暗道那津
彩と悠は地図に記された行者の元へと旅立った。しかも二人っきりで。靜としては使用人や護衛を十数人は付けたかったのだが、それでは修行にならない、道行きもまた修行の一貫なのだと彩に跳ねられた。靜からは、そんなに二人っきりがいいのかと、からかわれたが彩としては宗織より教わった禰宜としての修行を全うしようとしていただけである。そして二人が旅立って2つ程宿場を過ぎると関所がある。
「これはこれは九条家の彩殿ではござりませぬか。此度は何処へ参られますかな? 」
名門禰宜の娘ともなると有名人である。彩は知らなくとも役人の方は一目で彩と認識してくれる。しかし、悠の方はそうもいかない。祝言を挙げる前なので世間的には無名の存在だ。
「はい。こちらの旦那様を婿に入って頂く為に行者様の元へ修行に参ります。」
そう言って通行手形を差し出した彩の発言に一瞬、関所の役人たちがザワついた。この世界では年頃の娘ではあるが浮いた噂も縁談の話も聞いた事がなかった。さしずめ推しの人気アイドルに突然、一般人男性との結婚を発表されたファンのような気分だろうか。変に落ち込む者も居た。
「そ、そうですか… 。この先、野盗が出るとの話もあります。役所としても魍魎に手一杯で手が回っておりませぬ。お気をつけてくださいませ。」
「はい。ありがとうございます。」
役人から通行手形を返して貰うと、彩は悠と手を繋いで仲睦まじそうに関所を通過していった。関所の仲からはチキショーと悔しがる声が聞こえたとか聞こえなかったとか。そこから暫く進むと道を塞ぐように野党の一団が待ち構えていた。おそらく関所の役人が言っていた野党だろう。この魍魎が跋扈している時代に役人や禰宜に頼らず、野盗を働く者など、そう多くは存在しない。
「おい。何処へ行く気か知らねぇが、この道を通りたきゃ通行料を払って貰おうか。」
すると彩が前に出た。
「ここは天下の往来。あなた方に通行料なぞ、払う義務はありませぬ。」
ここは彩の言う方が正論なのだが、野盗が素直に聞く訳もない。
「気に入らないねぇ。」
野盗たちの後ろから若い娘が現れた。娘と言っても野盗たちが気を遣っている様子からすると多少、偉そうに見えた。
「なんだい、なんだい。生意気そうな小娘が居ると思ったら九条ん処の娘じゃないか。」
「知り合い? 」
「いいえ。」
悠に問われて彩は首を横に振った。どうやら関所の役人同様、一方的に彩の事を知っているようだ。
「あたいの名前は暗道那津……っていうより日向那津って名乗れば九条家の人間ならわかるかい? 」
彩は日向那津という人物は知らなかったが日向一族というのは記憶にあった。彩が幼かった頃、南の方に居た一族で魍魎に滅ぼされたと聞いている。
「それじゃ日向一族の? 」
「そうだよ。役人も、あんたたち禰宜も救ってくれなかった日向一族最後生き残りさぁ。一族が滅んで行き場を失ったあたいを拾ってくれたのが暗道鬼門、今の義父だよ。だから役人も禰宜も大っ嫌いなんだ。通行料なんて要らない。始末してやるよっ! 」
那津が攻撃を仕掛けようとした瞬間、悠は彩の前に出た。すると那津は攻撃するのを止めた。
「なんだい、そいつは? さっきまで魯鈍を絵に描いたような奴だったのに、急に霊力が跳ね上がりやがった。」
「私の旦那様です!」
彩は毅然として言いきった。だが、それはそれで那津には気に入らなかった。
「旦那だぁ? 手前ぇの女房守る為なら霊力跳ね上げるだぁ? お前ら、あたいの一族を助けもしなかったくせに、いちゃこらとは、いい身分だよな。手前ぇらみたいな奴ぁ魍魎より先に始末しなきゃ気が済まねぇ!」
そう言うと那津は攻撃を再開した。しかし悠の霊力の壁はびくともしなかった。ただ、悠もこれから修行をしに行く処なので反撃する方法は知らなかった。しかし那津も攻め疲れをし始めた。
「那っちゃん、その辺にしといたらどうだい? 」
そこに現れたのはのは武士のような身形はしているが、明らかに女性の体型をしていて髪も長い。
「邪魔をするな、鉄火真希! 」
那津にそう呼ばれて真希は苦笑した。
「鉄火場の用心棒の伊達真希だ。省略し過ぎだろう。えっと… 九条禰宜の娘さんだっけ? 」
真希にに問われて彩は身構えた。鉄火場とは賭博場のことだ。そこの用心棒となれば野盗の仲間と考えても不思議はない。それに那津の知り合いのようでもある。
「ん? あぁ、あたしゃ伊達真希。禰宜じゃ知らないかもしれないが歴とした名の通った武家の娘だ。別にあいつらの仲間って訳じゃない。あんたらみたいな強い霊力は無いが剣の腕には自信がある。どうだい、用心棒に雇わないか? 」
唐突な真希の申し出に彩は悠と顔を見合わせた。その様子を見て真希が首を捻った。
「もしかして、此方さんは、お付きの使用人とかじゃない? 」
「この方は次の九条禰宜になられる私の旦那様です! 」
少々、語気を荒げた彩に真希は苦笑した。
「いや、すまない。あんまりにも覇気が見えないもんでね。でも、こうしてると霊力も感じないが那っちゃんの攻撃を弾いたとこ見ると、まんざら嘘でもなさそうだ。」
彩と会話する真希の様子を那津は不満気に見ていた。