忍びの一族
夕食は部屋に運ばれた。
村の建築も見たこともない構造だったが、食事も初めて食べるものばかりだった。
この大陸の主食は小麦を使ったものが大半だが、里では米というものを栽培しており、炊き立てのご飯と山菜の煮物、川魚の串焼き以外は見た事のないものばかりだった。
食事一つ一つをレインが嬉しそうに説明していく。
どれもが優しい味付けであり、腹持ちの良い美味しいものだった。
食後には約束通り、長が話し合いの時間を設けてくれたらしく、レインに連れられ族長の私室へ招かれた。
「夕食は口に合いましたか?」
大勢の前で顔を合わせた時とは打って変わって、長は穏やかな口調と表情で尋ねてきた。
「どれも美味でした。丁寧なもてなし、ありがとうございます」
ルカも表情を和らげ、感謝を述べる。
「うちの里の料理は絶品だよ〜!ルカちゃん住んじゃえば?」
「レイン!皇女殿下に失礼だろう!」
「ええっ?ルカちゃんはこんな事じゃ怒らないよ〜」
「お前はいつもいつも…!!口を慎め!」
「大丈夫だってば〜」
いつもこの調子でやりあっているのだろう。
二人の気兼ねない様子に警戒感は薄まるが、このままでは話が進まないのでルカが間を取り成す。
「いや、彼の軽口には慣れた。長も、出来れば私の事はルカとお呼び頂きたい」
「申し訳ない。では、ルカ様。私の事はクロノとお呼び頂けると」
ルカへ頭を下げ、長はクロノと名乗った。
「まずはこの名も無き里について説明を。どうせレインからは何も聞いておられませんでしょう」
「族長差し置いてオレが説明するのも悪いしね〜」
「……何の説明も無しに無理矢理連れてくる奴があるか!ルカ様、本当に申し訳ございませんでした」
再度頭を下げるクロノ。
「いえ。道中、彼には色々とご助力頂いた…それで、まずこの里についてお聞きしても?」
「失礼しました、話を戻しますね。この里は、古来より連綿と続く忍びの者達の一族の修練の為の村なんです」
忍び、という聞き慣れない言葉に眉を顰める。
「我々一族は、産まれた時からその者の特性を生かし、ある者は間諜として、ある者は身代わりとして、更には暗殺を生業とする者もおります。村人全てがそういった者達です」
ある程度レインから話は聞いていたが、村ごとだとは想像もつかなかった。
という事は、屋敷の前で庭を駆け回っていた年端もいかない少年少女達も、湯殿でルカを磨き上げた女達も…。
「ルカちゃんのそばにも居たんだよ。体術や剣術、薬草の調合なんかも教わったんじゃない?」
「……まさか…ジュード!?」
ルカの師であり、最後まで母の従者として身を挺したジュードが。
驚愕に目を剥いたルカへクロノがこくりと頷く。
「ジュードは元々、タクシス皇家を監視する為に送られた間者の一人でした。私が長になったのもここ最近の話なので、当時何があったかなどの詳細は存知あげませんが、ある日を境に任務を放棄し、アレクシア様と貴女を連れてタクシスから亡命し、この国で身を隠したのです」
思いもよらない話に思考が働かないほどルカは混乱していた。
パヴァリア村でのジュードの厳しくも慈しみ深い指導や眼差し、母への献身的なまでの敬慕と実直さ。
ジュードと過ごした日々が思い出される。
「本来ならば諜報任務の放棄は足抜けと見做され、我々の血族間では御法度なのですが、アレクシア皇妃殿下とエヴァ皇女殿下の安全の確保に伴い、一定の報告義務を課して目を瞑る事になったのです。彼自身はとても思慮深く生真面目な人間でしたしね。こちらとしてもある程度の事情は共有しておりましたし」
「……ジュードがこの里の一族で、母上と私を連れてサヴォイアへ来たと…」
「正確には、まずトロイへ数年間身を隠し、その後にサヴォイアのパヴァリア村へ渡った、という経緯になります。アレクシア様とジュードからはどこまで話をお伺いでしょうか?」
「帝国から私を連れて亡命した事と、双子の兄や帝国に連なる人間に見つかってはならない、トロイへ向かいタレスという長を訪ねるようにという事くらいしか…」
「そうでしたか…ルカ様にお会いして頂きたい方がおります」
「ババ様?」
「そうだ。お前もそのつもりで皇女殿下をお連れしたのだろう?」
「まあね〜」
レインがニヤリとウィンクする。
「ババ様、とは?」
「この里が霧に守られ、悪意ある他所の人間が足を踏み入れぬよう施して下さっておられる方です」
「悪意ある人間が、足を踏み入れられない?」
「はい。この里はあの方の守護により外界と遮断しております」
「最近は薄まってるけどねぇ」
「……ババ様もご高齢だ、致し方ない。今この時にルカ様がいらっしゃったのも何かしらの縁であろう。…貴女の知りたい事も少しは糸口が見えましょう」
神妙な表情でクロノは続ける。
「レイン。明朝ババ様の廟へ向かい、面会を取り付けろ」
「はいよ〜」
「…クロノ殿、一つ質問をいいか?」
「どうぞ」
「この里は外界と遮断していて、悪意あるものは立ち入れないと聞いた。何故ジュードは…母上と私をここへ連れて来なかったんだ?何の罪も無いパヴァリア村は焼き払われ、村人は一人も残らなかった」
ジュードが悪いわけではないのは重々承知だが、先程の話を聞いて些か不審感が拭えない。
一定の報告を受けていたこの里の村人から情報が漏れたのではないかと疑ってしまう。
「それはババ様からお聞きした方がいい。一つ言えるのは、どこにいようと貴女方の存在は隠せないという事です。…皇家の血が、それを許さない」
そう言ったクロノの表情には悲痛さが満ちていた。




