人体実験の記録
右側の通路を進むと、また左右両側に扉があった。
片方は人の話し声がしたので、人気の無いもう一つの方の扉を開けるとそこは資料室のようだった。
資料室の壁際には天井近くまで本棚があり、机や椅子の上には書物や書類が積み上がっている。
無造作に散らばった書類の一枚を手に取ると、
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被験者N 男 34歳 罪状:窃盗・放火未遂
フローラ投薬23日目
朝食 ×
昼食 ×
夕食 ×
体力・知力の低下が顕著。文章の判読不可。言葉を発しようとするが唸り声のみ。頭髪・目の色、変化無し。発現無し。
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と、書かれていた。
別の書類も手に取るが、ほぼ同じような内容だった。
ここに記載された内容は、あの小部屋に監禁されていた者達への人体実験の記録を書き溜めたものではないか。
人の気配に注意を払いつつ、更に他の書類を確認していく。
すると、一枚の書類に目が留まった。
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血鉱石を利用した発現検体Fへの無効化の実証結果
・装身具 結界を概ね中和。身体への接触可。
・ナイフ 同上。
・剣 結界を破壊に成功。身体を損壊可。
・戦斧 同上。
・槍 同上。
・弓 結界を破壊に成功。身体裂傷。
装身具着用による発現検体への接触は可能。
ナイフは血鉱石使用における刃先の厚みが少なく、貫通に至らず裂傷のみ。
弓は鏃に血鉱石を使用。鏃が小さい為か、的中・貫通はせず裂傷のみ。
各々、耐久性にバラつきが見られる為、使用血鉱石の純度の調整・内容物最適質量一元化の研究は要継続。
また、血鉱石に発現能力の顕現は確認出来ていない。
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"発現検体"の文字に全身が総毛立った。
血鉱石という名称の鉱石は初めて聞くが、実証実験と記載された結果報告書の淡々とした文字列に怖気が走る。
書類を持つ手が震え青褪めていると、アサギが一つの冊子を持ってそばに寄ってきた。
『……こちらを』
冊子を読むよう、促してくる。
検体F 研究日誌③と題された表紙を捲ると、そこには、
"タクシス帝国第一皇女 フロレンツィア 20歳
※以下、検体Fと表記"
の書き出しから始まった想像だにしなかった悍ましい実験の実態が書き連ねられていた。
数枚捲った先の記録には、
"検体F 受胎の兆し有り。5月に出産予定。分娩が成功すれば第5子目。尚、1子・3子は一歳に満たず死没。第2子は知能に欠陥が見られるが概ね良好。第4子は知力・体力共に異常無し。ただし、どれもが銀髪銀目の生体での確保成らず。
受胎時期から逆算して、被験者B・M・Y・G・Rのいずれかの胤である見込み。"
またある日は、
"血鉱石及び試験薬フローラ生成の為、血液をグラス3杯分採取。検体の意識の混濁が顕著。容態を注視しつつ可能なら10日後に同等の分量を採取予定。"
"第5子出産以降、検体Fに発現反応有り。研究員・被験体は一定距離から近づけない為、以後この能力を「境界線構築、または結界構築の能力」と呼称する。血鉱石の装身具を着用した研究員は発現の影響を回避、検体Fへ接触し鎮静剤の投与を完了。
上層部は検体Fの心身を考慮し、銀の胤の到着まで器は温存すると判断。実行部隊の調達が整い次第、帝国皇族である新しい胤と器の入手と銀の検体の繁殖に着手予定。その際、催淫剤を用いて検体の生殖活動を活発化させると提言。"
動悸と眩暈に呼吸が荒くなるのを必死で堪えながらページを先へ進める。
冊子の最後の方に、
"帝国の皇族、検体Dと検体Eを確保。当初の予定通り実験開始"
と、あった。
先刻読んだ書類の発現検体Fはフロレンツィア。
血鉱石と試験薬フローラはフロレンツィアの血液から生成された鉱石と薬剤。
監禁されている被験者達は、フロレンツィアを器として妊娠させる胤で有り、試験薬投与による人体実験要員。
そして、帝国の皇族である検体Dと検体E。
ガブリエラの手紙に載っていた通り、ディートフリートとエミーリエは胤と器に見立てられて拉致されたのだ。
あまりの衝撃に耐え切れず、冊子を持つ手が尋常でなく震え、知らずに嗚咽を漏らしていた。
蒼白ながらも無感情な顔で、真っ白の床へとめどなく零れ落ちる涙をただただ他人事のように眺める。
そんなクラウディアを、アサギは壊れ物を抱えるようにそっと抱き締めた。
しばらくの無言の後、クラウディアが握りしめていた冊子をアサギが手に取り机に戻すと、大きな掌が優しく手を引く。
『……行きましょう』
引かれるままに資料室を出ると、向かいの部屋から人の気配は無くなっていた。




