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クラウディアの過去⑥

「ガブリエラ姉様からの手紙を読んでからの数ヶ月は、抜け殻のように過ごしておった。里の者達も程良い距離感で接してくれてな。徐々に気持ちも落ち着いて一食分の食事が喉を通る頃には、この里に残る古代文明の伝承が載った書物を漁った。姉の手紙にあったように、声との対話を果たす為にな」

 

 だが、里にあった書物には皇家に関連するものや古代文明についての記載があるものはなかった。

 御伽話のような伝承しか残っておらず、参考になるものも見当たらない。

 何の成果も上げられず、声との対話の方法が分からず行き詰まりながらも、とある一つの寓話に目が留まった。

 それは鬼についての記述だった。


 

 その昔、鬼の一族と呼ばれる怪物達が一つの村を蹂躙していた。

 村人同士を殺し合せたり、妊婦の腹を引き裂いて赤子を取り出しては愉悦に浸るといった、惨たらしい享楽の限りを尽くしていた。

 村から逃げ出す者がいれば、その者の一族郎等諸共見せしめとして虐殺した。

 鬼の一族の力は強大で村人達は逆らえず、隠れるようにして怯えて暮らす日々。

 ある日、その村に一人の美しい女が旅の道中の宿場を求めて訪ねてきた。

 村の者達が彼女を心配して、"この村に留まってはならない、早くお逃げなさい"と諭すと、女は事情を訪ねた。

 この村の鬼の一族達の所業を語り聞かせれば滞在しようとなど考えないはず。

 けれど、女は表情を動かす事なく、"私が鬼の一族を何とかしてみましょう"と、申し出た。

 どれだけ説得を試みても女は首を縦に振らない。

 揺るがない女の固い意志に、村人達も半信半疑ながらも鬼の一族達から逃れる術があるなばと、鬼退治を依頼した。

 女はまず村人達に、清浄であり神域に近い霊場のような場所は無いかと尋ねた。

 村人達は首を捻りながらも、代々守り続けた神聖な滝があると話した。

 女は早速その滝に赴き、聞いた事の無い言語の言の葉で美しい調べの歌を歌いあげた。

 すると滝壺から徐々に霧が発生し、村ごと覆い尽くした。

 "悪い者達を村から追い出しました。次は退治をしましょう"

 女はそう言うと、今度は地面に手を置いて何事か呟いた。

 村人達が女の様子を見守っていると、大きな地響きが鳴り地面が揺れる。

 しばらくの間揺れ続けたが、振動が治まりいつもの風景に戻ると、女は立ち上がり村人達に告げた。

 "鬼は退治されました"

 村人達は、急いで村中を隈無く確認したが、鬼の姿が見当たらない。

 数人が村の外まで探しに行くと、大きな地割れの中に折り重なるようにして事切れた鬼達の姿があった。

 村人達は女に感謝を伝え、こうして村には再び平和が訪れた。

 


 最初にこの寓話を読んだ時は、よくあるあらすじだと思った。

 が、聞いた事の無い言語の歌や地面に何事かを呟いた、という記載に引っ掛かりを覚えた。

 これが姉の言う"声との対話"なのではないだろうか。

 更には、古代文明についての書物が無かったにも関わらず古代語の祝詞の載った書物は発見していた。

 可能性の一つとしてだが、聞いた事の無い言語とは古代語の事で、祝詞を歌ったのではないか。

 トラキア大陸に広がる国々は昔から変わらず共通言語で統一されている。

 古代語は皇家の教育の一環として読み書きは教わっていたが、一般の村人達が知っているような言語では無い。

 クラウディアはこの可能性に賭けた。



 

 それから幾日か経った空が高く見えるほど澄み渡った冬のある日、里の族長とアサギに案内されながら山間までやってきた。

 山間にあるその滝は、荘厳で清らかで、圧倒されてしまう迫力を持っている。

 寓話に出てくる滝とは別の物かもしれないが、その崇高さは人が踏み入る事を許さないような、神秘的で畏怖を覚える程の佇まいだった。

 書物に書いてあった寓話がこの地に残る伝承ならば、自身が導き出した解釈が通じるはず。

 

 長とアサギに見守られながら、緊張から来る震え声で古代語の祝詞を詠いあげる。

 どのような拍子や抑揚を付ければ良いのかは分からないが、誠心誠意ひたむきに心を込めた。

 だが、滝に何の変化もない。

 声が聞こえてくる様子も無かった。

 諦めずに二度三度と、祝詞を詠い続ける。

 すると、ふいに滝壺が揺らぎ始めた。

 元々クラウディアは、帝国に居た際に水を操る能力を発現している。

 これが自身の能力の影響か、祝詞が届いたのか、どちらなのか判断がつかないが試しに語りかけてみた。

『私はクラウディア。声が届いているならお応え頂けますでしょうか』

 滝が水煙をあげる音しか聞こえなかったのが、すぐに脳内に響くような異質な声が返答した。

 "届いてるよー!"

