猿堂麻芽
日は中天に昇り、真希もバテていたので昼食がてら休憩をとることにした。
「まさか、あたしが一番、体力が無いとは思わなかったよ。」
顔触れを見れば真希がそう思うのも無理がないように思える。見るからにお嬢様な彩、まだ幼さの残るお絲。見た目は優男にしか見えない悠。武家の娘である真希としては剣術の修行を積んできた自分が一番、体力があると思っていた。しかし、持久力を必要としてこなかった事を忘れていた。目的を持った長旅などしたことがない。それに比べて地方行脚も多い禰宜の娘や、野山を駆け回っていたお絲。それに悠は別の理由で疲れを知らなかった。こうして真希が休んでいる間も、お絲はテキパキと火を起こし食事の支度をしていた。
「真希しゃん、彩様が手伝ってくらさっているというのに… 戦バカなんれすから。」
武家の娘としての躾が嫌だった事もあり、家事などは女中任せで育った真希としては返す言葉もなかった。武家に生まれたからには娘であっても武芸で秀でていればよいと思っていた。しかし世間の眼はまだまだ、そんな時代ではなかった。そんな真希だからこそ、異様な気配には敏感だった。即座に刀を手に身構えた。
「て、手前ぇら大人しく飯を寄越… よ… 」
草むらから出てきた少女はお腹をグゥと鳴らしながら倒れ込んでしまった。それから小半時後には彩たちに囲まれて、お絲の作った料理をガツガツと喰らう少女の姿があった。
「そう慌てなくても大丈夫ですよ。」
彩の声が聞こえているのか、いないのか。ともかく食べるだけ食べると少女は大の字になって倒れた。
「はぁ、食った食った! 」
「食った食ったじゃねぇ。あたしらの飯、1人で食っちまいやがった。」
怒る気にもなれず真希は呆れていた。
「その方の食べっぷりが凄かったのれ、取り分けておきました。」
そう言って、お絲が真希に塩おにぎりを差し出した。
「お、すまないね。」
真希がおにぎりを頬張るとお絲は悠と彩にも差し出した。しかし見ると2つしか残っていない。
「お絲ちゃんの分は? 」
「お絲は小しゃいのれ大丈夫れす! 」
悠が尋ねるとお絲は作り笑顔で答えた。
「育ち盛りなんだから、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ。」
そう言って悠は自分の分のおにぎりをお絲に渡した。実のところ、悠はこちらの世界に来てから空腹を感じてはいなかった。だから、悠としては問題なかったのだが、その様子を見ていた少女が突然、土下座した。
「す、すまねぇっす! 大事な食糧を奪おうとしたあたいに御馳走してくれて。まさか、分けてくれるなんて思ってなかったから力ずくで奪おうとしちまった。金はねぇけど腕なら自信がある。この唐獅連棍できっと役に立って見せるっす! 」
思わず真希が溜め息を吐いた。
「はぁ… 。んなこと言って、この先も飯にありつく気だろ? 」
「うっ… 。」
真希に魂胆を見透かされて少女は返す言葉もなかった。行者の元まで町中ばかりではない。1人増えるということは食糧がそれだけ消費することになる。
「ねぇ、その唐獅の紋様… あなた、沙耶ちゃんの… 」
彩がそこまで言うと少女は少々、取り乱した。
「えっ!? 妹っす。猿堂麻芽です! 沙耶姉の知り合いっすか!? ヤバいヤバいヤバい。沙耶姉の知り合い襲って飯、奪おうとしたなんて知られたら殺されます! 今日の事は内密にお願いします! 」
よほど沙耶が怖いのか、麻芽は額を地面に擦り付けていた。
「その沙耶さんって知り合い? 」
悠に聞かれて彩は頷いた。
「はい、旦那様。今のように魍魎が跋扈するようになる以前は沙耶ちゃんを連れてお絹さんがよく、うちにお見えでしたから。」
「げっ! 母様まで知り合い!? いったい、どちら様で? 」
どうにも麻芽にとっては驚くことばかりのようだ。
「おいおい、こんな有名人、知らねぇのか? こちらに御座すは禰宜の名門、九条家の彩さんと、その旦那の悠さんだ。」
紹介の仕方が彩には少々不服だった。出来れば次期九条禰宜として悠を先にして欲しかったのだが、この世界で有名なのは彩の方で、悠はまだ全くの無名なのだから仕方がない。
「九条禰宜!? こいつは重ね重ねの御無礼を! お名前は沙耶姉や母様から予々伺っておりやす! で、姐さんたちは? 」
「あたしゃ用心棒の伊… 河童真希。そっちの小さいのは猪猪… じゃなかった、お絲だ。」
「旦那にお嬢に真希姐にお絲ちゃんっすね。あらためて宜しくお願いするっす! 」
麻芽は再び頭を下げた。
「旦那さん、こう言ってますけど、どうします? 」
「うぅん。まぁ、彩の知り合いの妹さんみたいだし、真希さんも一人で三人を守るのも大変だから、いいんじゃないかな。」
真希の問い掛けに悠が答えると横で彩も頷いていた。 用心棒としては雇い主がよいのであれば反対する理由はない。
「いいか、くれぐれも今後、皆の飯まで食うんじゃねぇぞ! 」
「へい! 」
悠からすれば本人確認もなしに信用するのも、どうかと思わなくもなかった。だからといって追い立てる気にもなれなかった。ただ、直感というか霊感的に信じられる気がしていた。