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クロノの想い

「ルカ様、お足元にご注意下さい」

 

 思考の渦に飲まれかけていたルカは、クロノの声で足を止める。足元に視線をやると、自分が石段の前まで歩いてきていた事に気付いた。

 

「日が落ち切る前に屋敷へ戻りましょう。本日はお疲れでしょうから、夕食の後はすぐにお休みになられますよう」

 

 石段を数歩先に降りたクロノは、ルカへ向き直り手を差し出す。

 ルカが着なれないこの里の衣服を纏っている為、歩きにくそうに見えたのだろう。

 クロノの気遣いを無碍にするわけにもいかずその手を取った。

 

「……お心遣い、感謝致します」

 

 しばらく無言で石段を降り、クロノのエスコートを受けたまま緩やかな山道を下っていく。

 クラウディアの元を去る際、ババ様に話があると言ってレインはその場に残り、ルカとクロノは先に帰る事になった。

 

「……弟は、ルカ様を困らせてはおりませんか?」

 

 山道を見据え、ゆっくりとした歩調のままクロノが問い掛けた。

 

「いえ、特には」

「そうですか…」

 

 また沈黙が落ち、足を踏みしめる音だけが耳に入ってくる。

 レインは最初の出会いと行動こそ意味不明であった。だが、彼には彼なりの思う所があって、クラウディアと引き会わせる為にわざわざルカをこの里まで誘導したのだろうと今なら理解が出来る。

 ルカにとっても思いがけなく有益だった。

 

「あいつは…レインはこの三年間、一人でずっとルカ様を探しておりました」

 

 三年間という年数に、ルカは驚きを隠せず瞠目する。

 

「ジュードからの定期連絡が途絶え、パヴァリアを里の者達で捜索したのです。ジュードの亡骸は回収出来ましたが、アレクシア様とルカ様は見つからなかった。帝国に捕まったのだろうと、数ヶ月で捜索は打ち切られたのですが、レインだけは諦めずに貴女を探し続けた」

 

 初めて聞く話だった。

 レインと二人で行動する時間が多かったものの、彼からはそんな長期間に渡ってルカを探していたなどと聞いてはいない。

 ジュードの亡骸が無事に里の者達によって葬られた事も知らなかった。

 野生の獣達に食い荒らされたのではなかった…そっと安堵の息を吐く。

 

「……ジュードが里へ帰る事が出来て安心しました。ありがとうございます。母は襲撃の際に自害し、遺体は帝国の者達に奪われました。私は……クラウディア様が話していた中にパヴァリアに御神木があると仰ってましたが、おそらくその御神木に取り込まれ……意識を取り戻した時にはだいぶ年月が経過していました」

「御神木に……通りで、帝国を探ってもルカ様の情報が無かったわけだ…」

「帝国にも間諜を?」

「レインが独断で潜り込みまして」

 

 クロノは苦笑した。

 

「彼は、何故そこまでして……私達の捜索は打ち切られていたのですよね?」

「あいつは何かに興味を持つと他が目に入らなくなるくらい没頭する悪癖がありまして…この里の住人の中でもレインは特別クラウディア様に懐いておりました。ルカ様の行方が掴め次第お助けするようクラウディア様から言い含められていたのもありますが、私や十人衆よりも詳しく皇家についての話を聞き及んでいたでしょうから、余計に興味を惹かれたのでしょう」

 

 クラウディアから話を聞いていたからといって、三年もの間探し続ける程の興味?