 "クラウディアー!"

 子供特有の甲高い響きだった。

 想像していたような、威圧感のある厳かな雰囲気は皆無だったが、クラウディアの祝詞が届いた事にホッと一息付く。

 長とアサギには聞こえていないようだが、クラウディアの様子から成功したのを感じ取ってはくれていた。

『……ご返答、感謝申し上げます。まず初めに、あなた方の神聖な場所に足を踏み入れた事をお許し下さい。本日は、お願いの義があって参りました』

 "お願いー?"

 "なになにー?"

 "任せてー!"

 "クラウディアー!"

 頭に響く声が増えていく。

 クラウディアは一度深呼吸をしてから、言葉を続けた。

『この里を、邪心を持った悪意ある者達が入り込めぬよう、ご助力頂きたいのです。対価に何を用意すれば良いのか分からないのですが…』

 "いいよー!"

 "出来る出来るー!"

 "たいかって何ー?"

 今度は言い終わる前に返答される。

 あっさりと要求に応じる声達の様子に、クラウディアは拍子抜けする。

『……ありがとうございます。何か私にお返し出来る事はございますでしょうか?』

 "うたってー!"

 "うた!うた!"

 "聴きたいー!"

 "久しぶりに聴いたのー!"

 先程の祝詞の事だろう。

 拙い詠いあげであったにも拘らず、声達にはお気に召して頂けたようだった。

『私で宜しければ……お望みのままに』

 今一度、祝詞を詠いあげる。

 すると、クラウディアの声に合わせるように徐々に山里へ向けて、滝壺から薄い霧が広がっていく。

 祝詞が終わると口々に声達が甲高い声を響かせた。

 "ありがとー!"

 "久しぶりだったー!"

 "またうたってねー!"

 途端に静まり返り、清浄な空気が山々を吹き抜けた。

 薄らと優しく包み込む細やかな霧は、ここに来る前とは里の姿を少し変えたが、とても心地良い。

 安堵の溜息を吐くと、戸惑いの表情を浮かべたアサギが近付いて来てクラウディアを上から覗き込んだ。

『……貴女様が見つからぬ様、御姿を隠して頂かなくて良かったのですか?』

 無骨な彼が、珍しく困惑の混じる声音で訊ねる。

 アサギが心配するのも無理はない。姉からの手紙には、クラウディアの匂いを隠して貰うよう祈りなさいと書いてあったのだから。

『私には丸薬がありますから、この里を護るのを優先したいのです。悪意ある者が入り込めなければ、私を見つけ出すのも難しいでしょうし』

 クラウディアが里へ来てからの数ヶ月の間に、ガブリエラのそばで諜報任務を請け負っていた内の一人の忍びが捕まり、拷問の末衰弱死した。

 クラウディアの行方や、忍びの者とガブリエラやフェリクスとの繋がりもバレてはいないようだったのは幸運だった。

 だが、その報告を聞いた時からこの里を護らねばならないと決心していた。

 ガブリエラの願いの下、クラウディアを連れ出し、優しい時間を与えてくれたこの里と村民達への感謝。

 無事、声との対話が成った目的の達成感に、ようやく安堵の息を漏らせた。

 里に追手が掛かり、迷惑をかけてしまうかもしれないという心配も無くなれば、クラウディア自身試してみたい事もある。

『丸薬は里で用意出来ますが、確実かは分かりません。それに、ここの護りを固くするだけでは貴女は一生この里から自由になれませぬ!御身を一番に考えて頂いてもう一度…』

『皇女殿下、この里に守護を授けて下さり、心より感謝申し上げます。貴女様のお身柄は、アサギを含め我ら忍びの一族が生涯お護りさせて頂きますのでご安心下され』

 長がクラウディアに跪き感謝の意を述べた。

 言葉を途中で遮られたアサギも、心配そうな様子ながらも長に続いて跪く。

『……姉の願いに寄り添い、私を連れ出して下さったあなた方忍びの一族には返しきれない恩がございます。本当に、ありがとう。これからも末永くよろしくお願いしますね』

 その日から、クラウディアはこの里の住人になった。


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