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三者の今

 あれから毎夜、悪夢にうなされていた。

 大切な人が怪物の長い尾に胸を貫かれる瞬間や、その怪物に連れ去られて上空から振り落とされ、人形のように地面へ投げ出され動かなくなる姿。

 その度に、決まって上掛けを跳ね上げて荒い呼吸を抑え込む。

 (……ルカは無事だ。ちゃんと、生きてる)

 感謝祭の城下町が鳥のような怪物に襲われ、ルカはそのまま連れ拐われたが、現場に居たあの奇妙な女から連絡はあった。

 だが、無事なら何故帰ってこないのか。

 現場での多数の目撃もあり、あんな事件があった後だ。容易に王都へ来られないのは仕方が無い。

 連れ拐われる前の、ルカにそっくりな男が接触してきた件もある。

 幼い自分でも分かる。あいつはルカの双子の兄だ。

 でもそれでも、どんな理由があろうと、自分は彼女に置いていかれたのではないのかと不安が拭えない。

 毎日毎晩、「なんで?」「どうして?」と、同じ言葉ばかりが頭を巡る。

 胸を掻きむしりたくなる衝動に耐えた。

 深く深呼吸を繰り返し、何とか息を整える。

 (ルカが動けないなら、僕が迎えに行けばいい)

 ユノは、不安に押し潰されそうになる弱い心を振り払い、自分一人の広い室内の長椅子で身を縮こませて固く目を瞑った。







「では参りましょうか、殿下」

「はいはぁい!後の事は我々に任せてお気をつけてお帰りくださいねぇ!」

 慌ただしく部下へ指示を入れる第一騎士団長アドルフの背中越しに、にこやかな笑顔で狐目のレイナードが手を振る。

「レイナード!軽口を控えろと、何度言えば理解する!」

 背後に控えるエルマーが、ハーデスを庇う様にして前に立ち、苛立ちを隠しもせず叱りつけた。

「……いい、構うな。アドルフ、行くぞ」

「はっ。……レイナード、くれぐれも騒ぎを起こすなよ」

「分かってますよぉ。大人しくしてますってぇ」

 毛並みの良い白馬に跨ったハーデスを守り固めるように、騎士達もそれぞれの馬に跨り駆けていく。

 その様子がある程度遠かった所で、宿泊予定のとある貴族の屋敷へと向かう為に踵を返す。

 (はぁ〜面白かったなぁ。あの間の抜けた顔!)

 ここ数日間のハーデスの様子を思い出し、思わず口角が上がってしまう。

 妹であるあの少女に出逢ってからというもの、以前までの爽やかでキビキビとした雰囲気がカケラも無くなって、常に上の空だったハーデス。

 陛下からの呼び戻しがなかったら、そのままあの少女を捜しに放浪でもしていたかもしれない。

 それ程の執着を誰もが感じ取っていた。

 アドルフだけはレイナードと同じく、ある程度事情は知っており、流石に騎士団長なだけあっていつもと変わりなく接していたが、他の近衛騎士の連中はハーデスの変わり様に狼狽えてばかりだった。

 (脳筋ばかりの騎士どもには気付けないだろうなぁ)

 ハーデスは恋に落ちたのだ。

 いや、"堕ちた"が正しい。

 ついここ数年前まで存在も知らなかった血の繋がった双子の妹を前にして、一目で。

 本人ですらまだ正しくは気付いていないかもしれない。自分が実の妹に欲情したなどと。

 あの様子では、皇家の血筋の意味を知る由もないまま過ごしてきたのであろう。

 何とも滑稽。

 人の行き交う道端であるにも関わらず、あまりにも可笑しくて噴き出してしまいそうだ。

 (はははっ!…穢らわしい近親相姦の一族め!)

 口に出してしまいそうな言葉を、何とか腹に納めるが、ニヤつく口角だけは抑えきれなかった。

 (……お姫様を救ってやらなきゃねぇ)

 吹き付ける横殴りの海風が、レイナードには酷く心地良く感じた。

 

 





 

ーーーーーーーーーーーーーーー





 通された室内へ足を踏み入れると、あたりは薄暗く、明かり取り用の窓も一枚しか開いていない。

 室内の中央には、床板に直に敷物を敷き上半身だけ起こした白髪の老女と、そのそばの枕元に長であるクロノが座していた。

 案内してくれた二人の女性は、いつの間にかいなくなっている。

「近くに寄ってくれないかい」

 どうすれば良いのか分からず佇んでいたルカへ向けて、嗄れているけれど温かみのある声音で老女が声をかけてきた。

「ルカちゃん、こっちに」

 レインに誘導されるまま、クロノとは反対側の老女の枕元へ行き、背負っていた黒剣を脇に置いて座った。

 隣にレインも同じように座る。

「顔を、よく見せておくれ」

 そう言ってルカの顔へ自らの顔を寄せた。老女の顔が間近に迫る。

 薄暗いが、瞳が少し白濁しているのが分かった。

 視力が弱まっているのだろう。しばらくの間至近距離でルカを見詰めると、涙を一筋零し、スッと瞼を閉じて元の距離へ戻った。

「……よう来なさった。よう、生きて……辛かっただろうて」

 閉じた瞼からハラハラと涙が零れ落ちる。

 クロノがハンカチで老女の涙を拭いてやるが、涙が流れるのを止められずにいた。

 少しの沈黙の後、穏やかな表情でルカを見詰める。

 一体何故泣いているのか、この老女がルカを見て涙を流す理由が皆目検討が付かなかった。

「……私はね、クラウディアと言うんだ。……お前と同じ、一族の人間だよ」

 一瞬、言われた言葉の処理が出来ず、ようやく意味を理解し、これ以上ないくらいに驚愕して目を見開く。

 予想もしていないあまりの衝撃に、まるで鈍器で頭を殴られたかのようだ。

 ショックで一言も発せず、クラクラと目眩すらしてきた。

「ルカちゃん大丈夫〜?」

 実際額を押さえてフラついていたらしく、レインが横から手を差し伸べて肩を支える。

「……何も…聞かされておりませんでしたので…驚いてしまい…」

 黙ったままでは失礼にあたると思い、ルカはレインに支えられながら何とか言葉を紡ぐ。

「お伝え出来ず申し訳ございませんでした。クラウディア様がタクシスの皇家の血族という話は、里の者達もほとんどが存知あげないのです。知っているのはここにいる我々と、今は忍びを引退して静かに余生を過ごしている老人ばかりでして…」

「十人衆でも知ってるのは僅かだよ〜」

 クロノの説明にレインが補足する。

 あまりの展開に頭が回らなかったが、老女の正体を隠さなければならないのは分かる。

 母も帝国の追手から逃れられずに自害した上に、今現在ルカも追われている状態だ。

 どういった経緯があってこの里へ逃げてきたのか、聞きたいことが山積みだった。

 ルカのそんな気持ちに気付いたのだろう。

 クラウディアは皺の深い目尻を更に深め、ルカの頭を優しく撫でる。

「少し昔話をしようかね。長くなるから、火鉢を持ってきて貰おう。身体を冷やすと良くない。レイン」

 レインはスッと立ち上がり室内から出て行くと、ものの数分もしない間に灰が敷き詰められた大きな壺の様なものを持ってきた。

 その壺を老女の足元へ設置すると同時くらいに、先程ここまで案内してくれた女性が室内へ入ってきて、既に熱してある黒炭を入れていく。

 女性は用を終えるとすぐさま部屋を後にした。

 しばらくの間、火鉢の中で爆ぜる炭の音に耳を傾けていると、老女はぽつりぽつりと彼女の半生を語り始めたのだった。

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