愚直な男
話を終え客間に戻ると、ルカは深いため息を吐き出した。
壁に立て掛けていた黒剣を胸に抱き、壁に寄りかかるようにして座り込む。
あまり頭が回らない。
連日に渡る怪物達との戦いと山道を登り降りしたのに加え、ジュードがこの里の村人同様忍びの者だと知り、間者として帝国に潜入していたという話など、思いもよらない展開が多すぎて思考が中々纏まらない。
幼少の記憶は朧げだが、物心つく頃にはいつもジュードがそばにいた。
生真面目で、実直で、私が生き残る術を手取り足取り細やかに教え込んでくれたジュード。
12歳になったあの日、いつもの手合わせ稽古の後に寡黙な彼が穏やかな声で誕生日を祝ってくれた。
口数は少ないが、母上と同じように優しい眼差しで私の成長を慈しんでくれていた家族同様の存在だ。
何を考えたって思い出そうとした所で、パヴァリア村での穏やかな日々とあの日の出来事しか浮かばない。
コンコン。
扉が叩かれたと思った次の瞬間にはレインがドアを開けて入ってきた。
「ルカちゃん起きてる〜?起きてるよね〜?」
「…お前のそのノックは意味があるのか?」
「無いね!」
ルカの口から思わず嘆息が漏れる。
そのままズカズカと部屋に入って来たレインは遠慮なく絨毯に寝転がる。
「そんな冷たい床と壁に引っ付いてないで、寝る時はちゃんと寝台使いなよ〜?」
「別にまだ寝るつもりはない。何しに来たんだお前?」
「ルカちゃんが眠れないと思って話し相手になってあげようと!今なら何でも答えちゃうよ〜!」
絨毯の上でゴロゴロ転がりながらレインは寛ぐ。
「どうせ重要な話ははぐらかすんだろ」
「酷いな〜はぐらかすというより、知らない事は知らないだけって話さ!」
心外だとでも言いたげな上目遣いでルカを見遣る。
「ならば何も聞く事はない」
「せめて俺に対してもう少し興味持ってよ〜。歳は23で、兄さんとは10個離れてて、特技は諜報と暗殺と変装で…」
「興味無い」
「酷い〜!興味持って〜!」
勝手に始めた自己紹介を遮ると、幼子のようにむくれてわざとらしいくらいウルウルとした目を向けて来た。
「……お前はジュードと話した事はあるか?」
「子供の頃にね〜。俺の叔父さんだし」
「叔父?血の繋がりがあるのか?」
「外部からの移住もほとんど無い狭い村だからねぇ。この里の人間は大体が血の繋がりがあるんじゃない?」
「……ジュードは…どういう人間だった?」
「俺よりもルカちゃんの方が知ってるんじゃない?あのままだよ〜」
そう言って、レインはニカっと屈託なく笑う。
「生真面目で融通が利かなくて、修練も任務も誰よりも一所懸命にこなしてたかなぁ。良く言えば硬派で一途。悪く言えば堅物で柔軟性が無い。だからなんだろうけど…皇妃殿下の為に亡命なんてしたんだろうなぁ。愚直で真っ直ぐな人だったからさぁ」
「愚直で真っ直ぐならば、任務放棄などしないだろう?」
「う〜ん、厳密に言えば放棄とも言えないんだよねぇ。諜報の他に"皇妃殿下の護衛"も入ってたから。そのあたりの話は兄さんやババ様が詳しく知ってるはずだから、お目通りの時にでも詳しく聞けるんじゃないかな〜」
レインは話し終えたとばかりに大きく伸びをして立ち上がった。
扉まで歩いて部屋を出る前にルカへ振り返る。
「今日はもう遅いから、続きはまた今度!……久しぶりの休息なんだからちゃんと寝台で寝なよ〜。おやすみ、ルカちゃん」
静かに扉を開けて音も無く廊下へ消えた。
次の日、部屋へ昼食を運ばれた際にレインが訪ねて来ると、勝手知ったる我が家とばかりに絨毯の上に寝転んだ。
「お目通りは明日の朝メシのあとに決まったよ〜兄さんと俺も着いてく」
ルカは昼食を取る手を止めて、レインに向き直る。
「ババ様、体調があんまり良く無いから長時間は話せないと思うけど、ルカちゃんが知りたい事はそこそこ聞けるんじゃないかな〜。で、せっかく今日は時間あるし里の中を回ってみない?」
「この霧深い村の中をか?」
窓の外を見遣れば、里に着いた昨日だけでなく今日も変わらず濃密な霧が村内に立ち込めている。
「何にも無いけど、子供達の修練でも見学しに行こうよ〜。あの獣の様子も気になるでしょ?」
声達があの獣はもう大丈夫だと言ってはいたが、厩に繋がれてきちんと大人しく出来ているのかは確認したいとは思っていた。
「分かった」
「じゃあ昼メシ食べ終わったら行こう!それと、子供達や兄さんは良いけど十人衆には気を付けて〜」
「十人衆?」
「昨日会った黒装束の連中。長は兄さんだけど、十人衆はこの里でも随一の実力ある有力者達なんだ。何考えてるかよく分からない奴もいるし〜」
言われて、昨日の面々を思い出す。
ご老人も居れば、妖艶な女、どう見ても10代前半の少年も居たような気がするが。
「実力ある有力者とは、どうやって選出される?」
「任務成功率と、内容から選ばれるよ〜。完全実力主義。年齢も性別も関係無くね」
「お前は十人衆では無いんだな」
「俺はちょっと特殊で例外なんだ〜。そもそもやりたくない仕事は請けないし」
「仕事というのは諜報と暗殺なんだろう?」
「他にもあるよ〜。お偉い貴族様の護衛とか、影武者とか、他国の情報収集。他にも重要文書の配達とか、旦那が愛人を囲ってないかの素行調査なんてのもあったかなぁ」
どうやら一概に任務と言えど、多岐に渡り様々な仕事をこなすらしい。
「それじゃ後で迎えに来るね!動きやすい服も持ってきたから着替えておいて〜あっ着方分かる?」
手渡された衣服を広げてみると、緑がかった青色のピッタリとした下穿きと、上衣と腰紐だった。
「お着替え手伝うよ〜」
「この里の住人の衣服だろう。見ているから分かる」
「ちぇっ。つまんな〜い」
レインは口を尖らせながら部屋を出ていった。
この里の建築様式や衣服、食に至るまで全てが見た事のないものだらけだ。
かといって顔立ちは異民族っぽいわけでもなく、この大陸の一般的な民と変わりはない。
まあ、主に諜報を生業とする一族が異民族の形をしていたら警戒されて元も子もないが。
何が目的でここに連れて来られたかは分からないが、ジュードや母についての情報は手に入れられるだけ集めたい。
食べかけの昼食を早々に切り上げ、ルカは衣服を着替えるのにとりかかった。