 不思議に思うと、クロノは話を続けた。

 

「レインは幼少期からアカツキを師として慕っておりました。そんなアカツキと仲が良かったジュードが、諜報任務の途中でアレクシア様とルカ様の出奔を手助けし、身を挺して最期までお守りしたのもレインが興味を持った一因だと思います」

 

 アカツキとジュードが親しい間柄だったという話はレインから聞いている。

 ジュードはレインの叔父であり、子供の頃に関わりのあった程度だと話していたが。

 

「彼にとって叔父であるジュードが関わっていたからこそ、皇家に興味を持ったのでは?」

 

 ルカの言葉に、クロノは足を止める。

 

「レインが……ジュードを叔父だと言っていましたか?」

 

 意味の分からないクロノの投げかけに、ルカは戸惑いながらも頷き返す。

 

「そうでしたか……あいつが…」

「……レインの兄君でおられるクロノ殿の叔父でもあるのですよね?」

「ええ、ジュードは私の叔父です」

 

 私の、という前提がついているのに気が付いた。

 レインは違うのだろうか。

 

「…レイン…そうか……」

 

 この里へ来てからそれ程の回数クロノとは会ってはいないが、それでも彼が嬉しそうに口元を綻ばせているのは分かる。

 困惑した様子のルカの表情を見て、クロノは照れ臭そうに頭を下げた。

 

「失礼しました。あいつが家族を認めてくれていると知れて、つい……説明不足でしたね」

 

 止めていた足をまた動かし始め、山道に注意しながら話を続けた。

 

「レインは、元々この里の一族の者ではないのです。血塗れでスラム街を放浪していたあの子を、私の父が保護して連れ帰ってきました」

「血塗れで…?」

 

 レインは里の一族の血脈では無かったのか。

 その割には、忍びのスキルは一流と言える程の実力に見えたが。

 

「血塗れといっても全て返り血でした。この里にやってきた時はまだあの子は5、6歳程の小さな少年だった。父親を刺して家を飛び出したんだと言っていたそうです」

 

 ルカは驚愕に息を呑む。

 どういった経緯があれば年端も行かない幼子が自分の父親を刺して、血塗れでスラムを彷徨くのだろう。

 

「何があったのかは父しか知りません。あの子がこの里の住人になり私の弟として暮らすようになっても誰とも打ち解けようとせず、ただ日々を静かに過ごしておりました」

 

 今のレインのお調子者な仕草からは想像もつかない姿だ。

 

「私や父が家族として接しても反応は薄いばかりでしたね。あの子と私達の間には見えない壁があった。そんなレインの心を解きほぐしてくれたのがクラウディア様とアカツキでした」

「クラウディア様とアカツキ殿が…」

「ええ。初めは屋敷に引き篭もってばかりのあの子を心配してクラウディア様の元へ仕えさせていたのですが、徐々に笑顔を見せるようになりましてね。忍びの修練が始まるとアカツキにぴったりくっついて、誰よりも真剣に打ち込むようになりました。今ではこの里の中でも突出した能力を持っている」

「…やはり彼は凄まじく有能なのですね。十人衆では無いのは、この里の生まれではないからなのでしょうか?」

「いえ、十人衆に選ばれるのは血族云々は全く関係無く、完全実力主義です。あいつは自由でいたいからと断ったんですよ」

 

 クロノは苦笑いをする。

 

「今ではあの通りふざけた調子ですが、あいつにはあいつなりの考えがあってルカ様のお力になりたいと思ってるはずです。信用してやって頂けるとありがたい」

 

 気恥ずかしさを隠すように、クロノは前を向いたままルカへお願いする。

 きっと今日、レインの話を始めたのは彼を信用してあげて欲しいと伝える為だったのだろう。

 ルカは頷きを返した。

 

「ジュードの故郷であるこの里へ連れて来て貰えて、非常に有益な時間を過ごせております。レインのおかげです。……そういえば…」

「どうしました?」

 

 クロノが不思議そうな表情を向けてくる。

 

「レインが言ってました。兄さんは信用出来ると。クラウディア様やアカツキ殿だけじゃない、彼は貴方の事もちゃんと信頼している」

 

 ルカの言葉にクロノは一度大きく目を見開き、夕日に照らされた少し赤らめた頬で「…そうですか」と、とても嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべた。

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