御二人とありましたが? 」

「そりゃ… 」

 真希が前に出ようとしたのを悠が制した。

「この者たちは途中で賊に襲われた処を助けてくださり、そのまま警護をお願いしています。この子は水神様より見聞を広めてやって欲しいと、お預かりした子です。」

 襲おうとした側の麻芽としては少々ムズムズするが、細かく説明されても困る立場でもある。

「… 承知いたしました。この霧は魍魎避けの結界となっておりますので迷わぬよう、ついてきてくださいませ。」

 そう言うと仁羅は霧の奥へと歩きだしすぐに姿が見えなくなってしまった。

「えっ!? おい! 」

 姿が見えなくなったことに麻芽が慌てたが悠は後を追うように歩きだした。

「み、見えてんすか? 」

「麻芽さん、置いていかれると迷子になりますよ? 」

 彩に声を掛けられて慌てて麻芽も歩きだした。

「お嬢も見えてるんすか? 」

「いいえ。私は旦那様に付き従うだけです。」

 彩は当たり前のように答えた。いや、彩にとっては当たり前だった。真希は親の言うとおりに育っていたら自分もこうなっていたかもしれないと思うと複雑な気分ではあるが、彩が幸せそうなので、自分には無理だが、これはこれでアリなのかもしれないと思えた。やがて悠たちは少し拓けた場所に出た。そこには先程の仁羅と、もう一人の人物が待っていた。

「あなたが仁尼供殿ですか? 」

「いやいや。拙僧は仁羅と同じく仁尼供殿に仕える仁慎にしんと申す者。迷わず仁羅についてこれたとは、さすがは九条の婿殿ですな。下手をすれば永久に霧の中を迷うところですぞ。あっはっはっ! 」

 悠の問いに仁慎は豪快に答えた。悠は普通に仁羅の後ろをついてきたつもりだが、その姿を見失っていた真希や麻芽からすれば、永久に霧の中を彷徨っていたかもしれないと思うと背筋がひんやりとした。

「では、あなたが仁尼供殿ですね? 」

 突然、悠は誰もいない方に向かって話しかけた。すると、その方向から一人の尼僧が姿を現した。驚いたお絲は、思わず彩の後ろに隠れていた。

「驚かせてしまいましたね。いかにも拙僧が仁尼供。これで第二関門も合格です。さすが宗織殿が九条家の婿と認めたお方と云うべきでしょう。」

 どうやら、悠は既に試されていたという事を悟った。

「まだ僕は試されるんですか? 」

 悠の問いに対して仁尼供はゆっくり首を横に振った。

「普通でしたら、あと二つほど試させていただくのですが眞鍋殿には、その必要はなさそうですね。」

 これには彩も拍子抜けをした。禰宜として素人同然の悠には過酷な試練が課されるのではないかと心配をしていたからだ。

「あの… 必要がないとは? まさか禰宜には不適格とか申されるのでしょうか? 」

 彩としては父の決めた伴侶が行者から禰宜不適格の烙印を押されようものなら九条家としても一大事である。仁尼供は、そんな彩の不安を察したように優しく首を横に振った。

「そうではありませぬ。むしろ、その逆。眞鍋殿の禰宜として抜きん出た才能をお持ちです。故に、これ以上試す必要はないと判断しました。それに、ここでの修行の半分は霊力を高めるもの。眞鍋殿の霊力は私以上のものをお持ちです。おそらくは霊力の使い方の基礎さえ学べば後は自力で何とか出来るようになるでしょう。」

眞鍋・・だけに学べ(・・)? 痛っ! 」

 仁羅と仁慎が麻芽を睨むより早く真希の拳が振り下ろされていた。

「真希姐、酷いっす。」

「空気を読まねぇからだ。」

 ある意味、麻芽は真希のお陰で御咎めを免れたのかもしれない。仁尼供はコホンと咳払いを一つすると悠の頭の上に手をのせ、いんを結ぶと何やら摩訶不思議な呪文のようなものを唱え始めた。すると彩の方が突然、気を失ってしまった。その様子を見て仁尼供は小さく頷いた。

「なるほど… どうやら、陽唱陰和… というよりは一心同体というか… お二人で一つ、という事のようですね。彩殿が眼を覚まされるまで修行は一時中断とします。仁羅は彩殿の手当てを。ではのちほど。」

 そう言うと仁尼供の姿は霧の中に消えてしまった。仁羅は仁尼供に言われたとおり彩の額に手を当てると印を結んで何やら唱え始めた。すると、ほどなくして彩が眼を覚ました。

「すみません。」

 彩が起き上がろうとするのを仁羅が抑えた。

「すぐに動かれぬように。しかし、仁尼供殿に触れられた方が気を失われる事は、ままあるのですが… 」

 仁羅は不思議そうに首をひねっていた。

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