被験者
大神殿は周囲を堅牢な分厚い壁で囲まれている。
壁を乗り越えて侵入する者を排除する為に、壁の外と内側には沢山の衛兵達が見回りをしていた。
参拝する際は、正門で聖騎士と修道女による身元改めと持ち物検査を受ける。
事前に神殿へ、参拝日と名前の申し込みも必要だ。
無事、正門の検閲を通過しアサギと共に参拝者を装い大神殿へ潜入すると、水の操作の能力で二人の姿を掻き消し神殿内を隈無く探索した。
そこかしこに聖騎士と司祭がうろついている。
クラウディアの水の操作による隠れ身の能力は上手く作用しているようで、関係者以外立入禁止区域で司祭とすれ違っても何ら咎められたりはしなかった。
聖騎士が出入りをする庭や司祭が住まう建物などには特に怪しい所は無かったので、来賓室や教皇の私室までも一つ一つ探ったが何も見つからない。
夜になり参拝者や司祭達も礼拝堂から去り、ほとほと諦めかけていたその時、女神ハルペイアの巨像のある手前の主祭壇の講壇に、隠し床があるのに気が付いた。
講壇の内側を漁りスイッチを探り当てると、床に人一人分通れる扉が開き、地下へ通じる通路が現れる。
『この隠し扉の先は我ら忍びの里の一族も潜入しておりません。御覚悟はよろしいか?』
アサギの問い掛けに間を持たず頷きを返す。
通路の先に人気が無いのを確認し、二人で奥へ奥へと階段を降りていった。
ランタンに火を灯し、足元に注意しながら階段を降りていくと、真っ白で分厚い扉に阻まれる。
扉が分厚いわりに南京錠などはかかっていなかったので、アサギの手によりあっさり解錠出来た。
音を立てないよう静かに中へ入ると、圧迫感も無く牢獄の様に不衛生でも無い真っ白の床と壁が続いている。
床も壁も天井も、人の手で見事に磨かれているからか一定感覚で置かれたランプの灯りだけで十分に明るかった。
『この先は三方向に通路が別れていますね。左の通路からは人の気配がします。どの通路から調査しますか?』
声量を抑えてアサギが聞いてくる。
『姉様達がいるかもしれません。左から行きましょう』
アサギは小さく頷くと、クラウディアを庇う形で先行して通路を歩いて行く。
少しも歩かないうちに、人の呻き声のようなものと異臭が鼻をついた。
まさか姉達が拷問でも受けているのかと思えば、呻き声は低い男性の声で、しかも一つや二つでは無い。
通路の左右の壁際に、上部に鉄格子のハマった扉が奥に向かっていくつもあり、そこかしこの部屋から唸る様な苦しげな声が聞こえる。
辺りは悪臭で満ちていた。
アサギが"被験者L"と木札がかかった手前の扉の鉄格子部分からそっと覗き込む。
しばらく覗いたあとアサギは首を振り、クラウディアに覗き見るよう合図を送った。
声を出さないよう口元を押さえながら覗いてみると、中には枷に繋がれた全裸の男が壁にもたれかかり座り込んで呻き声を上げている。
白目を剥き、口から泡を拭いて、繋がれた枷をジャラジャラ音を立てながら首元を掻きむしっている。
掻きむしっている首元からは血が滴り落ち、床や壁に点々と糞尿と血が飛び散っていた。
クラウディアは悲鳴を上げそうになったのを何とか堪えて、すぐにアサギの方へと視線を送った。
アサギは口元に人差し指を立て声を出さないよう指示をすると、通路にある一つ一つの鉄格子から中を覗き込み、全てを確認してからクラウディアの手を引き、先程の別れ道まで戻った。
『銀髪銀目の者はおりませんでした。次に行きましょう』
小さな声で報告を受けて、クラウディアはホッと息を吐く。
苦しんでいる男達の尋常でない様子は気になるが、いつ人がやってくるかもしれないこの状況下では調査を優先しなければならない。
そのまま次は右側の通路へ向かった。




